「評価されることに興味がなかった」SWPA受賞者 平野はじめがフォトコンテストへの挑戦で得たものとは
2024年11月より作品募集が開始された、ソニーが主催する新たな写真&映像アワード『THE NEW CREATORS』。本アワードは年齢や経験、撮影機材を問わないオープン形式で、写真と映像ともにそれぞれ3部門で作品を募集している。写真のアワードは世界中で数多く開催されているが、フォトグラファーにとって、アワードに参加し、賞を受けることにはどのような意義があるのだろうか。
そこで今回は、ソニーが過去に開催した『ソニーワールドフォトグラフィーアワード(Sony World Photography Awards)2023』で日本部門賞を受賞した平野はじめ氏にインタビューを実施した。
「もともと人に評価されることに興味がなかった」と語る平野氏。そんな彼はなぜフォトコンテストに挑戦することを決めたのか。そして、受賞後の人生にどのような変化が訪れたのか。平野氏にとって思い出深い場所だという佐賀県立美術館の岡田三郎助アトリエにて、その想いをうかがった。
PROFILE
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平野はじめ
20代での自分探しの渡米で写真に目覚め、帰国後舞台撮影などを経て独立。日本有数の麦の生産地佐賀市で育ち、その生命力に魅了される。麦を8年間撮り続け 2023年に’’麦グラファー®’’商標登録。「廃にでさえ美は存在し、目に見えるものがすべてではない」この視点は、ドローンやストリートスナップ、 建造物など私の撮影スタンスにつながる。新聞・ラジオ・TV出演・業界誌執筆や個展開催など、フォトアーティストとしてだけではなく、モデル・ タレントとしても活動の幅を広げている。現在、佐賀市公認観光アンバサダーリーダーもつとめる。
初個展で感じた、他者の視点に触れる面白さ
── ライフワークでは麦を撮りながら、写真家として活動してきた平野さんですが、2023年のタイミングでソニーワールドフォトグラフィーアワード(以下SWPA)への応募を決めたのはなぜですか?
私はどちらかというと、過去の自分を超えるために黙々と作品を制作し続ける職人タイプで、正直これまでは人からの評価にまったく関心がありませんでした。そんな中で転機になったのが、この佐賀県立美術館の岡田三郎助アトリエで開催した初めての個展でした。
コロナ禍にも関わらず、会期中は10日間で1100名を超える多くの方々にご来場いただきました。作品を前に涙ぐむ人、「私が育ててきた麦はこんなに輝く命なんだと初めて知ったよ」といった麦農家さんからの感謝の言葉など……そこで自分が全く想定していなかったような反響や客観的なお声をたくさんいただき、「作品を人に見てもらうというのは、こういうことなのか」と、その面白さに衝撃を受けたんですよね。
そして作品を自分の中だけにとどめておくのではなく、もっと外に発信してみようと考えたとき、フォトコンテストへの挑戦を思い立ちました。他者から違う観点で評価されることが、自身にとって新たな視点の広がりに繋がるのではと思ったのです。
── 世の中にはたくさんのフォトコンテストがありますが、そのなかで『SWPA』を選んだ理由は?
『SWPA』の過去の受賞作を見たときに、いわゆるトラディショナルではないアート的アプローチによる写真も多く選ばれており、日常的でない視点に親しみを覚えたのと同時に、単純に「すごい作品ばかりだな!」と興味を抱いたのが一番の応募理由です。高い山だけど、面白そうでふと登りたくなったといいますか(笑)
また、次世代を見据え、本気で若手クリエイターを発掘しようというソニーさんの姿勢が伝わってきたことも、挑戦しようという気持ちの大きな後押しとなりました。そして、世界を目指したいという私のビジョンに沿ったフォトコンテストであるという直感から応募に踏み切ったのです。
副賞で訪れたロンドン滞在中の挫折と転機
── 日本部門で最優秀賞に輝いた『PHOENIX(フェニックス)』は、7万枚を超える麦の写真のうちの1枚とのことですが、作品について教えてください。
こちらは、麦の最後の姿である野焼きをドローンで撮影した作品です。佐賀では二毛作が一般的で、米と麦を交互に育て、一部の農家では麦の収穫後はわらを燃やし、養分として土に還元します。賛否両論ありますが、野焼きは伝統農法でもあり次の命に繋ぐための大切な過程だともお聞きします。循環の壮大さと実際の光景をかけて、『PHOENIX』=不死鳥と名づけました。不死鳥の形になるように狙って燃やしてもらうことは無論不可能なため、偶然捉えることのできた奇跡の一枚なんです。
── 視覚的にもインパクトのある作品ですね。受賞が決まったときは、率直にどんなお気持ちでしたか?
もちろん嬉しかったです。審査員のハービー・山口さんに日本部門の1位に選んでいただき、「地表にいたら決して見えないものが、撮影位置を変えたことで捉えることが出来ました。この写真の様に物理的なアングルの工夫によって得られたものもありますし、場合によっては物事をどう解釈するのかという精神的なアングルの工夫も忘れてはなりません。(一部略)」という講評にも励まされました。ただ正直なところ、決まった時点では実感は全くなく、自分自身に変化を感じたのは、副賞としてロンドンに招待いただいてからのことです。
ロンドンのサマセット・ハウスに飾られた受賞者たちの作品を見たときに、自分の心が折れるのがわかりました。41万5千点超の作品があつまる世界最大級のフォトコンテストだけに、選ばれている受賞者たちの作品はみな本質をついているんですよ。その場の温度や空気感、匂いや感情すら伝わってくるような……魂に訴えかけてくる生きた写真たちを目の当たりにしたときに、自分の作品にはまだ欠けているものがあると強く実感したんです。
── 挫折に近いものを感じたと。
そうですね。これまでの私の作品はどちらかというと作為的なものや、計算された構図によるものも多かったと思います。さらに、「映える」とか「美しい」といった、どこかSNS基準にまどわされていた自分がいた時期も正直なところあったんです。しかし、世界トップクラスの受賞作たちを目の前にして、自分の中にあった固定概念が一度洗い流されたような気がしました。
もちろん、作為的なアプローチが悪いわけではありません。商業写真では逆に必要とされるシーンも多いですし。ただ、プライベートな撮影に関してはもっと直感的に、自分が心揺さぶられる一瞬をありのままに撮っていけばいいんじゃないかと思うようになったんですよね。
── その後の活動にも、何かポジティブな影響はありましたか?
『SWPA』の受賞で佐賀県知事、佐賀市長にお会いしたのをきっかけに、佐賀市の公認観光アンバサダーリーダーにも任命いただきました。麦を通して佐賀の行政や農家の方々との関わりができ、自分自身が地元・佐賀に根を下ろし始めたことを感じると共に、写真家として活動の幅を広げられつつあることを嬉しく思っています。
そして、SWPA受賞の副賞として訪れたロンドンで、自分の原点に戻って夢中で撮影したストリートスナップ作品が、SWPA2024でも日本賞第2位をいただけたこと、今年の夏にはヨーロッパ最大級のフォトコンテストである『The Prix de la Photographie Paris(PX3)2024』のプロフェッショナル部門で、応募3作品すべてが奨励賞に選出されたことは、次への1ステップになりました。
今になって振り返ると、フォトコンテストを通して人生の舵が大きく切られたことを改めて実感します。
新アワードは挑戦のしやすさと、手厚いサポートが魅力
── ソニーが主催する新たなアワード『THE NEW CREATORS』(以下、TNC)の作品募集が始まっています。平野さんから見て、どんな点が魅力的だと感じますか?
いい意味で、敷居が低いと感じました。年齢や経験、機材に制限がないため、応募の間口が広く、初めてフォトコンテストに参加する方にとっても挑戦しやすいと感じます。
コロナ禍もあり、2022年1月以降の作品から応募作を吟味できるのはありがたいという方も多いのではないでしょうか。
副賞も豪華で、グランプリはBRAVIAまでもらえるのかと驚きました(笑)。ただ、最も魅力的なのは『SWPA』と同様に、海外での表彰式に参加できることです。さらに、TNCでは映像・音楽の制作現場を生で体験できるとか!機材はお金で買うことができますが、経験は買えません。私自身がそうだったように、受賞者の人生の中で大切な経験になると思います。
── 審査員には、写真部門から石川直樹さん、蜷川実花さん、映像部門からは上田慎一郎さん、大喜多正毅さんという豪華な顔ぶれが揃いました。
そんな著名な方たちに選んでもらえるというのは、純粋に嬉しいですよね。写真家としての活動を続けていて最近特に強く感じるのが「自分の専門性を深めることの重要性」です。今回の審査員はそれぞれの分野で自身のブランディングを確立させて、第一線で活躍されている方々です。そのため、写真家としてのブランディング戦略においても学ぶことが多いのではないかと思います。
入口に立てば、チャンスは順番に回ってくる
──『TNC』への応募を検討している方々に、どんなことを伝えたいですか?
応募を迷っている方の中には、さまざまなタイプがいらっしゃると思うんです。「自分が応募してもいいのかな」と気後れしている方もいれば、以前の私みたいにそもそもコンテストに興味がない方もいるかもしれない。
ただ、言ってしまえば、フォトコンテストはあくまでただの入口に過ぎません。でも、その入口にすら立たなければ、何も起こらないわけですよね。思い切って挑戦してみたら、その先が想像もしていなかった可能性に繋がっているかもしれません。
私は、可能性は全員にあるし、選ばれるのも順番だと思っているんです。「賞に選ばれてすごいですね」とか「よくメディアに出ていますよね」と言われることもありますが、私の順番が今だっただけ。順番待ちをしている間は気づかないものですが、アクションを起こし、挑戦し続けていたらきちんと自分の番が回ってきます。だからこそ、まずは入口に立つことが大事。ぜひポジティブな気持ちで挑戦してみてもらえたらいいんじゃないかなと思います。
── 背中を押してくれる言葉だと感じました。平野さんご自身は、これからどんなことをしていきたいですか?
最近になって、ようやく自分の写真のスタイルが確立しつつあるように感じています。自分が心打たれたものを素直に撮れるようになってきたというか。それは、何も異国の特別な風景ばかりではなく、身近にあるものの中にも非日常の入り口が存在することをより深く認識したからかもしれません。
「これは何だろう……」と思わず足を止めたくなるトリック的な作風やキャプションでの切り返し、それらはきっと私の真骨頂なのだと自負しています。
今後は、自分の感性や多面的なキャラクターをさらに世界に知ってもらうために、引き続き世界規模のフォトコンテストにも挑戦していく予定です。同時に、長く真剣に向き合ってきた麦や有明海を通じて、故郷・佐賀の良さをPRしていきたいという思いもあります。地元から世界へ羽ばたくにはまだまだ道半ばですが、実現するための努力は惜しまず、写真や言葉、時には自分の姿を通して……常に新しい表現に挑み続けていきたいですね。
INFORMATION
『THE NEW CREATORS』開催概要
【スケジュール】
作品募集期間:2024年11月18日(月)~2025年2月10日(月)
<一次審査結果発表>ショートリストおよび佳作:2025年4月中旬
<二次審査結果発表>グランプリおよび各賞:2025年5月下旬
表彰式&交流会:追って発表
【応募要項】
応募資格:年齢や経験(プロフェッショナル・アマチュア)は問いません。年齢や経験、撮影機材に制限を設けず、オープン形式で作品を募集します。一眼カメラはもちろん、スマートフォンで撮影された作品も応募可能です。
【募集部門】
写真作品と映像作品に各3部門、全6部門を設け、幅広い作品を募集します。
詳細は『THE NEW CREATORS』 公式サイトよりご確認ください
主催:ソニーマーケティング
協力:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、ソニー・ミュージックレーベルズ、ソニーPCL