映画『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』監督・真壁幸紀インタビュー「字幕がなくても心に響く映画にしたかった」

6月26日(金)に公開される、日台合作映画『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』。母を亡くし、深い喪失感を抱えたちづみ(演:岸井ゆきの)が、友人の誘いで訪れた台湾でシンシン(演:ツェン・ジンホア)と出会い、止まっていた心を少しずつ動かしていく物語だ。監督・脚本・編集を手がけた真壁幸紀監督は、原作を読んだ際、自身の哲学との共鳴を強く感じたという。

あらすじ

母を亡くし、深い喪失感を抱えたまま日々を過ごす、ちづみ。心の空白は埋まらず、時間だけが過ぎていくなか、友人に誘われ、台湾を訪れた。そこで、台湾人の母と日本人の父を持つシンシンを紹介される。見知らぬ街の風景と、何気ない会話の積み重ねが、止まっていた心を少しずつ動かしていく。消えない悲しみを抱えながらも、小さなぬくもりを見つけて――。

本作で特筆すべきは、原作で大部分を占めているモノローグを排し、俳優の佇まいや街に響く音によって感情を描いている点だ。監督はその演出について「1枚の写真を見ただけで物語を想像できるような画作りを意識した」と語る。

今回は、日台合作の舞台裏や原作との向き合い方、そして監督の映画作りに対する考えについて伺った。

PROFILE

真壁 幸紀

PROFILE

真壁 幸紀

1984年生まれ、東京都出身。株式会社ロボット所属。
2012年、短編『THE SUN AND THE MOON』が、ルイ・ヴィトン主催の映画祭「Journeys Awards」でグランプリを受賞。15年に映画『ボクは坊さん。』で劇場用長編映画監督デビュー。以降、TVドラマ『電影少女』シリーズや映画『ラスト・ホールド!』(18)、『すくってごらん』(21)などを手掛ける。近年では台湾との活動を精力的に行っており、坂口健太郎主演のドラマ『CODE- 願いの代償-』(23)は、台湾のドラマ原作をプロデューサーとしてリメイクするなど幅広い活動を行っている。

――本作の企画を立ち上げた経緯を教えてください。

本作は、初めて自分で企画を立ち上げて、資金を集めて作った映画なんです。それまではオファーを受けて作品を作ることが多かったんですけど、コロナ禍で仕事が途切れたときに「自分で動いていかないと」と思ったことが、制作のきっかけになりました。

企画自体は4年ほど前から動いていましたね。もともと海外とコラボレーションしたいという想いもあったので、コロナが落ち着いた頃に企画を作り、海外の映画祭などに持ち込むようになって。その一つだった金馬映画祭で、台湾の制作チームが興味を持ってくれたことを機に、日台合作プロジェクトとして動き始めることになりました。

――監督は原作を読んだ際に「この作品は自分が撮る意味がある」と直感したそうですが、どんな部分に映画として描く可能性を感じましたか?

僕は「エンターテインメントを通じて勇気を与える」をモットーに、人間の美しさや、人と人とのやり取りの美しさを描く作品を作りたくて、今ここにいるんです。

原作者の吉本ばななさんも『キッチン』(新潮文庫)のあとがきで「この世の美しさをただただ書きとめていきたい」と書いていましたし、ばななさんの作品で描いているものは自分がやりたいことと重なるんですよね。原作の『SINSIN AND THE MOUSE』を読んだときも「自分なら、この作品の持つ美しさをちゃんと描けるし、ぜひやりたい」と思いました。

――原作のどのような点に「美しさをちゃんと描ける」という確信を抱いたのですか?

僕は映像化するにあたって何かを付け足すというよりは、原作の持つ美しさをどうすくい取るかに誠実に向き合いたいという気持ちがあって。この原作は、美しさを無理に広げなくても、そのまま掘り下げていけば映画にできると直感したんです。

また、この作品はラブストーリーでありながら、死生観のようなものも描かれています。僕自身、長編監督デビュー作『ボクは坊さん。』でそういったテーマを描いた経験があるので、原作の強みを活かしながら、また違った味わいを出せるんじゃないかなと思いました。

――『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』では、主演の岸井ゆきのさんとツェン・ジンホアさんが、視線や佇まい、仕草といった言葉以外の面でも感情を伝えているのが印象的でした。

そういうふうに言っていただけると嬉しいです。もちろん言葉は大事に作っているんですけど、例えば日本語がわからない人が、字幕をつけずにこの作品を見たときにも、何か心に響くようにしたいなと思ったんですよね。だからこそ、モノローグは最後の最後まで入れるか悩んだんですが、最終的に外しました。

――原作ではモノローグが大きな役割を果たしていますが、映画では画で感情を伝えることを意識されたんですね。

そうですね。1枚の写真を見ただけで物語を想像できるような画作りというか、そこは非常に意識しました。

ただ、岸井さんとジンホアさんには「こういう演技をしてください」とお願いした覚えはあまりなくて。現場で二人の演技を見て「どう撮ればこの演技を最大限に活かせるだろう」「この演技なら、こういうライティングをしたほうがいいね」と、カメラマンや照明部、助監督と一緒に、都度考えながら撮っていきました。

――作中では、現在のシーンと過去の“母との記憶”が自然に交差していましたよね。例えば、ネイルの話をしているときのちづみの爪のアップから母の爪が映り、回想へ滑らかに移行していく場面など。そういった画作りのプランも、撮影しながら決めていったのでしょうか?

それも演技を見て決めましたね。だから、カメラマンは大変だったと思います。僕はコンテを切らないで現場でカットを決めていくスタイルなので、コミュニケーションを綿密にやらなきゃいけなくて。しかも今回は台湾のカメラマンだったので、通訳を通すやり取りは非常に難しかったんですが、そこは妥協せずにやりました。

――今回、台湾のキャストやスタッフと仕事をするなかで、印象に残っていることを教えてください。

ジンホアさんは、テイクを重ねるたびに演技が変わるんですよ。日本の俳優さんは「ここを直してください」とお願いすると、部分的に調整することが多い印象ですが、ジンホアさんは「そこが変わるならこういう表現になるでしょ」という感じで、全体的にまったく違う動きになるので、とても新鮮でした。

そうすると照明の位置とかも変えなきゃいけないんですけど(笑)。でも演技って本来そういうものだなと思うんですよね。効率じゃなくて、「こう感じたからこうする」というアプローチは、ジンホアさんからあらためて学ばせていただきました。

――台湾の街を、観光的ではなく主人公たちの感情と結びついた場所として撮っているのも印象的でした。

もちろん観光映画みたいにしたくないという気持ちはありましたが、こちら側が特別何かしなくても、主演のお二人が道に佇んでいるだけで、街並みと感情がすんなり結びついていったんです。だから、その点についてはそんなに心配していませんでしたね。

実景(※人物がいない風景等のカット)も撮ってはいたんですけど、ほとんど使わなくて、基本的には台湾の景色の中に彼らが佇んでいるカットを繋げて、作品の空気感を維持することを目指しました。

――でも、ここぞというところで実景が映りますよね。

逆に言うと、あれをやるために実景をなるべく排除した形ですね。

――映画オリジナルの描写も追加されていて、シンシンの孤独感が掘り下げられていたように感じます。

シンシンの孤独感については、追加した台詞でも表現してはいますが、それ以上にジンホアさんの表情に託した部分が大きいです。

ジンホアさんって、品がありつつも野性的で、狂気も出せるところが魅力的なんですよ。例えば最初のカットも、台詞を発しないで佇んでいる表情を見て「彼は何を考えているんだろう」と、こちら側が考えさせられる。そういう、見た側がいろんな解釈をできる表情や体の使い方をしてくれるところが、彼を起用した一番の理由です。

――「臨終の際に聴覚は最後まで残る」という話なども加えられていて、声や音に関する言及を原作以上に膨らませていましたね。

原作を読んだときに、音の話が散りばめられているなと思ったんですよね。シンシンが幼少期にネズミの音を聞いて励まされたとか、ちづみの心臓の音の話とか、マサミチの音楽の話とか。そういったなかで、二人が台北の街の音を感じながら心を通わせていく話だと思うので、映画では音を際立たせようと思いました。なので、音が映画館でどう響くかも意識しましたね。

それに僕自身、台湾に行くと音の大きさを実感するんです。バイクの音とか、ゴミ収集車の音とか。日本に帰ると「すごい音だったんだな」って思い出すんですよね。でも、そういった音もちづみが生きる活力を取り戻す要素の一つになったと僕は思うので、その感覚を活かせるように音を録っていきました。

――制作を終えて、本作はご自身にとってどんな作品になりましたか?

企画の立ち上げや海外との合作をやってみて、映画を作るのは本当に大変だなと改めて思いました。でも、難しいからこそ、もっと作りたくなりましたね。そのなかで、海外に目線を向けていかないと、映画作りを続けるのは確実に難しくなっていくと思うんです。だから、今後も海外と一緒に映画を作っていきたいですね。

――「海外に目線を向ける必要がある」というのは、どういった想いからでしょうか。

もちろん、国内に向けて作る作品も素晴らしいと思うんですが、自分の哲学ややりたいことを貫こうとすると、ビジネス面も含めて海外と一緒に作るという選択肢はますます重要になる気がしています。国内にフィットさせることで作品はヒットするかもしれないですけど、果たしてそれが自分のやりたい映画になるのか、と思うんですよね。

僕は、オファーされた作品にしろ自分で企画した作品にしろ、「監督はこの作品を作りたかったんだな」と感じてもらえる作品にしたいんです。今回のように原作のある作品なら、原作を最大限活かせるような制作費のかけ方やキャスティングを実現するために、もっとグローバルに考えていったほうが、映画にとっても自分にとっても幸せなんじゃないかなって思いますね。

――では最後に、本作が観客にとって、どのような映画として残ってほしいですか?

人との繋がりを描いている作品なので、誰かに連絡したくなったり会いたくなったり、旅に出たくなったりだとか、何か行動に繋がるような感情を持ってもらえたら、作り手としてはやった甲斐があったなと思います。

そして、その感情をより深く味わってもらうためにも、ぜひ映画館のサウンドで観てほしいですね。自宅でもスクリーンに大きく投影すれば、画面はいい感じで映りますけど、音はそうもいかないので。台湾にいるような没入感を、ぜひ劇場に足を運んで体感していただきたいなと思います。

▼information
映画「シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE」
【公開日】2026年6月26日(金)
【出演】岸井ゆきの、ツェン・ジンホア、藤原季節、中田青渚、伊勢佳世、柄本時生、飯田基祐、リン・チェンシー エンジェル・リー、リン・メイジェン、余貴美子
【原作】吉本ばなな 「SINSIN AND THE MOUSE」(新潮社刊「ミトンとふびん」収録)
【監督/脚本/編集】真壁幸紀
【共同脚本】加藤法子
【配給】カルチュア・パブリッシャーズ

©2021 Banana Yoshimoto.
Based on the novel by Banana Yoshimoto, published by Shinchosha.
Rights arranged through ZIPANGO, S.L.
©2026 映画「SINSIN AND THE MOUSE」FILM PARTNERS

Text:神保未来