人生のフレーム #写真家放談 |コハラタケル
PHOTOGRAPHER PROFILE
PHOTOGRAPHER PROFILE
コハラタケル
1984年生まれ、長崎県出身。建築業を経てフリーランスのライターとして経験を積み、その後フォトグラファーに転身。
#なんでもないただの道が好き を発案するなど、日常の世界観とリンクしたエモーショナルでチャーミングなポートレートでも知られる。SNSを含むweb媒体での広告写真を中心に活動する傍ら、山本文緒 『自転しながら公転する』や、島本理生 『あなたの愛人の名前は』(文庫版)など、書籍カバーにも写真が採用されている。
2018年4月16日。
InstagramのDMを開くと、まだ出会ってない頃の妻のメッセージが残っている。
「コハラさん初めまして。樹里と申します。突然のご連絡となってしまいすみません。フォローしていただき、写真見ていただいて嬉しくてその想いを伝えられたらとご連絡させて頂いた次第です。ポートレートというもの……」
ここから始まり、約4年後である2022年に結婚するのだから、人生は本当に何があるのかわからない。
「そうか。先に僕からフォローさせてもらったのか……」
メッセージを見て、思い出す。樹里ちゃんのことを知ったのは高橋伸哉(以下、伸哉)さんの写真を見たときだった。
当時、僕の記憶が正しければ、伸哉さんは被写体をSNSで募集することはほぼゼロに等しかったと思う。そんな伸哉さんが珍しくSNSで被写体を募集していた。募集には多数の応募があったらしいが、その中から選ばれたのが樹里ちゃんだった。
伸哉さんの写真を見て「自分が(樹里さんを)撮影させていただいたら、どういうふうになるんだろう」。最初はそんな興味心からのスタートだった。
実際に樹里ちゃんを撮影させてもらって思ったことがある。
「伸哉さんもすごいけど、この子もすごい」
被写体としての迫力はもちろんのこと、違う魅力も感じていた。その後、お付き合いさせていただいてからも僕はここぞという場面の写真は彼女を頼りにしていた。
そんなある日、彼女を撮れなくなってしまった。
嫌いになってしまったなんてことはまったくなくて……でも、撮れなくなってしまった。
僕には持論がある。人生順風満帆な人の作品よりも、何か葛藤していたり、自分の生活に納得していなかったり、そんな人が悩んだ上で作り出す作品を見たい。僕は写真を撮る限りはいつまでも苦しみ続けたいと思っていた。
でも、どこかで彼女が幸せになってしまったような感覚があって、それは一緒に生活している僕としては嬉しいことでもあり、悲しいことでもあった。
本当に身勝手な話なのだけれど、彼女は僕が写真で目指したい場所へ一緒に来てくれると思っていた。だけど、彼女は一緒に暮らしてはくれたけれど、僕が写真で目指す場所には付いて来てくれなかった。考えてみれば当然だ。人にはそれぞれ人生がある。僕の人生に彼女を巻き込むわけにはいかない。ふたりで暮らしていくことと、僕が写真で目指したいことはまったくもって別の話なのだ。
さらに同じ人を撮り続けることの難しさも感じていた。僕は彼女だからこそ、良い写真を渡したかったし、常に今までと違うものにしたかった。そうすることで彼女が喜んでくれると思っていた。
そんなふうに変化を求めすぎたがために、彼女のことを撮れなくなってしまった。
しばらく撮ることができない期間が続いたが関係性は良好だった。結婚を機に、僕の気持ちも少し変わった気がする。自分で言うのは恥ずかしいけれど、当時に比べると、技術も心も大きくなったのだと思う。撮っているのは自分だけど、写真そのものは自分のものではないんだ。そのことがわかるまでに随分と時間がかかってしまった。
いつの間にか難しいことを考えることなく、妻を撮れるようになっていた。
「大丈夫。これからは撮り続けられる」
そう思っていた矢先、Leica(ライカ)の新製品のプロモーションとギャラリーでの展示の話がきた。すでに僕の中では妻を撮り続けることができる自信があった。だから、そのままの流れで進むこともできたのだけど、明確に変わったことを示す場所があったらいいなと思っていた。改めて妻に感謝の気持ちを伝えたかった。
ライカのギャラリーで展示させてもらうのは非常に光栄なことだ。僕がこの先、仮に死ぬまで写真を撮り続けたとしても、このギャラリーで展示をさせてもらえるのは最初で最後かもしれない。だからこそ妻の写真を展示したかった。なんて贅沢な使い方をしているんだと思われるかもしれないけれど、妻にだけ届いてくれればいいと思ってステートメントを書いた。
撮縁──。今回の写真展のタイトルだ。
僕が写真を撮っていなければ彼女と出会うことはなかった。彼女が被写体活動を始めていなければ僕と出会うことはなかった。すべては撮影があったからこそ生まれた縁。だから撮縁。
幼稚園児の頃からここからいなくなってしまいたいと思っていた。その感情は小学生になると死んでしまいたいという感情なんだとわかった。だから、生きていて先のことを考えるなんてまったくできなかった。明日、死ぬかもしれないのに、どうしてみんな先のことを考えるのだろうと思っていた。
そんな僕がたまにだけど、先のことを考えることがある。僕たちが老夫婦になったとき、すべての写真を見返して、どう思うのだろう? その中でも再出発を誓って撮影をした今回の展示は特別なものになるだろうって。先のことなんて、まったくわからないけれど、これだけは確信ができるんだ。
■information
コハラタケル 写真展 「撮縁」
開催期間
2023年5月27 日(土)〜 8月27日(日)
会場
ライカギャラリー東京 (ライカ銀座店2F)
東京都中央区銀座6-4-1 2F Tel. 03-6215-7070 月曜定休
ライカギャラリー京都 (ライカ京都店2F)
京都府京都市東山区祇園町南側570-120 2F Tel. 075-532-0320 月曜定休