《shanai / #写真家の視る働く空間 》株式会社リクルート 篇
オフィスとは、多様な働き方の最前線。
写真家の目に映るオフィスの魅力とは、どんなものだろう。
オフィスのあり方が問われる今、細部まで工夫を凝らされたオフィス空間を写真家が切り取ることで「これからのオフィス」を考える。
今回は、株式会社リクルート(以下リクルート)の九段下オフィスを訪問した。
展開するサービスは、進路に結婚、就職、旅行に住まい、美容室の予約、飲食店の予約…と多岐にわたり、現代を生きる私たちを支えるサービスを幅広く展開している。きっと誰もが一度はそのどれかのサービスを利用したことがあるだろう。
人々の生活をより豊かにするサービスの数々は、どんな場所で生まれているのだろうか。
気鋭の写真家による撮り下ろしカットと共に、リクルートの「shanai」を探訪する。
株式会社リクルートHP:https://www.recruit.co.jp/
Photographer / 竹之内祐幸 / HIROYUKI TAKENOUCHI
東京都生まれ。2008年日本大学芸術学部写真学科卒業。主な個展に「CROW」(PGI、2015年)、「Things will get better over time」(Gallery Trax、STUDIO STAFF ONLY、2017年)、「第四の壁」(PGI、2017年)、「距離と深さ」(PGI、 STUDIO STAFF ONLY、2020年)など。写真集に『Things will get better over time』(FUJITA、2017年)、『第四の壁』(T&M Projects、2017年)、『距離と深さ』(FUJITA、2020年)などがある。2023年秋、個展を開催予定。
HP : hiroyukitakeouchi.com
Instagram : hiroyukitakenouchi
Twitter : _takenouchi_
リクルートの“NEWオフィススタンダード”と4つの施策。
リクルートの一部事業が今のビルに移転したのは2021年3月、移転の構想が動き出したのは2020年の年明けごろ。事がようやく進み出そうとしたタイミングで突如、世界中の景色が一変した。
shanaiを案内してくださった総務統括室の西田さんによると
「移転計画が始まって早々にコロナ禍に突入しました。2015年から働き方改革が進んでいたリクルートでは、リモートワークへの移行には困らなかったのですが、その成果もあり、経営陣とは『オフィスって本当にいるのか?』『オフィスを無くしてもいいんじゃないか』というような議論までなされました。でも、『やはり集まる場所というのは必要』という話に落ち着いたんです。改めて集まる場所とはどこか、と考えると行き着くのはやっぱりオフィス。最終的にオフィスは“集まる場所”という位置付けにして、移転計画は続行することになりました」
自由に手が加えられること、都心で駅から近いということ、そしてリクルートの創業年とビルが竣工したのがともに1960年ということ…。次なる拠点探しは10年以上前から続いていたが、さまざまなピースがこのビルを根城とする後押しとなった。オフィスをめぐる社会の転換期に“これまでの当たり前”を疑い、新しい仕掛けを展開していく“NEWオフィススタンダードへの提言”を柱に、4つの施策で3500坪という広大な土地を耕していった。
4つの施策のうちの一つ目は「何も触れずに過ごせるオフィス」だ。
西田さん
「そのころは特に、“触る”ということに対して非常に敏感になった時期でした。そこで、『会社に来てから帰るまでに1回もなにも触れずに帰れないか』ということを試行錯誤しました」
部屋を区切る扉、照明のスイッチ、エレベーターのボタン、自販機の扉…。オフィスという場所はとにかく何かに“触る”機会が多い。一回でもその機会を減らしたいと知恵を絞った結果、従来型オフィスと比較して88%のタッチの機会を削減することができたという。
環境のこれからを考えたオフィス。
施策の二つ目は「地域社会、地球環境との共生」。
リクルートが入居するのは築60年のビンテージビル。1960年に建設されて以来、あるときは社会を支える企業のオフィスとして、またあるときは学生たちで賑わう学校として、いろいろな“顔”で60年という時間を過ごしてきた。今回のリノベーションで新しく生まれ変わった場所もあれば、ビルの竣工当時そのままを生かした場所も多く存在している。環境配慮も一つの重要な課題として捉え、出来る限り古いものを大切にリユースしようと考えた。西田さんはそれをSDGsの目標12でもある「つくる責任、つかう責任」であると話してくださった。
西田さん
「今回このビルを建て壊すのではなく、その資源を活かして10年、20年とともに過ごすことにした以上、“つくる責任、つかう責任”として何か貢献できないだろうか、と思ったんです。その考えがオフィスの当たり前を見直すきっかけになっていきました」
その最たる例として、オフィスでおなじみのOA床を採用しなかったことは大きな選択と言える。
従来のオフィスだと、床下に配線を張り巡らせるために床の高さを少し上げていることが多い。配線が剥き出しにならないため安全な足元環境が担保できる、ケーブル破損のリスクが抑えられるなどのメリットがある一方、工事には莫大な資材が必要となるだけでなく、天高が低くなることで空間に圧迫感が出るなどのデメリットも。
今回の改装では、社用の電話はスマートフォンに移行していること、通信には無線LANを活用していること、仕事をする上で電源が必須であることなどに着目し、床上げ工事を行う必要がないフラットケーブルの採用と、モバイルバッテリーステーションを採用し、ありとあらゆるケーブルからの解放を図った。
常に最適な場所を選べるオフィス。
施策の3つ目は「チーム・アクティビティ・ベースド・ワーキング(TABW)」。もともとABWとは、社員が自律的に業務内容やそのときの気分に合わせて、時間と場所を自由に選択するという働き方を表す言葉であるが、リクルートではチーム(Team)のためのABWで、「TABW」とした。
パブリックエリアにはオフィスの顔となるレセプションのほか、空き時間を有効活用できる“タッチダウン”、小チームで手軽に議論できる“ブレスト”、初メンバーとの関係性構築をはかる“ジョイン”、「想像力をかき立てる」マルチスペース“パノラマ”の4つの拠点を設けた。
西田さん
「オフィスの机や扉などは、ちょっと動かすだけでサイズを変えられるような仕組みにしています。その時々で自由に場所を選んで働いたり、打ち合わせをしたりしています」
元気になれるオフィス。
場所の最適化は、施策4つ目の「ワーカーの活力を養うウェルビーイング拠点」にも繋がっていく。
西田さん
「家という場所はやはり働く環境としては最適化されてないのかな、と今改めて思いますね。私も、緊急事態宣言の際、リビングのチェアで長時間仕事をしていたら、腰痛になりました。コロナ禍以前は当たり前だと思っていた、整ったオフィス環境。リモートワークが浸透した今、出社するメリットとはそこにあるのではないでしょうか」
さいごに
今回は、株式会社リクルートの九段下オフィスを訪問した。
日本において、オフィスビルはその7割が30〜50年で建て替えという“寿命”を迎えるらしい。そんな中、ビルごと再活用し、混乱のピークに誰も知らない未来を想像しながら、古ビルに新たな価値を生み出したリクルート。新しい時代の働き方に合わせた、新しい技術を取り入れたオフィスではあるものの、「価値の源泉は人」「新しい価値の創造」という自社の理念を感じずにはいられない場所だ。
全体の社員数は1万7千人を超え、その名を知らない者はいないほどの大企業だが、その中の誰一人取り残されることなく、誰もが自分らしく働けるような工夫を長年積み重ねてきたからこそ、リクルートの今日があるのだろう。そんな血の通った人付き合いが、このオフィスから垣間見えた。