「自分の原点を大切にする」山﨑泰治さんが語る、写真の世界で生き残るための姿勢 #写真家放談

「自分の写真を理解してくれる人とだけ仕事をしたい」
「自分の好きな写真だけを撮っていたい」
心のなかで、こんなふうに思っている写真家は少なくないだろう。

しかし、現実は厳しい。好きな写真だけを撮っていても商業写真の世界では仕事にはならないと感じたことがあるのではないだろうか。自分の写真を他人の写真をまねてごまかしたり、無意識のうちに世間が言う流行の写真に寄せてしまいがちだ。

今回話を伺った写真家の山﨑泰治さんは、助手時代に「自分の写真とは、自分にしかできない表現とは」に向き合い、自分の写真を理解することによって、その後仕事としても自分の写真を撮り続ける土台を作れたのではないかという。
そして、原点を大切にこれまで撮り続けてきた結果、現在も商業写真の最前線で活躍し続けている。

今回の「 #写真家放談 」は、山﨑泰治さんに写真の原点を語っていただいた。


山﨑泰治/Taiji Yamazaki

1978年長野県生まれ。写真専門学校、スタジオ勤務を経て2004年上田義彦氏に師事。2008年写真家として独立。広告、雑誌などを中心に活動する傍ら写真作家としても数々の個展、企画展にて作品を発表。

公式サイト:https://taijiyamazaki.com/
Instagram:https://www.instagram.com/taiji_yamazaki/


写真家になるまでの道程

── どういう経緯で写真家になったのでしょうか?

写真自体をはじめたのは専門学校に入ってからです。そもそも机に座っていることが嫌いで知らないところに行ってみたい、海外へ旅もしたい。そういう好奇心は強かったと思います。

そこで進路を考えた時に、写真ならば自由に気のままいろんな所に行きながら仕事ができるのではないかと思い、写真専門学校に進学しました。そこではドキュメントやスナップの写真にひかれ自分でもカメラをもって東京の街などを撮っていました。
でも、専門学校は半年でやめてしまって、その後はアルバイトをしながらお金を貯めてバックパッカーで海外を旅したりしていました。帰国後、フォトグラファーになるためにはまだまだ技術も足りなかったし、第一に自信が全くなくフォトグラファーになっているイメージすらつかなかった。

そこで、まずはレンタルスタジオに勤めスタジオワークを学びながら沢山のフォトグラファーの撮影現場に初めて触れました。その後尊敬する写真家の上田義彦さんの助手をした上で独立し、現在に至ります。

師・上田義彦さんから学んだこと

── 山﨑さんは上田義彦さんの写真事務所で助手をされていたとのことですが、当時、師から得た経験が今どのように活かされていると思いますか?

僕は4年半ほど助手をしました。上田さんの撮影は今まで体験してきた写真の撮り方や考え方とは根本的に違って、そのスケールの大きさに圧倒されたのをよく覚えています。作品でも仕事でも全く関係ない。自分が納得するかどうかの写真。助手時代は全く余裕のない日々でしたが、今思うと撮影以外でも上田さんと一緒にいる事ができたのも良い経験になったと思っています。上田さんの優しくて熱い人柄を知った上で写真に至るまでの過程を知る事ができました。素晴らしい写真が撮れる理由に心から納得する事ができました。

また、仕事の撮影においては上田さんだけでなく関わる人たちの姿勢にも驚きました。一人ひとりが責任感を強く持って同じ方向を向き、高いクオリティのものを目指す。そして本気で世界を変えてしまうような作品が生まれる。真剣な緊張感のある撮影現場の中、それでも自由に楽しんでいる姿にとても憧れました。

僕はあの時に体験させてもらった一流の撮影現場の熱量、そこから生まれる写真の無限の可能性を知っている。

その素晴らしい写真誕生の瞬間、そしてそこに至るまでの根本的な流れを一番身近にいて体感させてもらえたことが今の自分の撮影に活かされているのではないかと思います。そして、このような素晴らしい写真を撮りたい、この世界を目指したいという明確な目標を持つことができました。

写真の原点。「ここにお前が写っている」

── 撮影方法だけでなく、写真そのものとの向き合い方を自分の中にインストールしたんですね。

そうですね、助手時代には何度も自分の写真を見てもらいました。勿論否定もされますし良ければ褒められもする。その過程で自分でも気づいていない部分を指摘され、なぜこの写真はダメなのか、この写真の良さは何なのかと。自分の写真とは、という問いに思いっきり向き合うことをさせてもらいました。今だに迷うことは多いですが、きっと一番大事なことは純粋に自分が発見して自分の心躍った瞬間に撮った写真なのかどうか。

よく覚えているのが、夏の日、たまたま出会った川の横を走る少年二人のスナップ写真を撮りました。そこには打算など全くなく、ほんとに気楽に撮った写真。上田さんがその写真を見て、「素晴らしい、ここにお前が写っている」と言ってくれたんです。

お前はそれでいいんだ、お前の中心っていうのはそれだっていうような。自分自身の写真表現との問いに対してこれが「自分が世の中に感動する瞬間」。自分の中でぱっと霧が晴れたような瞬間でした。

山﨑泰治さん撮影のsnap / 2006
snap / 2006

── 原点となるような写真なんですね。

自分の写真を俯瞰で見ると僕はきっとどこか、世の中をシーン(情景)として見ている。その流れる時間の中で、光、形、出会い、さまざまな要素が調和した中に感動する風景がある。
そして、その出会えた瞬間を丁寧に丁寧に写真として永久凍結させる。

僕の原点であり中心はここになるんだと思います。上田さんの助手を経て、こんなにも写真に向き合うことができてから独立できたのが最高に特別なことだと思います。

snap / 2007
snap / 2007

自分にしか撮れない写真

── 色々なことが腑に落ちるお話だったんですけども、自分のことをよく理解されてますね。その上でどのように仕事につながっていったんでしょうか。

独立後は特に、どうしても向き合わざるを得なかったのかもしれません。これだけ沢山いるフォトグラファーの中で何を理由に選ばれるのか。

僕の場合は奇抜なアイディアで勝負したり、デザイン優先の絵画的な絵作りをしていく発想では勝てないかもしれない。でもそのかわりに「今ここにあるもの」と正直に向き合い、感じた感動を丁寧に写真に定着させて伝えていきたい。
そう考えると自分に向いている自分の感覚が生かせる媒体はどこだろうか。そこはやっぱり写真を始めた頃から憧れていたものと同じドキュメントの世界、カルチャーや旅関係の雑誌で「今」を撮り下ろすこと。

独立後すぐに、カルチャー雑誌のデザイナーにこの写真を中心にまとめたBOOKを見てもらったところ、絶賛してくれたんです。自分の大切にしているところがちゃんと届いてとても嬉しかった。それでも本当に仕事が来るのだろうかという不安だらけの中、はじめて仕事の電話が来た時のことは忘れられません。大袈裟でなく飛び上がって喜んでいました(笑)。そこから始まった俳優やアーティストの撮り下ろしの撮影が僕の仕事での出発点です。今でも撮っている雑誌や演劇などの撮影につながっていると思います。

山﨑泰治さん撮影の「綿子はもつれる」安達祐実さん / 2023
演劇「綿子はもつれる」  安達祐実 / 2023
「CUT No.400 OCTOBER」 門脇麦 / 2018

ターニングポイントはTAKAO 599 MUSEUM

── 現在に至るまでにターニングポイントとなったお仕事や作品はありますか?

TAKAO 599 MUSEUM(高尾599ミュージアム)だと思います。2015年のMUSEUMのオープンに合わせての仕事だったので、書籍、ポスター用に前年から撮影が始まりました。季節ごとに風景を撮影し、建築、展示物などプロジェクトに関わる全ての写真を担当しました。

TAKAO 599 MUSEUM(高尾599ミュージアム)ポスター

山﨑泰治さん撮影のTAKAO 599 MUSEUM(高尾599ミュージアム)ポスター
山﨑泰治さん撮影のTAKAO 599 MUSEUM(高尾599ミュージアム)ポスター

風景の撮影は、時期をみて一人で山に入り沢山の登山道を歩いてみる。いい出会いがなく一枚も撮らない日もありましたが、出会えた時は予想以上の写真を撮ることができました。また剥製や草花のアクリル標本などのアートコレクションは、スタジオでどう撮ればこの魅力が伝わるか相談し、ライティングを調整しながら撮影していきました。長い時間をかけた仕事でもあったので自分だからこその写真表現もできたと思います。

山﨑泰治さん撮影のTAKAO 599 MUSEUM(高尾599ミュージアム)の写真
山﨑泰治さん撮影のTAKAO 599 MUSEUM(高尾599ミュージアム)の写真

── 高尾599ミュージアムの写真では、何を伝えようとしたんですか?

一番大切にしたことは正直に等身大に撮るということ。色々話を伺うと、そもそも高尾山は本当に懐の深い山で、あんなに標高が低いのに自然豊かで動植物が豊富。世界的にみても稀な豊かな自然環境とのことでした。なので過剰に表現する必要なんて全くなく、とにかく丁寧に今このままが写れば十分。また、長く残るものなので記録という意味でもしっかり正直に伝えたいと。今、高尾に行くとこういう体験ができるんだよっていう自分自身の体験自体が伝わって欲しいと思いました。

山﨑泰治さん撮影のTAKAO 599 MUSEUM(高尾599ミュージアム)の写真
山﨑泰治さん撮影のTAKAO 599 MUSEUM(高尾599ミュージアム)の写真

── 風景写真にはまなざしというか、発見して見つめているものがすごく響いてきます。

そうですね、ロケハンしてタイミングを狙って撮影するのではなく、とにかく出会った瞬間の感情を優先しました。なのでフットワークを優先するために35mmの小さいカメラにして、登山道をひたすら歩いて出会った瞬間に淡々と撮っていく。四季は繰り返しますが、あの時歩いていた自分の体験はあの時しかない。TAKAOの写真にはその瞬間の眼差しが写っていると思います。

結果的にこのプロジェクトが2016年のニューヨークADC 賞の金賞を受賞したんです。その事もあり自分を知ってもらえるきっかけにもなりました。今でも599ミュージアムにはたまに行きますが、当時と変わらずとても綺麗なままで嬉しくなります。とても愛着のある仕事です。

■いい写真には、その人のまなざし=考えが写っている

── 眼差しがある、というのは含蓄のある言葉だと思いました。どんな意味があるのでしょうか?

写真は勿論写っているものは大切なんですが、それと同時になぜこの写真に至ったのかという理由と道のりは必ずあると思います。なぜこの被写体で、このアングル、光なのか。そこに至るまでの一つ一つの選択があり、その思いが集約されて眼差しとして写真に染み込むのかもしれません。

きっとここに写真家それぞれの違いがあって、各自の個性に繋がっていく。さまざまな思いがあって良いと思います。写真には色々な見方がありますが、僕はその思い、眼差しがちゃんと落とし込めているものが良い写真なのではないのかなと信じています。

——後編に続きます。

<後編>物語を紡ぐ写真家・山﨑泰治が描く舞台設定の美学|#写真家放談