【景色になるインテリア】種から育てる稲わら細工が、暮らしを整えてくれる。綯吉(とうきち) TOKICHI straw works・甲斐陽一郎
今回の「景色になるインテリア」がつくられる舞台は、宮崎県日之影町。お話を伺ったのは、綯吉(とうきち) TOKICHI straw worksの甲斐陽一郎さんです。自分たちで種をまき、苗を植え、藁を育てるところから始まる、ひたむきなものづくり。
そのテーマは、伝統的なしめ縄の技術を今の暮らしに馴染ませること。鍋敷きやキーホルダーなど、身近な道具へと再解釈されたプロダクト。それらには、素材への深い愛と、洗練された美学が宿っています。
藁が持つ場を整える力とは、一体なんでしょうか。
インテリアの枠を超えた、日本人の精神性。地域の棚田風景を未来へ繋ぐための、熱い挑戦を、甲斐さんの言葉から紐解きます。
PROFILE
PROFILE
甲斐陽一郎
高千穂郷のしめ縄を68年間にわたり制作を続ける工房『わら細工たくぼ』の現代表。2014年より本格的にわら細工を始め、現在十数名の仲間と共にわら細工たくぼを運営する一方で、2020年より個人制作活動『綯吉(とうきち)』を開始。
https://tokichi.takubo753.jp/種から始まる、もの作りのリズム
━━ 甲斐さん、今日はお忙しいところありがとうございます! 実は、僕たちも「藁(わら)」をテーマに取材するのは初めてなんです。サイトを拝見して、その美しさに驚きました。まずは綯吉がどんなブランドなのか、教えていただけますか?
甲斐:こちらこそ、ありがとうございます。綯吉の活動は、私が代表を務める「わら細工たくぼ」の仕事が土台になっています。自分たちで田んぼを持って、材料を育てて、作る。そこは共通しているんですけど、綯吉はさらに「素材」と「技術」にこだわり抜いたプロダクトを提案しています。
━━ 自分たちで育てるところからなんですね。
甲斐:そうなんです。まさに今、種を植えて、苗を作っている時期ですよ。もの作りなんですけど、種から始まる。そこが一番の特徴かもしれません。自分たちで稲の成長をずっと見て、日々加工しています。だから素材に対する愛着も理解も、すごく深いと思っています。

━━ 素材への理解。具体的には、どんなところに現れるんでしょう。
甲斐:今、綺麗な藁を手に入れるのって、実はすごく難しいんです。今の農業は機械化が進みましたよね。コンバインという機械で稲を刈ると、藁がバラバラに切られてしまうんです。だから、わざわざ藁をそのままの形で残すための稲作をしないといけない。
━━ 昔ながらの手間が必要なんですね。
甲斐:はい。自然が相手ですから。台風で倒れたり、イノシシが走り回ったり。乾燥の時期に雨に打たれることもあります。毎年、100点満点の藁なんて取れないんですよ。でも、精一杯自分たちの力で育てた結果の藁だから。納得して、愛着を持ってもの作りができるんです。
伝統を磨き上げ、現代の「道具」へ

━━ そのこだわりの藁を使って、どんなものを作られているんですか?
甲斐:例えば「鍋敷き」ですね。これ、すごく手がかかるんです。でも、そこをあえてこだわり抜いて作りました。普通は別の紐を使って固定したりするんですけど、綯吉のものは紐一本使わずに稲藁だけで制作しています。
━━ 藁だけで! 丈夫なんですか?
甲斐:お米を獲った後の「稲藁」を使っています。これは摩擦に強くて耐久性がある。ただ、扱いが難しいので技術が必要です。外からは見えない芯の部分まで全部手作業。しめ縄に使う「3つぐりの縄」という強い縄で編んでいます。土鍋の焦げ跡がついても、それが「育てる道具」としての味わいになるんですよ。
━━ 素敵ですね。他にも、現代的なアイテムがありますよね。

甲斐:「straw charm(ストローチャーム)」というキーホルダーもあります。日常で藁をもっと身近に感じてほしくて作りました。今の人は藁に触れると、肌がかぶれてしまうこともある。だから距離感が難しいんですけど、これなら持ち歩けます。
━━ 手のひらで藁のぬくもりを感じられる。
甲斐:そうですね。1mm以下の誤差で縄を綯(な)う技術と、美しいロープワークの技術を組み合わせています。バッグにつけたり、車にお守り代わりにぶら下げたり。自由に使ってほしいですね。
━━ 甲斐さんの中で、特に思い入れのある作品はありますか?

甲斐:最近だと「稲環(とうかん)」という、輪っかになった大きな飾りですね。今までの「わら細工たくぼ」にはなかった雰囲気をまとっています。あえて稲藁の荒々しい素材感を見せているんです。田んぼをやって、素材の生命感を感じている自分だからこそ、見せたいと思えた表現ですね。
空間を、精神を、整える
━━ 実は今、僕は島根の出雲の隣から入っているんです。近くには出雲大社もあって、しめ縄はすごく身近に感じます。
甲斐:おお、そうなんですね! 高千穂もしめ縄の文化が深く残っている地域です。天岩戸伝説にしめ縄の起源といわれる記述がありますし、一年中しめ縄を張る風習もあります。
━━ 綯吉のプロダクトを拝見していると、よくあるインテリアを超えた強さを感じます。
甲斐:それは「場を整える」という感覚かもしれません。日本の住居には床の間という場所がありますよね。あそこに何を飾るかに、その家の美意識が宿る。しめ縄も同じです。一本張るだけで、その場の空気がピシッと変わる。

━━ 場の空気が変わる。
甲斐:はい。藁という素材には、日本人の精神性が宿っていると思うんです。私たちが伝えてきた伝統技術で、今の暮らしの中に「場を整える」という感覚を再提示したい。それは天然素材の温かさかもしれないし、「ありがたいな」と思う気持ちかもしれない。
━━ その精神性について、もう少し詳しく伺いたいです。藁には神様が宿っている、ということでしょうか?
甲斐:あまり難しく考えなくていいと思うんです。地元の人たちも、みんながみんな神道に詳しいわけじゃない。ただ、災害が起きないように願ったり、家が安全であるように願ったり。大切な場所、例えば牛小屋とか倉庫とかに、見守ってほしいという気持ちを込めてしめ縄を張るんです。
━━ 当たり前の暮らしの中にある、純粋な願いなんですね。
甲斐:そうです。だから私の作品も、理由なんてわからなくても、なんとなくいいよねって飾ってくださればいい。お米を食べて生きている日本人のDNAに、何か刻まれているものがあるのかもしれません。その感覚を大事にしたいので、使い方は手にした方に委ねるようにしています。
棚田の風景を、次の世代へ繋ぐために

━━ 甲斐さんはもともと、このお仕事を継ごうと思われていたんですか?
甲斐:いえ、最初は全然。祖父が始めた仕事ですが、農閑期の副業だったんです。誰かが継がなきゃいけないという感じでもありませんでした。でも、人生に迷っていた時期に「もしこれが仕事になるなら、これ以上の生き方はないんじゃないか」と思ったんです。
━━ 迷いの中から、今の道が始まったんですね。
甲斐:はい。専業にするのは本当に難しかったですけどね。でも早い時期から仲間に恵まれました。今は十数名のスタッフと一緒に活動しています。みんなで田んぼをして、ものを作って、生きていく。そういう選択をした仲間たちです。

━━ 仲間と一緒に田んぼを守る。それは、地域の風景を守ることにも繋がりますよね。
甲斐:まさに、それが私の大きな動機の一つです。この地域の棚田は、すごく効率が悪いんです。今のままでは、私たちの世代で終わってしまう。だから、藁の仕事を経済として力強く循環させたい。
━━ 経済を循環させて、棚田を維持する。
甲斐:そうです。経済を回さないと、素材を育て続けることも、物作りを継続することも難しい。地域の棚田を守り、文化を発展させるために力を尽くす。それが私たちの企業理念でもあります。綯吉の活動を通して、その力をさらにつけていきたいですね。

日本の美意識を、世界へ
━━ これからは、海外にも発信していかれるのでしょうか?
甲斐:はい。日本人が稲作文化から育んできた美意識を、海外の人にも知ってほしいと思っています。すでにいくつか海外のお店ともお付き合いがありますが、もっと綯吉というブランドを認知してもらいたいですね。

━━ 海外の方からすると、藁の造形はとてもアート性が高く見えるでしょうね。
甲斐:「結ぶ」という行為自体が、力の均衡を感じさせるんです。均衡が崩れると、結びも崩れてしまう。そこにある緊張感や重なりを、稲藁という素材で感じてもらえたら嬉しいです。
━━ 甲斐さんのお話を聞いて、僕自身の藁に対する見方も変わりました。自分を支えてくれる「食」の根幹である稲。その藁を飾ることは、自分たちのルーツを大切にすることなんだな、と。
甲斐:そう言っていただけると、嬉しいです。
━━ ぜひ、この魅力をたくさんの人に届けていきたいです。今日は本当に、ありがとうございました!
編集後記
甲斐さんの言葉一つひとつから、日之影の土の匂いや、稲が風に揺れる音が聞こえてくるようでした。
種から育て、祈りを込めて綯いあげる。 そんなふうにして生まれた藁細工は、ただの飾りではありません。
私たちの暮らしの中に、静かな境界を引いてくれる存在です。皆さんの部屋の、一番いい場所に。
お気に入りの景色を、一つ増やしてみませんか?