【景色になるインテリア】なぜ吉川和人は木の“傷跡”を美しさに変えるのか

日本各地で家具をつくる作り手のまなざしを通して、ものづくりの現在地を見つめる連載「景色になるインテリア」。日々の暮らしに寄り添い、使うほどに深みを増す家具には、素材と向き合い、手を動かし続ける人々の静かな熱が宿っています。

今回お話を伺った木工作家・吉川和人さんの作品にふれると、そこにあるのは一本の木が生きた時間そのものだと気づかされます。幼い頃、裏山で木を削り、母へ贈るスプーンを作った原体験から、イタリアモダン家具を扱うブランドで培ったデザイン思想を経て、35歳で自ら手を動かす道へ進んだ吉川さん。

今回のインタビューでは、節や割れさえも木の個性として生かす理由、手仕事に宿る揺らぎの美しさ、そして森と人の暮らしをつなぐ木工の役割について伺いました。なぜ吉川さんの作品は、使う人の心に静かに深く届くのか。その背景にある思想を知ることで、木とともに生きる豊かさをあらためて感じられるはずです。

始まりは、窓に届いた「くるみの枝」

━━ 吉川さん、今日はお忙しい中ありがとうございます。吉川さんの作品、画面越しに見ているだけでも本当に美しくて。まずは、その原点から伺わせてください。子供の頃から、裏山で弓やツリーハウスを作っていたそうですね。

吉川: こちらこそ、よろしくお願いします。そうですね。田舎の子だったので、身近な材料で何か作るのは元々好きでした。弓とかツリーハウスは、まあ、おもちゃみたいなものですけど。

━━ 当時から、自分で道具を作る面白さを感じていたんでしょうか。
吉川: 自然の中から材料を取ってきて、自分の生活に生かす。それが面白かったんだと思います。誰かが買ってきたものじゃなく、自分で加工して、確かめながら形にする。そういう感覚が自然と身についていたのかもしれません。

━━ 吉川さんの原点といえば、お母様にプレゼントした「くるみの木のスプーン」の話が印象的です。

吉川: スプーンが、僕が形にした最初の道具でしたね。実家の裏にくるみの木があったんです。僕の部屋の窓に接するくらい枝が伸びていて。でもある時、切り落とさなきゃいけなくなってしまった。スプーンが最初の道具でしたね。

━━ それで、スプーンを?

吉川: 捨てるのはもったいない。せっかくのくるみの木だから、何か作れないかって。その時は、とにかく使えるものを作りたかったんです。オブジェじゃなくて、実際に料理で使えるもの。その方が、母も喜ぶんじゃないかと思って。

━━ 素敵ですね。お母様、喜ばれたでしょう。

吉川: いや、それがガタガタで(笑)。穴も開いていたりして、実用的じゃなかったんです。母も一回も使わずに、ガラスケースの中にしまっていました。でも、使わなかったおかげで当時のスプーンが今も残っている。それは良かったなと思います。

カッシーナで染み付いたモダンデザイン

━━ その後、吉川さんは有名インテリアブランドの「カッシーナ・イクスシー」で12年間働かれますよね。作る側に転身される前に、高級家具の世界に身を置いていた。この経験は、今の作品にどう影響していますか?

吉川: 実は、元々は美大に行きたかったんです。でも、画家や彫刻家で食べていくのは大変だろうなって。普通の大学に行って、趣味で美術を続ければいいかなと思っていました。でも、やっぱりアートに関わる仕事がしたい。それも見て楽しむだけじゃなく、体を預けて使う家具というデザインの世界に興味が湧いたんです。

━━ それでカッシーナへ。

吉川: はい。営業を8年、企画を3年。海外移住も経験しました。そこでモダンデザインの思想が、良くも悪くも染み付いてしまったんですね(笑)。

━━ 染み付いたというのは?

吉川: シンプル、ミニマル、そして浮遊感。モダンデザインでよく使われる言葉です。技術が進んで構造が強くなると、テーブルの脚を極限まで細くできる。すると、平面が空中に浮いているように見える。この重さを感じさせない美学が、僕の思考のベースにあります。

━━ 確かに、吉川さんの作品はどっしりした重厚感とは少し違いますよね。
吉川: そうなんです。木という素材はそこまで強くないけれど、やっぱり重くしたくない。無駄な重さを削ぎ落としたい。伝統的な職人の道とは異なるキャリアを歩んできた人間だからこそのアプローチかもしれません。

35歳の決断。「いつ何が起こるかわからない」

━━ 35歳で、そのキャリアを捨てて作る側へ。大きな決断だったと思います。何が一番の原動力になったんですか?

吉川: ずっとコンプレックスがあったんです。デザイナーと一緒に仕事をしていても「自分はクリエイティブ職じゃない」という悶々とした気持ち。それが30歳くらいまで続いて。でも、震災が起こった。それが決定的なきっかけでした。

━━ 東日本大震災ですね。

吉川: はい。いつ何が起こるかわからないと痛感しました。一生懸命やっていても、急に壊れてしまうことがある。やりたいことをやらないまま生きていくのは、時間がもったいない。35歳という年齢も、転職の限界と言われる時期でした。今しかない、と。

━━ 震災が、吉川さんの背中を押したんですね。

吉川: 震災がなかったら、もしかしたら別の会社に転職していただけかもしれません。あの時、自分の人生に生々しい時間が流れたんだと思います。

木材は、生きた木の続きを受け継ぐ素材

━━ 吉川さんは、木材のことを「木が生きた後の屍(しかばね)」と表現されています。この独特な捉え方は、どこから来ているんでしょう。

吉川: 子供の頃、家の裏の森で触れた感覚です。木を工業素材として見ていない。皮がガサガサしていたり、ツルツルしていたり。木の下で鳥が死んでいたり、虫が湧いていたり。

━━ 生々しい自然の循環、ですね。

吉川: そう。芽が出て、育って、倒れて、腐っていく。木は必ず朽ちていくし、燃やせば消える。プラスチックや金属と違って、自然とイコールの材料なんです。自然へ戻っていく循環性にも惹かれますね。

━━ その生きていた痕跡を、作品にそのまま残されていますよね。かつては欠点とされていた節や割れ、自然の分解過程で生まれた表情さえも。

吉川: それは、二度と繰り返さない一回性の価値だと思うんです。節は、木が水平に枝を広げようと頑張った証。そこはすごく硬くて強いんです。割れも、細胞が乾燥して縮んだ結果。どれも、その木が生きた時間の痕跡なんです。

━━ それが、見る人にエネルギーを与えるのかもしれません。
吉川: 昔は節のない綺麗な材が好まれました。最近は、節や個性的な木目を好む方も増えている傾向があります。本能的に、生命力を感じ取っているんじゃないでしょうか。バクテリアの模様も、分解の始まり。それは新しい命の糧になる瞬間でもあるんです。その終わりの始まりのような美しさに惹かれます。

手が作る揺らぎと、職人の良心

━━ 木の形に従って自分を調整していく。そのスタイルにおいて、デザインの面白さはどこにありますか?

吉川: 木工の学校に入ったばかりの頃、先生に言われた言葉が忘れられないんです。「機械で作った完璧な丸と、人間が一生懸命作った丸。どっちがより丸に見えると思う?」って。

━━ 深い質問ですね。

吉川: 先生は「人間が作った丸の方が、丸に見えるんだよ」と言ったんです。機械で100本同じものを作れば冷たく見える。でも、手で作れば1個ずつ微妙に違う。わずかにずれていたり、ボリュームが違ったり。でもその揺らぎと、丸くしようとした懸命な気持ちが、独特の魅力を生むんです。

━━ その揺らぎが、使う人の心に届く。

吉川: 柳宗悦(やなぎ むねよし)の民藝論にもあります。「そもそも手が機械と異なる点は、手はいつも直接に作り手との心と繋がれていることである。機械には心は無い。手はただ動くのではなく、いつも奥に心が控えていて、それが手の動きを介して、一つ一つのものの形を一回づつ決めている」と。一つ一つの決断に、職人の良心が込められている。

━━ 良心、ですか。
吉川: 「ここはこういう木目だからこう使おう」「この木は少し弱いから太くしておこう」。そんな気持ちが、ものに反映される。デジタルデータで量産されたものには乗らない、何かが宿るんだと思います。

日本の森の「本当の姿」を取り戻す

━━ 吉川さんは、三重県でのプロジェクトなど、森の保全にも関わっていらっしゃいます。ものづくりと森の保全、どう繋がっているんでしょうか。

吉川: 日本の国土の7割は森ですが、その多くは人工林です。戦後の政策で、建築材を作るために杉やヒノキを植えまくった。でも、今は放置されています。手入れがされないと草が育たず、地盤が崩れ、生態系が壊れてしまう。

━━ 深刻な問題ですね。

吉川: 40年かけて育てたのに、安い外材が入ってきて「やっぱりいらない」となってしまった。でも森は、水を作ったり土砂崩れを防いだりする公共財でもあるんです。必要の無くなった人工林を無理に維持せず、少しずつ自然な森に戻していく。それが大切だと思っています。

━━ 作者として、ただ木を使うだけでなく、その背景まで見据えているんですね。
吉川: 僕ができるのは、その価値を伝えることくらいですけど。でも、1回壊してしまったものは、自分たちの手で何とかしていかないといけない。森と関わることは、自分の庭を整えることの延長線上にあるのかもしれません。

インテリアは、都会に持ち込む「自然の景色」

━━ 今回のテーマ「景色になるインテリア」について伺わせてください。日常の道具と、生命力のあるアートピースが共存すること。それが部屋にあると、景色はどう変わりますか?

吉川: 部屋が生き生きとすると思います。観葉植物を置くような感覚ですね。自然を都会の生活に持ち込む。木のボウルやオブジェを1個置くだけで、空間に力が宿ります。

━━ オブジェを置くことに、ハードルを感じる人もいるかもしれません。

吉川: 木は、たまたまその形で固定化されているだけです。野原に置けば、やがて朽ちて土に還る。自然の中の循環の一部なんです。そう思えば、自然のものを摂取するような感覚で、気軽に取り入れられるんじゃないでしょうか。

━━ 自然そのものの景色が入り込んでくる。その言葉、すごくしっくりきます。

編集後記

吉川さんの作品は、オンラインショップでの常時販売は行っていません。ギャラリーでの展示販売や、都内のいくつかの店舗での常設販売がメインだそうです。

「100本作っても、全部バラバラ。でも、それがいい」

吉川さんが語る揺らぎや良心の話を伺って、部屋に置いたときの風景を想像せずにいられませんでした。外側の美しさだけでなく、その中にある生命の物語に触れる。そんな出会いが、皆さんの暮らしにも訪れますように。吉川さん、本当にありがとうございました。

(取材・文:ENCOUNTER MAGAZINE編集部)