NHK連続テレビ小説「おむすび」のポスターに込めた想い。アートディレクター×写真家インタビュー

2024年度後期・連続テレビ小説「おむすび」。平成を舞台に、ギャル文化と出会った主人公が、やがて栄養士として“縁・人・未来”と、大切なものを次々結んでいく、平成青春グラフィティです。

今回は、「おむすび」のメインビジュアルやロゴを手がけたアートディレクターの大島 慶一郎さんと、撮影を担当した写真家の大野 隼男さんに、制作背景や作品に込めた想いについてお話を伺いました。

PHOTOGRAPHER PROFILE

大島 慶一郎

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大島 慶一郎

アートディレクター / グラフィックデザイナー。京都精華大学非常勤講師。
東京藝術大学デザイン科卒業。株式会社サン・アド入社後、 宇宙カントリーの立ち上げに参加。 2006年よりフリーランスとして活動開始。 NHK連続テレビ小説「おむすび」、PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE、LUMINEのビジュアルディレクションや、YUKI、矢野顕子などのCD ジャケット、文化出版局「装苑」のロゴ、誌面デザインを手掛ける。ユーモアのあるビジュアル表現を得意とし、活動の場は広告、ファッション、音楽と多岐にわたる。

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PHOTOGRAPHER PROFILE

大野 隼男

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大野 隼男

1986年生まれ。写真家。ファッション写真からキャリアをスタートさせる。
海外アーティストのワールドキャンペーンや、近年ではロンドンの音楽誌「NME Magazine」の表紙で「新しい学校のリーダーズ」を撮影するなど、国内外で活動の幅を広げている。被写体の魅力を引き出す撮影を得意とし、数々のファッションブランドや雑誌、アーティスト写真、広告撮影を手掛ける。2024年よりCEKAIに所属。

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タッグを組んだのは、「一緒に楽しんでくれそう」という直感

――今回、大島さんからのオファーでタッグを実現したそうですね。大野さんに撮影を依頼した理由を教えてください。

大島:大野さんとは、実は今回が初めてのお仕事でした。というのも、僕自身、朝ドラのクリエイティブに携わるのは未経験だったので、それなら新鮮な感性を持った若い方とチャレンジしてみようと思いました。

大野さんの作品を見ていると、写真に向き合う真摯な姿勢や、一瞬の人間らしい表情を抑えようという挑戦の意欲が強く伝わってきて。「この人なら、一緒に楽しんでくれそう」と直感的に感じたんです。そこで、自分からアプローチさせていただきました。

実際にお会いしてみたら臨機応変な対応力はもちろん、お話していてすごく素直で魅力的な人でしたね。「おむすび」は、人間味あふれるドラマなので、そういった意味でも大野さんはぴったりだなと感じました。

――大野さんは、撮影のご依頼を受けたとき、どのようなことを思いましたか?

大野:大島さんのお仕事はずっと注目していたので、今回ご一緒できることに、純粋にうれしさを感じました。

それに朝ドラは、僕が子どもの頃から、母が毎週欠かさずに見ていたんです。学校の支度をしているときにドラマが始まって、母が見終わった頃に学校に向かう。そんな朝の風景を、今でも鮮明に覚えています。思い出深い朝ドラに関われることがとても光栄でしたし、母のよろこぶ顔が真っ先に浮かびましたね。

大島:朝ドラって本当に特別な存在ですよね。視聴者の方も多いですし、周りにもファンがたくさんいます。自分も母と「春よ、来い」を見ながら、ユーミンの歌を口ずさんでいた時代がありました(笑)。こういった国民的なドラマの制作に関われることは、クリエイターにとって本当に幸せなことです。

幅広い世代に伝わる“王道なビジュアル”を目指した

――今回、大島さんはロゴとメインビジュアルを手がけられたそうですね。制作前にドラマはご覧になられましたか?

大島:台本、キャスト、衣装イメージなどの資料はいただいていましたが、実際の映像作品はまだ完成していない段階でした。撮影現場である糸島に足を運ばせていただいたこともあったのですが、基本的に台本を読み込んで、想像を膨らませながら制作を進めましたね。活字から自由に絵を発想できたので、かえってよかったと思っています。

――ロゴに込めた想いについて教えてください。

大島:ロゴをデザインする上で、最終的に「見た人に何が残るか」を考えたんです。このドラマは、主人公の結が人の心や大切な想いを、次々と結んでいくストーリー。そこで、「結ぶ」というキーワードを大切にしながら、角張りすぎない、やさしさや温かみが伝わってくる表現を目指し、ドラマの印象が残るように心がけました。

色は、全部で9色使っていて、パッと鮮やかな印象に仕上げています。ふだん、ロゴをデザインする際は、ここまで色を使うことはあまりないのですが、このドラマは主人公が栄養士を目指すお話なので、にんじんやかぼちゃ、海の魚など、食材を連想させる色を選びました。最初は「派手すぎかな」と心配していましたが、ここまでしっくりくるのは新しい発見でした。

文字の配置もあえて並列にデザインしないことで、人生の起伏を表現しています。山あり谷あり立ち向かっていく主人公たちの姿を、上下するリズムに重ね合わせていただければうれしいです。

――メインビジュアルのコンセプトについてはいかがでしょうか。

大島:『おむすび』は、朝の時間帯に放送される作品なので、やさしい気持ちで1日を始められるようなビジュアルを目指しました。幅広い世代の方が見てくださる朝ドラなので、誰が見てもわかりやすく、“王道なビジュアル”になっているかどうかは、特に意識しましたね。

主人公の結は、作品が進むにつれて周りの人たちに元気や希望を与えていく存在になっていきます。そういった彼女の人物像やストーリーの魅力も、ビジュアルを通して表現できるよう努めました。

――メインビジュアルの制作において、こだわったポイントはありますか?

大島:王道なビジュアルは一見シンプルですが、ごまかしが効かないので実はとても難しいです。自分の理想を実現するためにどうすればいいか、大野さんと何度も意見を交わしながら、試行錯誤を重ねました。

特にこだわったのは主人公の結がどこに立っているか。空間、空気感、表情、ポーズ、時間、温度感など、NHKのスタッフの方々も含めて何度も話し合いました。最終的には、主人公の結が阪神・淡路大震災時に避難した神戸の小学校で撮影を行うことに決めました。この場所は、ドラマの中で何度も回想として登場する、結の原点とも言える場所。“教室から始まる、誰かのために行動する物語”を表現するために、実際にドラマに登場する教室で、大人になった結の姿を撮影させていただきました。

ドラマを見始めた時点では、なぜメインビジュアルが教室なのか、ピンとこないと思います。でも、回を追うごとにその意味が少しずつ分かってくる、見ている人に寄り添えるポスターに仕上がったと思っています。

――大野さんは教室で撮影してみて、印象に残っていることはありますか?

大野:スタジオではなく実際の学校での撮影だったので、技術面での準備には特に気を配りました。機材を運び込む方法や天井の高さとの兼ね合い、理想の撮影が実現できるかなど、細かいところまで検討する必要があったので、撮影チームでロケハンを行い、照明技師と入念に話し合いましたね。

それから、教室ならではの光の問題にも直面しました。教室って窓からサイド光が入るので、やさしくて綺麗な光が差し込む反面、顔に影ができやすいんです。でも大島さんが目指していたのは、見た瞬間にやさしさが伝わってくるような雰囲気。そのため、自然光だけでは難しいと判断し、何台もの照明を使って光が全体に行き渡るように工夫しました。2階での撮影だったのですが、教室の外からライトをつけて中を照らしたりもしましたね。

実は撮影当日は雨が降っていたんですけど、それでも朝のやわらかな光を表現できるように、光の具合を細かく調整しながら撮影を進めていきました。

――雨とは思えない仕上がりですね!また、手に持っているおむすびもとても印象的です。

大島:手に持っているおむすびは、ドラマの料理チームが用意してくれました。中心にハートが入ったものと普通のおむすび、それぞれのパターンで撮影しました。最終的には、このさりげないハートのワンポイントが、主人公の人間らしいギャルメンタルを象徴する要素になっていると感じたので、こちらを採用しました。

おむすびのサイズは、遠近されることを考慮して、実は少し大きめに作っています。お皿も主張しすぎないシンプルなものを選ぶなど、細部に宿るこだわりは、王道のビジュアルを作り上げるうえでの難しさであり、やりがいだと思います。

――本作では「家族愛」を象徴するキャストビジュアルも公開されていますが、こちらも大島さんがディレクションされたそうですね。

大島:はい、こちらのビジュアルはメインビジュアルと比べると、より自由な発想で作らせていただきました。最初は、作品の特徴であるギャル文化にフォーカスして、全員でパラパラを踊る案も出ていたんです。でもやっぱり『おむすび』というタイトルを表現するビジュアルにしたいということで、オープニングの振付を担当してくださったTAKAHIROさんにご協力いただいて、現在の集合おむすびポーズに決まりました。

家族みんなでおむすびを作ることで、米田家の温かさや主人公の結を支える家族の絆を表現しています。出演者が全員個性的なので、そのキャラクターが引き立つよう、背景はあえて白色にしました。お米も白色ですし。

――この立ち位置も、大島さんが考案されたのでしょうか。

大島:そうですね。松平さんは体格的に前に配置すると存在感が出過ぎてしまうので後ろにしようとか、姉役の仲さんは結をやさしく見守る配置にしようとか。全体のバランスや家族の役割を考えながら、立ち位置を組み立てていきました。

撮影時に想定と少しでもズレてしまうと、すべてやり直しになってしまうので、企画段階で体格差や腕の長さまで細かく計算して、かなり緻密なラフを作りました。結果的に、最初に描いたラフと最終的な仕上がりを見比べると、ほとんど同じ構図になっているのですが、やはり実際にキャストのみなさんが入ると、グッと絵が引き締まるなと感じました。

――キャストビジュアルの撮影において印象深かったエピソードがあれば教えてください。

大島:撮影現場がとても和やかな雰囲気だったのが印象に残っています。大野さんは、現場の雰囲気づくりがとても上手な方です。撮影する方に合わせて音楽を選んだり、自身の服装の雰囲気を変えたり。そういった細やかな気配りが場を温かくしてくれていたと思います。自分は、服を人によって変えることはしたことがなかったので、大野さんの心遣いにはおもしろくも感動しました。

大野:そう言っていただけるとうれしいです。僕は、現場の雰囲気づくりがとても大切だと思っていて。たとえば、美容室に行って「あ……!」とか言われたら不安になるじゃないですか(笑)。

今回はしっかりとしたラフがあって、あとは出演者の方の魅力を引き出せれば、素晴らしいビジュアルになると確信していたので、「段取りよく、気持ちよく、楽しく」の3つを特に意識していました。出演者の皆さんが作り笑いをしなくても自然と笑顔になれる、安心できる空間を目指しましたね。

素直さが制作における強い絆を作ると実感した

――あらためて、今回タッグを組んでみて、いかがでしたか。

大島:今回は「王道の中の王道でいこう」というビジョンが自分の中にあり、お互いが目指す方向性が一致していたので、それぞれがいい作品をつくるため、役割に集中できたと思います。大野さんは、自分の意図をすべて理解したうえで、スムーズに進行してくれました。ふだん、ファッション的な表現が多い自分が“普通”を目指していくうえで、とても心強いパートナーでしたね。

大野さんに相談をすると「教室での撮影が最適だと思います」とか「出演者の自然な笑顔を引き出すために段取りをしっかりしたいです」とか、彼の意見をしっかりと伝えてくれて、その言葉に説得力がありました。「この人と一緒なら、うまくいくだろう」という確信が、進行するたびに強くなっていきましたね。

大野:ありがとうございます。大島さんの目指すビジュアルの方向性がとても明確だったので、僕も目的地を見失うことなく、撮影の段取りや現場の雰囲気づくりに力を注ぐことができました。大島さんはとても話しやすくて、僕の意見をいつも肯定的に受け止めてくれたのが、とてもありがたかったですね。おかげで心地よいコミュニケーションがとれたと思っています。

――最後にお二人が制作において大切にしていることを教えてください。

大島:クライアントが求めていることを、いかに自分の中で咀嚼して、アウトプットするか。それがアートディレクターの仕事だと考えているので、自分の欲を全面に出さず、相手のことを第一に理解する姿勢を大切にしています。そうやって続けていくと、自分の想いにも耳を傾けてくださるなど、自然と信頼関係が築けていくと思います。

PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE  “MONTHLY COLORS : MAY × PATH” 〄 / directed by 大島 慶一郎

大野:僕は、素直に気持ちを伝えることを心がけています。たとえば、今回の撮影では大島さんからたくさんのアイディアをご提案いただいて、そのたびに「素敵ですね」「面白いアイディアですね」と率直な感想をお伝えするようにしていました。飾らない自分の感覚を、素直に相手に伝えることってとても大切だと思うんです。

というのも、お互いが正直にコミュニケーションをとることで、相手の求めているものが分かりますし、僕の想いも相手に届くと思うんです。そうやって理解を深めていけば、たとえ最初は違う方向を向いていても、必ず接点が見つけられると信じています。クリエイターの持つ可能性を最大限に引き出すのがディレクターさんの能力だと思っているので、僕自身が素直な姿勢でいることで、よりいいものが作れるのかなと。

CATCH THE FUTURE / photo by 大野 隼男

大島:そう考えると、今回スムーズに進んだ理由がわかりますね。大野さんが自分が考えるアイディアに素直に反応してくれたおかげで、心を一つにして制作に取り組むことができたんです。あらためて、ありがとうございました!

▼Information

連続テレビ小説『おむすび』
【放送期間】2024年9月30日〜2025年3月28日(予定)
【放送時間】NHK総合 月曜〜土曜 / 8:00-8:15 ※土曜は1週間の振り返り

Text:しばた れいな