「僕は『女優顔』で、最高のポートレートを作りたかった」富取正明が見出したポートレートの“存在意義” #写真家放談

2021年夏、東京・青山のアートギャラリー「スパイラル」で開催された写真展『女優顔』は、2万人超の来場者数を記録。会場では大きなポートレートが1枚ずつ展示され、誰もが知っている日本のトップ女優50人の、誰も知らない表情が写し出されていました。役柄を脱ぎ捨てた彼女たちの表情は、見る者を圧倒するエネルギーを放っていました。

そんな「女優」たちの表情を撮りおろしたのは、フォトグラファーの富取正明さん。今回は、トップフォトグラファーとして第一線を走り続ける富取さんに、『女優顔』を開催した背景や撮影中のエピソード、そして富取さんのポートレートに対する想いなどを伺いました。

悲願の東京開催となった写真展『女優顔』

——昨年7月に開催された『女優顔』は来場者数2万人超えと、大盛況のうちに終わりました。

『女優顔』で展示した写真は、僕の「本気の作品」なんですよ。自分のすべての技術と、感覚をぶつけた。その写真展をスパイラルという素晴らしい空間で開催できたのは、感動的でした。

——来場者の反応はいかがでしたか?

写真に写っている女優さんのファンは、「普段の顔と全然違う」って言いながら見てましたよ。同業者はもちろん、女優やモデルの方々も見に来てくれたんですけど、「今の自分にはこういう表現はできない。その現状が悔しい」と言って泣いてくれる人もいました。来場者のそういう反応も楽しめましたね。

——香港、上海、マカオを経て、今回は待望の東京開催だったのでは?

待望というより、悲願です(笑)。僕はずっと、スパイラルで写真展をやるのが目標だったんですよ。20代前半で初めてスパイラルに行って、「こんな場所があるんだ」とすごい感動して。そのときから「いつかここで自分の写真展をやってみたい」と思っていました。

だから2014年に「女優顔」の企画を始めたとき、最初に話を持っていったのはスパイラルでした。でも見積りを出してもらったら、写真展を開くのに家が建つくらいのお金が必要だったんです。

担当者に「招待枠とかはないですか?」って聞いたら、「過去にはキースへリングを招待したことがあって、海外の展示会なら招待しています」と言われたので、まず海外での実績をつくるために香港で開催しました。

——海外で写真展を開催することも、簡単なことではないと思いますが。

それはプロデューサーの廣田(正年)さんのおかげですね。日本のアーティストを世界につなぐ“パイプ役”を務めている人で、僕が海外で『女優顔』を開催するとき、ずっと間に入ってくれていました。

香港で『女優顔』を開催したとき、廣田さんが香港のエンタメ界で”女帝”と呼ばれる人を紹介してくれて。その人のつながりで、翌年には上海の有名な国際展示場「SHCEC」で開催できました。そこは有名アーティストしか借りられない展示場で、日本人が簡単に使える場所でもないんです。

——その場所で開催できたことで、『女優顔』に“箔”が付いたわけですね。

そうです。でも上海での展示を終えたあと、スパイラルの担当者と「『女優顔』にはアートの要素も必要」という話になって。そのタイミングで、「アート・マカオ」という大型芸術フェスティバルに招待されました。

スパイラルに正式に招待していただいたのは、そのあとですね。実は廣田さんがたまたま、スパイラルの社長と昔から知人だったんですよ。だから彼がスパイラルの社長との間で交渉役を担ってくれて。そのおかげで話がまとまって、ようやく自分の夢だった場所で写真展を開催できました。

年齢もキャリアも異なる女優の“今”を記録として残したい

——そもそもなぜ、『女優顔』という企画に取り組もうと思ったんですか?

僕は、年齢や人生経験とともに自分の好きなものが変わっていくと思ってるんですよ。それは写真に対しても同じ感覚。

ただ自分の中では、人を撮るときの好きな撮り方や光の作り方、世界観みたいなものの軸はあるんですよね。18歳から写真を始めて、仕事の9割以上が人物撮影になっていくなかで、30代半ばになってその軸が固まっていった。

でももしかしたら、その軸もこれから変わっていくかもしれない。だからその前に、自分の軸を世に出しておきたいと思ったんです。自分が今、最高にかっこいいと思っている世界を切り出して、「富取正明の人物写真はこうだ」と伝えたい欲が生まれました。

——被写体に「女優」を選んだ理由は?

女優さんって、ドラマや映画でいろんな役柄や人格を演じて、いろんな表情を持っている。

でも一緒に仕事をするなかで、“表”に出ているときの表情と“素”の表情は見せ方がまったく違うと気づいたんです。それが面白いなと思いました。

2013年頃、カメラマンが主人公の月9のドラマに、カメラ指導役として呼ばれたんですよ。そのドラマの撮影中、ある女優さんに「映画やドラマでいろんな役柄を演じているけど、人格が混ざったりしないの?」って聞いたんです。

そしたら彼女が「わたし器用なので、役と役の合間では“自分”を演じてます」と言ったんですよね。

それを聞いて、「確かにどんな人でも、仕事のときはその職業を演じている」と思いました。例えば僕は撮影現場に入ったとき、間違いなくフォトグラファーという立場で喋るし、行動する。職業という“顔”を持って生きているなと。その考え方が、自分の中にストンと落ちたんです。

——その女優さんの言葉が、富取さんを『女優顔』の企画に導いたと。

そうです。それに「女優」とひと括りに言っても、それぞれ年齢もキャリアも考え方も違うじゃないですか。その人たちの「今の自分はどうありたいか・今の自分をどう見せたいか」という想いを記録として残したいとも思いました。

——年齢もキャリアも異なる日本の女優さんたちを集めるのは、大変だったのでは。

そうですね。まったく知らない人や会ったことのない人でも、ドラマや映画を観て「この人、素敵だな」と思った人に声を掛けていきました。

そうそうたる面々に、僕は“殺される覚悟”を持って『女優顔』への参加をお願いしていたし、逆に“相手を殺す”くらいの気持ちを込めて企画に対する想いを伝えていましたね。

女優それぞれが「自分と向き合う」撮影は“ガチの殴り合い”

——それほどの覚悟を持った企画だったんですね。撮影はどのように進めたんですか?

普段の仕事だと、お互いプロなので顔写真だけなら10分くらいで撮影できちゃうんです。仕事のときは常に、映画やドラマ、商品を売るためのテーマがあるから、お互いそのテーマに向かって撮影を進めていけばいい。

でもこの『女優顔』は、売るものが一切ないんですよね。だから1人ひとりとコミュニケーションを重ねながら、彼女たちが「これが今の自分だ」と言えるまで撮影しました。短い人で4時間、長い人で6時間以上は時間をかけたんじゃないかな。

——どのようなコミュニケーションを取ったのでしょう。

彼女たちは、常に「女優」としての“パブリックイメージ”を背負って生きている。だからまずは、そのパブリックイメージを剥がして、ゼロから自分の顔を作ってもらいました。そしたら、撮影中に泣き始めちゃう人が多くて。

例えばある女優さんは、仕事が忙しい時期で見るからに疲れた状態で撮影に来たんです。撮影が始まったら案の定、あまり表情が良くなくて。

「僕はこの企画に命を賭けている。あなたに命を賭けろとは言わないけれど、命を賭けてる人間の前に立つ覚悟は持ってくれ」と言ったんです。そしたら彼女の顔がバーンと変わって、表情がめちゃくちゃ良くなったんですよ。その表情をずっと撮ってたら、彼女はボロボロと泣き始めました。

みんな普段は、ドラマや映画、広告でもテーマや演出の期待に応えることに精一杯だから、撮影中に“自分”がなくなっていくらしいんです。

でも『女優顔』の撮影は演出が一切ないから、自分をどう見せよう、どう表現しようって考えながら、自分と向き合う必要があるんです。その作業をすることで、「“自分”が帰ってくる感覚になった」と言ってましたね。その感覚が嬉しくて泣いちゃうみたい。

——撮影中に女優さんたちが変わる瞬間はわかるんですか?

「来た!今だ!」っていう瞬間はありますね。波動砲みたいな、空気が震えるようなエネルギーが僕に対して向けられる。僕もそれをドーンって打ち返すから、撮影中は“ガチの殴り合い”です(笑)。

撮影のときは、300ミリの望遠レンズを使うんですよ。望遠レンズは被写体との間にある空気を圧縮して距離感を縮めてくれるから、空間に生まれる余計な要素を排除できる。僕はそれが「人と向き合う撮影」の醍醐味だと思っています。

人の喜怒哀楽をすべて感じ取れるのが「顔写真」

——コロナ禍において、「人と向き合う撮影」の価値が高まったのでは。

そうですね。人との距離ができてしまう時代だからこそ、人と人とが会うことにすら価値が生まれてきてると思っています。

それに今はリモートで何でもできますけど、やっぱり直接会って話すことで言葉の裏にあるニュアンスや想いを感じ取れる。

——『女優顔』はまさに「人と向き合う撮影」だったと思いますが、想いは感じ取れましたか。

「この人たちは、自分のパブリックイメージと戦っているんだな」というのを感じましたね。その葛藤と戦って出てくる表情だからこそ、1枚1枚にすごく価値がある。

僕がなぜ「顔写真」を撮っているのかというと、人の感情を表すのが手でもなく、足でもなく、「顔」だからです。結局は、喜怒哀楽の感情すべてが顔に出る。だから顔写真を撮影して、その人の“今の感情”を撮りたいんですよね。

——先ほどからお話を伺っていると、富取さんは“今”というのを大事にされていると感じます。

それは僕が、写真をアートとしてではなく記録として撮っているからだと思います。写真を5年後や10年後に見返したときに、その場にいたメンツや会話の内容、撮影した場所のニオイ、そのときの自分の感情……いろんな記憶が呼び起こされるじゃないですか。それが写真の一番の魅力だと思っていますし、僕はそういう記録としての写真を撮りたい。

あと、今僕が大事にしているのは、「どう撮るか」ではなくて、「何を撮るか」ですね。

——どう撮るかより、何を撮るか。

そうです。例えばバラを1本撮るときに、その辺で買ってきた1本のバラを撮るのか、高級なバラを100本買ってきてその中から選び抜いた1本を撮るのか。

どっちがいい写真になるかといったら、100本の中から選び抜いたバラの写真のほうが圧倒的にいい写真になりますよね。

もちろんプロの技術を使えば、素材が悪くてもそこそこの完成度にはなりますよ。でも、「最高」にはならない。僕は『女優顔』で最高のポートレートを作りたかったんです。だから最高の人たちを集めました。

5年後や10年後に、パリやニューヨークで開催できたら面白い

——『女優顔』は富取さんにしかできない企画だと思います。

正直、自分でも世の中で僕にしかできない企画だと思っています。でもそれはあくまで、「これが富取正明の人物写真だと世に伝えたい」と思って夢中で取り組んだ結果、「これは富取にしかできない」と言われるようになっただけ。自分にしかできないことを探して取り組んだわけじゃない。

僕が最近の若い人たちに言っているのは、「自分にしかできないことなんて、探したって見つからない」ということ。要は、自分が好きなことに夢中になって取り組み続けた結果、誰かから「これはお前にしかできない」と評価されるだけなんですよ。

——『女優顔』の企画は、今後も続けていく予定ですか?

僕はずっとスパイラルでの開催を目標にしてきたので、ここで一旦、撮影は区切ろうと思っています。僕にとって、今のところスパイラルを超える“箱”が日本には見当たらない。

ただ、今まで協力してくれた人たちは出演者もスタッフも無償でやってくれているので、『女優顔』の規模を大きくして、知名度を上げていきたいという想いもあります。そうしないと、みんなに還元できないから。そういう意味では、国内でも良い会場が見つかればやりたいし、ニューヨークやパリでやってみたいとも思っています。

でも、もしやるとしたら5年後とか10年後に同じ女優を撮り直したり、新しく追加したりするのも面白い。そうすれば、“今”との比較ができるじゃないですか。さっきも言ったように、過去にさかのぼって振り返れるのが写真の魅力なんですよね。

■Interviewer / Writer

新妻翔
1990年生まれ。埼玉県鶴ヶ島市出身・赤羽在住。2020年7月からフリーランスのライターとして活動。文春オンライン、東洋経済オンライン、bizSPA!フレッシュなどで企画・執筆を行う。

Twitter:@niitsu57

■Editor

中村洋太
1987年、横須賀出身。海外添乗員と旅行情報誌の編集者を経て、フリーライターに。これまで自転車で世界1万キロを旅し、朝日新聞デジタルなどでエッセイを執筆。現在はプロライターを育成する活動もしている。

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