映画『トロフィー』孫明雅監督インタビュー|「違うけど、同じ」な在日コリアンの葛藤と青春

是枝裕和や西川美和の系譜を継ぐ新鋭・孫明雅監督作品『トロフィー』が、2026年7月10日(金)から、テアトル新宿をはじめとした全国の映画館で順次公開される。

在日コリアン3世として朝鮮学校で過ごした監督自身の経験や葛藤を出発点に、朝鮮学校に通う主人公・ソヒの日常を美しく描き出した本作。

キャストには、在日コリアンのルーツをもつ新人・恒那(はんな)、ちすんに加え、笠松将、市川実和子、井浦新ら実力派俳優が名を連ねる。

©2026 K2 Pictures

あらすじ

K-POPアイドルのライブに行くためにソヒが売ったのは
父が大切にしていた、祖国・北朝鮮の勲章だった———

主人公は在日コリアンの14歳の少女・ソヒ。朝鮮学校に通い、部活で朝鮮舞踊に打ち込む日々を送っている。ある日、日本学校との交流会で日本人の少女・未来とK-POP好きという共通点で仲良くなり、ソヒは少しずつ外の世界と繋がりを持っていく。

そんな中、ふたりは推しのK-POPアイドルのライブチケット代を稼ぐために、ソヒの家にある不用品をフリマサイトで売ることに。そこで意外にも高値で売れたのは、朝鮮学校の校長である父・サンジュが持っていた一枚の北朝鮮のCDだった。それに味をしめたソヒたちは、サンジュが祖国・北朝鮮から授与された“勲章”までも売ってしまう——。

「あなたの中には爆弾がある。その爆弾を作品にしてみたら?」

西川監督から言われたその言葉をきっかけに、本作の制作を決意したと孫監督は語る。
自身のアイデンティティに向き合った経験やそこから見えた世界、本作に込めた想いについて話を聞いた。

PROFILE

PROFILE

孫明雅(そんみょんあ)

1989年、大阪出身。在日コリアン3世。関西大学卒業後、テレビの制作会社に勤務。2017年より分福に所属。西川美和監督の『すばらしき世界』、是枝裕和監督の『ベイビー・ブローカー』で監督助手を務めた。分福作品以外ではスクリプターを担う。初監督作品である短編映画『夢のつづき』がショートショートフィルムフェスティバル&アジア2025秋の国際映画祭で上映された。

「韓国」はポップで「朝鮮」はタブー?内と外からのまなざし

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──西川監督が指摘した、孫監督の中の「爆弾」とはどんなものだったのでしょうか。

朝鮮学校の先生だった私の母はいつも仕事で忙しく、家庭を顧みずに働いていました。そんな母を前に、当時の私は朝鮮学校に対して、不満や怒りのような負の感情を抱いていたんですよね。

「家族より大事な朝鮮学校って何なんだろう」という思いが、大人になってもずっと消えなくて。それが、いわゆる自分の中の「爆弾」だったのかなと。

西川さんといろいろお話しするうちに、「朝鮮学校に対するもやもやした思いはあなたにしかないものだから、それをテーマに映画を撮ってみたら?」と言っていただいて。それが『トロフィー』の制作につながりました。

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──主人公・ソヒの父であるサンジュ(井浦新)も朝鮮学校の先生ですね。監督自身が幼少期に見ていた、教員である親の姿が投影されているのでしょうか。

そういう側面は確かにありますが、それだけではないですね。

というのも『トロフィー』を撮るにあたって、朝鮮学校の先生に取材したことで、私の母がどんな思いで朝鮮学校の先生を続けてきたのかを、初めて理解できた気がしたんです。

私が学生の頃は民族差別が根強い時代で、在日コミュニティの人たちが日本で職を得られないことも多かった。だから当時の私は、母が朝鮮学校で働いているのも他で働けないせいだと思っていたんですよね。

でも今回の取材で、確かな意志を持って仕事に向き合われている先生方を目の当たりにして、「母はただ、周りの人や子どもたちが大事で、朝鮮学校で働いていたのかもしれない」と気付いたんです。そんな取材を通して見えた新たな視点を脚本に落とし込みました。

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──朝鮮学校での取材でほかに印象に残ったことはありましたか。

朝鮮学校に通う子どもたちが、自分のルーツを周囲にどう伝えるかについて、葛藤している姿が印象に残っていますね。

日本人の友達に「韓国人です」と自己紹介するのは、彼・彼女たちにとっては比較的簡単なんだそうです。相手も「そうなんだ」と自然に受け止めてくれますし、流行のK-POPや韓国カルチャーの話題で盛り上がれることもある。

一方で、「在日朝鮮人です」と伝えることには躊躇を感じるようでした。というのも、今の日本社会において「朝鮮」という言葉は、どこか触れてはいけないもののように扱われている感覚があるそうなんですね。

もともと朝鮮半島は一つの国で、韓国と北朝鮮に二分されたのは戦後のこと。戦前から代々日本で暮らしてきた在日コリアンの中には、家族のルーツや故郷が北朝鮮にある人もたくさんいます。

だけど昨今は、北朝鮮に対して強いマイナスイメージを持つ人も多いですよね。だから朝鮮学校の生徒たちはやりにくさというか、朝鮮人に向けられる人々のまなざしに、ときに怖さのようなものを感じるようでした。

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──朝鮮舞踊を題材とした背景にも、「朝鮮人」に向けられる世間のまなざしが関連しているのでしょうか。

そうですね。朝鮮舞踊は伝統的な舞踊であり、学校の朝鮮舞踊部の子どもたちは、純粋な気持ちで競技に取り組んでいます。でも世間からは、北朝鮮に対する批判的なまなざしが向けられることもあるというか。

それを実感したのは、大人になってからのこと。私が通っていた学校にも朝鮮舞踊の部活があって、ふと「自分たちの代の発表会の動画がYouTubeにあるんじゃないか?」と、調べてみたんですよね。そしたら、動画のコメント欄に「喜び組、まじでかわいそう」と書かれていて…。

「喜び組」とは、拉致問題などの報道が加熱した15年ほど前に話題になった北朝鮮の女性組織のこと。そのときの報道の影響で朝鮮舞踊に対して、北朝鮮のプロパガンダだとか、将軍様のために踊るものだとか、性接待的な意味があるとか、誤った印象を持たれている方も少なくありません。

コメント欄を見たときは、コミュニティの内と外とでイメージがこんなにも違うのかと、すごくショックを受けましたし、そんな背景もあって朝鮮舞踊を作品の中で扱いたいと思いました。

どこにでもある家族のふつうの暮らしと、思春期らしい悩み

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──『トロフィー』でもっとも大切にしているテーマを教えてください。

「何が同じで、何が違うのか」でしょうか。

先ほどの話とも重なりますが、今回の取材を通して、世間が抱く「朝鮮人」や「朝鮮舞踊」へのイメージと実態には隔たりがあることを強く実感したんですよね。

朝鮮学校に通う子どもたちは、日本ではマイノリティであり、ときに「北朝鮮とつながっている学校」のようなネガティブな目を向けられることもある。

しかし、そうした特殊な環境に生きる彼らも、本質的には日本の子どもたちと何も変わらない一人の子どもです。彼・彼女たちが日本の子どもたちと何が違い、何が同じなのか。作品を通じて朝鮮学校の子どもたちのリアルな姿を知り、観てくださる方々がそれぞれの共通点や違いを感じとってくだされば嬉しいです。

──確かに、思春期ならではの反抗心や家族とのコミュニケーションには、どこの家庭にもありそうな普遍性を感じました。そこを描こうと思ったきっかけはありますか。

この作品をたくさんの日本の方に届けたいと思ったので、多くの人に興味を持ってもらえそうなテーマをあえて選んだんです。家族や青春のような普遍的な部分を切り口にすることで、より多くの人に共感してもらえるのではと思いましたし、朝鮮学校をより身近に感じてもらえるのではないかと思って。

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在日コリアンはマイノリティな存在ではありますが、日本人と同じように親と喧嘩したり、友達関係に悩んだり、K-POPを楽しんだりする日々を送っています。

一方で、朝鮮学校は高校無償化の対象外になるなど、政治的には区別されていて、さまざまな社会課題も抱えています。ただ、そうした側面を前面に出すと、どうしても観る人が限られてしまう。
だから本作では、政治的な側面にはできるだけ踏み込みすぎず、まずは彼らの日常や感情に触れてもらうことを大切にしました。

巨匠たちから盗んだエッセンスも活かした、自然で“リアル”な自信作

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──おすすめのシーンや見どころがあれば教えてください。

朝鮮舞踊を踊るシーンは、とても綺麗に撮れましたね。朝鮮舞踊の先生を演じたちすんさんは、朝鮮学校出身で朝鮮舞踊の経験があって、リアリティあるシーンになりました。在日コリアンの方からも「部室でのシーンが本物みたいだ」と称賛いただいたので、ぜひ注目して観ていただきたいです。

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──演出でこだわった点はありますか。

とにかくナチュラルに見えるように配慮しました。日常生活での会話は普通、何かをしながら喋ることが多いですよね。だからできるだけ手を動かしながら台詞を言ってもらうとか。

観客を意識した説明的な台詞ではなく、ただものごとがそこにあり、そこで生きている人たちが自然に発するイメージで脚本も書いています。

──是枝監督や西川監督作品への参画など、過去のキャリアの経験が生きている部分はありますか。

「何かをしながら喋る」とか、人の動かし方は是枝さんから学んだようなものですね。それから、是枝さんは手書きで脚本を書く方なのですが、助手としてその原稿をタイピングしたことがあって。だから私の脚本の基礎には、是枝さんの存在があるように思います。

西川さんは熱心に取材する方で、私もよく同行させてもらってたのですが、取材後に改訂稿を見ると、取材内容がしっかりと取り入れられているんですよ。取材情報からどこを抽出してどう脚本に落とし込むか。その過程を間近で見られた経験は、今回の脚本を書くうえで力になっていると思います。

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──逆に、孫監督ご自身の色や持ち味が出されたと思うところはありますか。

あまり自覚はありませんが、主人公がとても能動的だとよく言われますね。今回の主人公であるソヒも、お父さんの大切な勲章を売ってしまうという大胆な行動が、不謹慎ながら面白いと評価いただくことが多いです。

ちなみに今回の作品の主人公は、もともと高校生の少女を想定していたんですよ。でもオーディションをしているうちに、「高校生にもなれば、勲章は売っちゃダメだという分別があるな……」と感じてきて(笑)。その分別がまだない、子どもと大人の間のような主人公にしようと。最終的に中学生になりました。

──最後に、これから『トロフィー』を鑑賞される方々へのメッセージをお願いします。

いつもの生活では足を踏み入れることのない世界に行ける映画です。朝鮮学校や在日コリアンの家の中をとてもリアルに描けたと思うので、ぜひ劇場に足を運んで観ていただけるとうれしいです。

©2026 K2 Pictures

▼Information
『トロフィー』
【公開日】7月10日(金)より テアトル新宿 ほか順次公開
【出演】恒那 / ちすん / 笠松 将 / 市川実和子 / 井浦 新
【監督・脚本】孫明雅
【編集】小原聡子
【配給】K2 Pictures
【企画】分福
【制作プロダクション】K2 Pictures Production
©2026 K2 Pictures

Text:加藤 由梨
Edit:しばた れいな