クリエイターが影響を受けた一枚 vol.9 #視覚以外の五感に作用する

編集思考とアートディレクションを武器に、企業やサービスの新たな価値を創出しているデザインコンサルティングファームDynamite Brothers Syndicate。日々、クリエイティブの世界で活躍するアートディレクターやデザイナーが影響を受けた写真家を紹介します。第九回は、チーフデザイナー栗原麻衣が「視覚以外の五感に作用する」の視点でお話します。

株式会社ダイナマイト・ブラザーズ・シンジケート(DBS)

東京港区にあるデザインコンサルティングファーム。
ブランディング、デザインコンサルティング、ロゴマーク開発など幅広いフィールドで事業展開中。

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THEME :視覚以外の五感に作用する

人間の情報源は視覚からが8割という。日ごろビジュアルコミュニケーションに関わっている身、何を伝えたいか、何を感じさせたいか、受取り手のことを考えてものをつくる。立体物であれば、素材も考える。なめらかなのか、ざらついているのか。視覚に限らない五感に作用するコミュニケーションで、より伝わるよう設計する。

例えば何かものを見たとき、「美味しそう」「肌触りが良さそう」と考える。それはあくまでも想像だ。そうではなく、リアルに食べたときのように「味がした」「香りがした」錯覚。今回は、私が視覚以外の情報を持たない状況で見た写真で、そんな錯覚を起こした作品を挙げていく。

味覚:泊昭雄

©️L.A.TOMARI

一瞬、絵画かと見間違うような透明感。純粋に美しいと感じて目が留まり、月ではなく卵だと気づく。なめらかな輪郭を舌の上で味わい、弾力を感じながら歯を立てて潰す。鼻から抜ける硫黄の香り。月のクレーターのような断面の亀裂を見て、舌に残る黄身の質感を錯覚した。私は体質的に、卵はあまり食べられないのだが、この写真を見るたびに美味しくいただいた気分でいるので、実際には摂取していないはずのコレステロールが溜まっていく錯覚もある。ごちそうさまでした。

触覚:尾鷲陽介

©️尾鷲陽介

尾鷲さんの作品は、人の姿は見えなくとも人の気配を感じる。草木のある街中や人工物のある景色だからだろうか。人工物を被写体としていても拒絶するような冷たさのない、温度より湿度を感じる写真。水を含んだ空気が肌を撫でる心地よさを錯覚した。絶対に誤解してほしくないのだが、湿度と言っても、それはいわゆる日本の夏のようなジメジメした湿度ではない。「あ、季節が変わっていくな」と肌に触れる空気で気づくような、心地よい感覚。どこか身近に感じる風景は、肌を撫でる錯覚と共に少し感傷的な気持ちにさせる。

嗅覚:吉森慎之介

©️吉森慎之介

うっそうとした森と、何か生き物がいそうな池(沼?)の深く青々とした匂い。馴染みのある人工的な匂いは一切混ざっていない、生々しい森の香りを錯覚する。水分を含んだ空気は重く、近くにある岩や倒れた木の上へ移動しただけで、わずかにひんやりとした澄んだ空気が一瞬吸えるような、そんな空気をまとう。

©️吉森慎之介

強く吹く風が、馬の背のようななだらかな山陵を撫で、遠くまで匂いを運ぶ。力強い風に乗って香るのは、芝のような草木の匂い、牧場の動物の匂い。ライダーの聖地の近くだと気づいてからは、排ガスの匂いもかすかに感じた。自然の雄大さを語り、自然に対して畏敬の念を感じる吉森さんの作品は、その地の空気と匂いを感じる。

聴覚:安永ケンタウロス

©️安永ケンタウロス

雪がすべての音を吸収してしまったかのように、音がなくなる瞬間。ピンと糸を張ったように緊張感のある画面からは、前後の時間を感じない。まるで時が止まったのかと感じる静寂に包まれている。写真は時間の一部を切り取るものではあるけれど、その瞬間を繊細で静謐(せいひつ)に切り取ったこの写真に、無音の時間を錯覚した。写真なのだから音が聞こえないのは当たり前だが、環境音さえ聞こえない真空の状態。息を止めていたことに後で気づくような、緊張感のあるその瞬間の表現に心が惹かれた。


実際に同じ場所へ行ったわけでも、同じものを見たわけでもないから、写真を見ることで自分のなかの一番近い記憶が呼び起こされて錯覚するというのが正しいのかもしれない。これは個人的な記憶や思いに起因するものだから、全員が全員同じ写真を見て同じ錯覚をするとは限らないし、錯覚の中身も違うだろう。今回挙げた写真から私が錯覚したことは、作者の意図していない感覚である可能性もなきにしもあらずだが、視覚情報のみでその他の五感に作用し、限られた情報だけでも鑑賞者の感覚のひだに触れる作品であることは間違いない。コミュニケーションデザインに携わる者として、私もそんなものづくりをしたいと改めて思った。

栗原麻衣 / Mai Kurihara
Chief Designer/ Dynamite Brothers Syndicate

クリエイターが影響を受けた一枚 連載