舞台『多重露光』主演・稲垣吾郎インタビュー「写真は自分とも被写体とも向き合える素敵なもの」

2023年10月6日(金)〜10月22日(日)まで日本青年館ホールで上演されている舞台『多重露光』。町の写真館を舞台に、主人公である2代目店主・山田純九郎をはじめとする登場人物の人生や人間模様が描かれる本作。「生涯をかけて撮りたいもの」が見つけられないという葛藤や周囲の期待に沿った写真を撮ることへの違和感や息苦しさなど、写真を撮る人にとっても共感できる要素が各所に散りばめられている。

写真館で育ち、写真に囲まれた人生を送る主人公・山田純九郎を演じるのは、自身も大のカメラ好きとして知られる稲垣吾郎さん。趣味が高じて自宅に暗室をつくり、現在ではフィルムの自家現像を楽しんでいるという稲垣さんに、撮ること、撮られること、そしてそれを形として残すことへの想いを聞いた。

創作への憧れの気持ちから手にしたカメラ

——稲垣さんは20代くらいから写真を撮られていると伺いましたが、何がきっかけで写真を始められたんですか?

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写真を始めたのは20歳になる少し前、18か19歳くらいですね。90年代初頭くらいで、フィルムカメラからデジタルカメラへと時代が移り変わる頃でした。

その当時、タレントとして既に作られた台本を演じることはあっても、0から物を作ることはなかったので、漠然と“0から何かを作る”という創作への憧れがありました。僕は絵が描けるわけでもないし、小説を書けるわけでもなかったので、じゃあ何ができるんだろうと考えた時に、写真が良いかなと。15歳くらいからずっと撮られる仕事をしていて、当時はそれこそフィルムカメラが使われていたので、それをずっと見ていたこともありましたし、単純に男の子としてそういう機械とかメカメカしいものに憧れる気持ちもあって、写真を通して色んな自分の表現ができたら良いなと思ったりしていました。

そこで、初めてCanonのオートフォーカスが搭載されているフィルムカメラを買いました。当時どの機種を使っていたのかは正確には忘れてしまったんですけど、EOSのカメラを買って、自分でフィルムを入れて、グループだったのでメンバーを撮ったり、楽屋でスタッフを撮ったり、あとはちょっとロケに行った時とかに景色を撮ったりとかしていました。

その頃の写真は今でもネガとして残っていて、最近当時のネガをプリントしたりもしたんですが、“形としてきちんと残ること”ってやっぱり写真の良いところですよね。

ただ、今思えば、もっと撮影しておけばよかったですね。当時は若かったから、その時の勢いで撮影していたところがあって、一枚一枚丁寧に撮るという感じではなかったんですよね。その時にしかない勢いと気持ちが写真に残っているのはいいことですけど、もう少し撮っておけば良かったなと思いますね。

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——そこからまたしばらく写真から離れた時期があったのでしょうか。

そうですね、カメラの世界がフィルムからデジタルに移行していったこともあり、2000年代ぐらいからは写真を撮るということからはずっと離れていました。それから20年ぐらい経ってブログやSNSを始めたことをきっかけに、また写真を撮り始めるようになりました。ただ、ブログやSNSに写真を投稿する際、どうしても画質が落ちたものになってしまうのが少し気になってしまって。そこでスマートフォンではなく、なるべくスペックの高いカメラを使ったほうがいいのではないかと思って、カメラを買うことにしました。

衝撃を受けたライカとの出会い

じゃあ何を使おうかとなった時に、そういえば僕はLeica(ライカ)を持ったことがなかったなと思って。昔からライカという名前は知っていましたが、当時は手を出せるようなものじゃなかったんですね。

そこで少し調べてみたら、M型は未だにマニュアルフォーカスなんだ!という驚きがありまして。でも流石にマニュアルは難しいかなと思い、まずはライカQ2を購入しました。それがおそらく4年前くらいのことですね。そうしたら、撮って出しの画の綺麗さにもうびっくりしてしまって。ライカ特有の色表現にも衝撃を受けて感動しました。

今回の多重露光の舞台でも主人公・純九郎が「デジカメだったら誰でもそれなりに撮れるんだから」と言っているセリフがありますが、これは本当にすごいなと思って。それで「やっぱりライカってすごいな、いったい何がすごいんだろう?」と気になるようになって、だんだん沼にハマっていきました。そうすると、やっぱりM型も気になるようになるんですよね。ライカM10から入って昔のモデルを辿っていって、おのずとライカM3などのフィルムカメラにたどり着いて……それからもうどんどん沼にはまっていった感じです(笑)。

——なるほど。SNSというお話も出ましたが、稲垣さんはInstagramにあまり写真を載せていないですよね。たくさんの写真を撮られていると思いますが、撮った写真をあまり載せていないという理由はなにかあるんでしょうか?

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そうですね。なんかこう自分だけの秘め事というか、自分だけで楽しみたいというような気持ちはあります。自分にとって写真というのはかなり自分の内側のものなので、人に見せることに照れもあったりしますね。

もちろん、「稲垣さんの撮った写真を見たいです」という声をいただくことはとても嬉しいので、いずれは何かしらの形でお見せしたいなとは思ってはいます。ただ、まだ少し自分の中で大切にしまっているようなところがあって……。出し惜しみしているというわけじゃないんですけどね。

SNSやInstagramは誰もが世界中で写真を見ることができて素晴らしいと思うのですが、僕は自宅に暗室もあって、実際に自分で現像してプリントしていたりするので、やはりプリントして形にしてこそ、1つの作品として完成すると思っているところもあります。

せっかくだったら物としてプリントしたものを見てもらいたいなという思いもあったりして、そのときのために大切にしまっているんです。写真展にも憧れはあるので、いつかやってみたいなという気持ちはあります。

——形にしてこそという思いが、ご自身で現像することにも繋がってくるんですね。

そうですね。現像するのはすごく楽しいです。ただ、最近はなかなか写真を撮りに行く機会がなかったこともあり、写真が好きだという情熱の割にはなかなか枚数を撮れていないというところもあります。そこで、知人にフィルムをプレゼントして自由に撮ってもらって、その人が撮った写真を現像することも結構やっています。そっちの方が多いかもしれない(笑)。

——趣味で人の撮った写真を現像するっていうのはかなり珍しいですね。

なんかそれはそれで面白くて。他人のドラマを垣間見える瞬間があるんですよね。その写真に写っている誰かの子どもとか、会ったこともないのに、現像しているうちに情や愛情みたいなものが芽生えてきたりする。一枚一枚向き合って現像していくことは、被写体とも向き合うことにもなるし、とても素敵なことだと思います。

まあ、たまにちょっと勝手にトリミングしたりとかしますけど(笑)。あまりにアンダーなので頑張って起こしてみたりとか、ちょっと画質の悪いものをどうにかして良くなるよう調整してみたりとか、そういうのもまたフィルムカメラの楽しみですよね。そんな感じで、日々楽しんでいます。

でも、今後は撮ることにももっと重きを置いてやっていきたいなと思っています。

写真とは撮られる側の気持ちにも寄り添うもの

——今回の『多重露光』の舞台の役作りなどを通して、どんな影響を受けましたか?

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今回の舞台の中で「写真というのは撮る側だけじゃなくて撮られる側の気持ちにも寄り添うものだ」と主人公が叱られるシーンがあるんですね。そこで僕も撮られる側の気持ちになって撮ってみようかなと思って、友人や家族やペットの猫を撮ったりする時に、そういったことを心がけてみました。

——撮られる側としては、今まで様々な機会で数多くのカメラマンや写真家の方々に撮られてきたと思うのですが、その中でも特に印象に残っている方はいますか?

これは悩みますね……。本当に数々のレジェンドと呼ばれるような写真家の方々に撮っていただいてきたのですが、そのことは全部覚えています。

印象深いものだと、篠山紀信さんに初めて撮っていただいた時「ちょっと筋肉ムキっとなった方がいいから、ちょっと撮られる前に腕立て伏せ20回やって」と言われたことは未だに覚えています(笑)。上半身裸のポートレートだったので、言われた通りパンプアップして撮影に臨みました。

あとは荒木経惟さんに撮っていただいた時のことも、深く印象に残っています。ダ・ヴィンチの連載『アラーキーの裸ノ顔』にも載った写真なのですが、昔、ブックバラエティ『ゴロウ・デラックス』の企画で荒木さんの写真展に伺って対談した際に、最後にその場で中判のフィルムカメラで撮っていただきました。荒木さん自身に焼いていただいたその写真は僕の宝物でもあります。

いつか本当に撮りたい場所でモノクロの風景写真を

——舞台では「生涯をかけて撮りたいものを見つけなさい」という言葉が出てきますが、稲垣さんは人生でいつか撮ってみたいものはありますか?

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僕は風景写真家のマイケル・ケンナがすごく好きで、彼のモン・サン=ミシェルの写真などにとても影響を受けたので、本当に自分が撮りたい場所でモノクロの風景写真を撮ってみたいなと思いますね。マイケル・ケンナの作品には、長時間露光で撮った素晴らしい作品がいくつもあるのですが、そういったものに憧れているので、中盤のフィルムカメラでモノクロで撮影して手焼きしてっていうのをやってみたいですね。白と黒のモノクロで撮った雪景色とか素敵ですよね。

——最後に稲垣さんにとって写真を撮ることとは、どのようなものなのでしょうか

写真って本当に面白いですよね。僕もどうしたら自分が良い写真を撮れるのかとかいまだにわからなくて。そもそも“良い写真”ってなんだろうと考えることもありますが、それに答えはないのだと思います。でも、そうやって向き合っていく時間がいいなと思って。

被写体と向き合える、自分とも向き合える。写真は本当にいい趣味だと思っています。

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モボ・モガプロデュース 舞台『多重露光』

公演日程

10月6日(金)~10月22日(日)

会場

日本青年館ホール

公式HP

https://tajuroko.com/

公演情報

入場料金:S席:12,500円/A席7,500円(税込·全席指定)
※未就学児童入場不可
※営利目的の転売禁止チケット:ぴあ、イープラス、ローソン、CHIZU TICKETにて発売中
出演:稲垣吾郎、真飛聖、杉田雷麟・小澤竜心(ダブルキャスト)、竹井亮介、橋爪未萠里、石橋けい、相島一之
脚本:横山拓也
演出:眞鍋卓嗣
企画・製作:(株)モボ・モガ