物語を紡ぐ写真家・山﨑泰治が描く舞台設定の美学|#写真家放談

自分の写真を俯瞰でみると僕はきっとどこか、世界をシーン(情景)として見ている。その中で、光、形、出会い、沢山の要素が調和した中に自分の感動する風景がある。その瞬間を丁寧に丁寧に写真に永久凍結させる。僕の原点はここになるんだと思います。

写真家・山﨑泰治さんのインタビュー後編。前編では、山﨑さんの写真の原点を伺った。彼のそのストロングポイントを活かし、情景(シーン)を作り込むことによって、商業写真の最前線で活躍し続けている。

では、フォトグラファーは、いかにして舞台を設定すればいいのだろうか。前編に引き続き、今回は山﨑泰治さんの撮影を支える「舞台設定」について聞いた。

前編はこちら。
>>「自分の原点を大切にする」山﨑泰治さんが語る、写真の世界で生き残るための姿勢 #写真家放談


山﨑泰治/Taiji Yamazaki

1978年長野県生まれ。写真専門学校、スタジオ勤務を経て2004年上田義彦氏に師事。2008年写真家として独立。広告、雑誌などを中心に活動する傍ら写真作家としても数々の個展、企画展にて作品を発表。

公式サイト:https://taijiyamazaki.com/
Instagram:https://www.instagram.com/taiji_yamazaki/


■舞台を整えることが勝負

── 前編ではスナップが原点だと仰っていましたが、お仕事だと人物が中心の撮影が多いと思います。そのときは、どのように考えて撮影しているのでしょうか。

基本的には人を中心に撮るという状況でもその考え方は変わりません。シンプルにその人に似合う環境にいて欲しい。ロケならばその環境に行ければベストだし、スタジオならば光を再現して環境を用意してしまう感覚です。被写体の人にはこの中で自然と撮りたい感情になってくれると良いなと思っています。

── 舞台設定が譲れないポイントなんですね。

譲れないというより僕はそもそも、そこが整理できていないと迷ってしまうんです。企画の段階で、笑っている写真の企画ならばなぜ笑っているんだろうと思うし、足元写っていない企画でもこの人はどこにいて何を思っているんだろう?って思う。なので画面に映らないからとか、ここはスタジオだからとか関係ないんですよね。スタジオでのシンプルな背景のライティングでも自分で勝手にこっちに大きい窓があるとか、どんな天気にしようなど物語のイメージしてライティングします。

例えば「BAR Pomum」の仕事では最初にこの場所はどこか、本田翼さんはどのような感情なのだろうかと打ち合わせで議論しました。そこで設定したこの世界は、半分夢の中のような空想世界でゆったりと優しい時間が流れている。そこをイメージしていくと永遠に続く広い空間の中にぽつんとあるカウンター。そこにふわっと優しく照らしているランプ。そこに調和する本田さんの自然体の優しい感情。

この舞台の表現として、終わらない奥行きとこの世界の柔らかさをテーマにライティングをした環境をつくって撮影を進めて行きました。

「この人の物語」という議論から始まると、選択一つ一つに理由と深みがあるから、やっぱり写真として強く重い。写真のフレームの外にある空間を想像させる余韻がどんどん膨らんで豊かになっていくんだと思います。

山﨑泰治さんの作品 SUNTORY 「BAR Pomum」 / 2022
SUNTORY 「BAR Pomum」 / 2022

■大切にしていることは、その世界を信じ抜くこと

── 一方で山﨑さんが撮影したコペンの風景写真も印象的です。こちらは先程の作り込んでいくアプローチとは真逆の写真に感じるのですが、考え方に差はあるのでしょうか。

山﨑泰治さんの作品 DAIHATSU「COPEN」 / 2022
DAIHATSU「COPEN」 / 2022

僕の中では、そこには差はないと思っています。感覚的には、準備して用意するのか自分から見つけに行くのかのアプローチの方法の違いだけですね。

この「COPEN」の企画の話を伺った時「コペンと一緒に日本中を旅をしたい」と思いました。その時に感じるであろう高揚感と感動した体験が伝わるといいなと。理想だけで言うと本当に一緒に旅して発見した時にその場で撮って行けたらベストなんですが、この規模の企画ではさすがにそれは難しい。

だけど、「一緒に旅をする」という物語を実現するために、自分たちもはじめて見るような心躍るロケーション、そして特別でなく誰もが無理なく行ける場所であるという事を設定して撮影を進めていきました。

山﨑泰治さんの作品 DAIHATSU「COPEN」 / 2022
DAIHATSU「COPEN」 / 2022

── これらの写真はコペンと一緒に旅をしているワンシーンなんですね。とはいえ、このシリーズは空撮しているんですよね?

いえ、普通に三脚で撮っているんです。この写真を見て訪れた人たちに等身大の体験をしてもらうためにも、この地に行けば誰でも立てるアングルで撮ることは大切にしました。2台で旅をしていて少し遅れてくる友達の車を見守るような視点かもしれませんね。なのでアングル的には制約も多く画的な観点でいうと、もう少しこうしたいと思うことも沢山あったんですが、その分空撮では映らないコペンとの親近感があるのではないかと思います。このシリーズは北は知床から南は五島列島までいろんなところを旅をして最終的に12カットのシリーズになりました。この写真を見た人が抱く感情は、実際に地に足をつけて心躍る体験ができた自分達のワクワクした感情が伝わっているんだと思います。

■ファインダーの先にロケーションがみえている

── 企画によってはシンプルに写真を撮るだけではなく、その後の画像合成が前提だったり、写真として仕上げるまでに撮る以外の要素もたくさんありますよね?

そうですね、CGや合成前提の場合はその後の処理の効率を考えた背景で撮ったりもします。

でも、僕の場合は合成だからと言って、写真と距離がでてしまうことだとはあまり思っていません。スタジオだったら逆にロケではできない光の瞬間の追求までできるので、現実よりも良くしてやろうと思いっきり利用して楽しみます。そして本気で追求していくと、ロケとかスタジオとか本当にどうでもよくなってくるんですよね(笑)。周りからはスタジオで撮っているように見えると思いますが、僕にはファインダーの先に風景のロケーションが見えている。

そして、意外に思われるかも知れませんが、撮影後のレタッチや画像合成も結構好きなんです。その技術があるおかげで見ることのできる世界もあると思います。合成の場合は勿論ですが細かいディティールの部分でもレタッチャーと一緒に相談しながら、より深くその世界を追求して、見えてくる世界にワクワクしています。

山﨑泰治さんの作品 SUNTORY 「CRAFT BOSS」 / 2023
SUNTORY 「CRAFT BOSS」 / 2023
山﨑泰治さんの作品SUNTORY 「CRAFT BOSS 甘くないイタリアーノ」/  2023
SUNTORY 「CRAFT BOSS 甘くないイタリアーノ」/  2023

写真はロケで一発撮りの方が価値があると言われがちですし、実際昔はそう思ってました。でも今は事実か設定かどうかは関係なく、とにかく自分がその世界に責任を持って信じているのかどうかの方が大切だと思っています。

ある意味、企画を立てた人たち以上に僕はこの世界を信じているかもしれません。そこで出会った僕の立ち位置から見える体験と感情が写真を見た人には真実として届くと信じています。

■自分の眼差しを写真に落とし込むために

── 定期的に個人の作品も発表されて個展も開催されていますね、2020年に風景のような肖像写真『In the Light』2015年に深閑とした風景『SIGHT』。これらの写真を見るとより深く山﨑さんの眼差しを感じられますね。

個人作品は、その時の等身大の自分の「今」を写真に定着させたいと思っています。その時の自分をとりまく世界に影響されて撮りはじめた写真。自分のリズムで淡々とフィルムで撮っています。出会いと撮る瞬間の一発勝負。そして暗室のあのひんやりした漆黒の空間、薬品の匂いがする中でのプリント作業はやっぱり大好きですね。そこもまた原点です。現状の自分を客観的に見つめられるので大切に続けていかないとなと思っています。

「SIGHT」では山々を歩いて出会い魅了された情景を撮りました。山の名前や場所は忘れてしまいましたがその時押したシャッターの指の感覚だけは鮮明に覚えています。「In the Light」では光を撮りたいという所から始まり辿り着いたのが女性の肖像。その光との調和が見たかった。けどこうして改めて振り返ってみても根底に写っている部分は一緒ですね(笑)。環境と美しく調和している情景。

山﨑泰治さん撮影の作品「SIGHT」 / 2015
「SIGHT」 / 2015
山﨑泰治さん撮影の作品「In the Light」髙橋佳子 / 2021
「In the Light」髙橋佳子 / 2021

── やっぱりスナップ。山﨑さんの原点に立ち返るんですね。

そうですね。スナップが中心になっているので、いろんなジャンルの撮影ができているのだと思います。被写体がなんであろうと、ファインダーをのぞいていいなって思った瞬間シャッターを押せばいい。生きていれば、風景でも、人物でも、物でも、ジャンルは関係なくなんでも心躍るじゃないですか。その瞬間を掴み取るっていう考え方をしてるので、僕はどんな被写体でも撮影に対する心持ちに全く差がないんです。

── 自分の眼差しを写真に落とし込むためにも、舞台設定が欠かせないのかもしれないですね。今後はどんなものを見ていきたいですか。

僕はやはり根本的には旅をしたいんだと思います。写真を始めた時の理由、知らない海外でバックパッカーをしていた時と同じこと。見たことのない、魅力あふれる世界に出会いたい。フォトグラファーという仕事はその物語の世界に出会い、思いをこめて写真に定着させる。そこで体験した感動を世の中に届けることだと思います。この感覚は旅をしているのと全く同じかもしれません。

この素晴らしい刺激的な仕事をできる事に感謝しながら、もっと自由に、深く誇りを持って写真を撮り続けられればいいなと思います。そのために、もっと進化しないといけませんね、技術も表現ももっと勉強しないと。現状の形に拘らずに新しい表現にも挑み続けていきたいと思います。