「感情が動いた時にただシャッターを押していた」写真集『この星の中』出版記念 三森いこ×相澤義和トークイベント

東京・新宿区のTOTEM POLE PHOTO GALLERYで7月20日(日)写真家・三森いこによる初の写真集『この星の中』の出版を記念したトークイベントが開催された。トークイベントでは、三森と普段から親交のある写真家・相澤義和をゲストに迎え、写真集の制作過程や、作品に対する想い、そしてお互いの写真に対する向き合い方について語られた。

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三森いこ(みもり・いこ)

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三森いこ(みもり・いこ)

1998年神奈川県横浜市生まれ。明治大学情報コミュニケーション学部卒。フォトグラファーとして活動中。ポートレートをメインに作品を制作している。2023年に初個展「ここでまた会おうよ」を開催。
2024年7月にその続編となる個展「この星の中」と初の写真集を発表。

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相澤 義和

1971年、東京都東久留米市生まれ。1996年、四谷スタジオ(現・スタジオD21)入社、その後2000年に相澤義和写真事務所を設立し、フリーランスとして独立。2019年には初写真集『愛情観察』、2020年4月には2作目となる写真集『愛の輪郭』を発行。2022年4月には、初写真集の続編となる通算3作目の写真集『愛情観察NEO』を発表した。

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——今回、初の写真集が出版ということですが制作してみていかがでしたか。

三森いこ(以下三森):そうですね、まずこの作品は2021年の終わりぐらいから作り始めたので、ようやく写真集として形になったというのがとても嬉しいです。

相澤義和(以下相澤) : 写真集では、1年3ヶ月の間一人の男の子を撮り続けた作品が時系列順で並んでいるんですが、ページをめくって見ていくと撮り方の変化が見られてすごく面白いんです。

写真集『この星の中』

相澤:最初の方の写真は、三森さんの「こんな写真を撮りたい」という意図がすごく伝わってくるんですよ。 ただ、そこからだんだん時間が経っていくにつれて思春期の純粋な感情の上下動に対応してシャッターを押していく感じに変わっていくんです。こういう物語にしたいという撮影者の欲が後半になるにつれて消えていくのはすごく美しいなと思いました。

三森:そうですね、仰る通り最初の頃は、こんな写真にしたい!という想いが強くあって、それに当て嵌めるように撮っていたんですよね。この服を着せてこの構図で撮りたいとか、そういったことを考えながら撮っていたので、最初の方は自分のエゴが特に強く出ている写真になってるかなと思います。

三森:でも、撮っていくうちに「これでいいのかな」という疑問が自分の中で湧いてきて。「撮りたい画に当て嵌めて撮るのって、この子と向き合ってると言えるのかな」とか、「本当に一緒にいるってどういうことかな」とか、そういったことを考えていくうちに、最後の方は一緒にいて気持ちがちょっと動いた時にそのままシャッターを押すだけという状態に変わっていきました。その方が自分の中でしっくりきたので、最後の方にいくにつれてそんな写真になっているんじゃないかと思います。

相澤:写真家ってどうしても自分の思うように写真を撮りたいという気持ちが出てしまいがちなんですけど、僕はそこからなんか外れていく様がいいなと思っていて。この作品は三森さんが撮りながらすごい葛藤してるのが伝わってくるし、思春期の男の子を撮っているので撮られる側の予定不調和なところもあって良いなと感じます。思春期は撮るのが大変ですよね。

三森:そうですね……。初めて会った時はまだ幼くて「いっしょに遊んで!!」みたいな感じで懐いてきてくれて、弟みたいな存在だったんです。でも、1年3ヶ月の間にどんどん大きくなって、いつの間にか私の背も追い越してしまいました。途中から思春期にも突入したので、不機嫌だったり、突然冷たくされることもあって、すごく難しかったですね。

相澤:自分の思春期を振り返ってみると、今までは「好き!」とか「嫌い!」みたいな平面的な感情だったのが、ある時を境にだんだん好きという気持ちに奥行きとか立体感が出てきて、自分の中にあるそんな気持ちに戸惑って、人に知られるのがすごい嫌だったなと思い出しました。だから、彼が途中から冷たい態度をとったのは、そういう自分の心の動きみたいなものを知られたくなかったんじゃないかなっていう気もしますね。

三森:とはいえ、撮影期間中はやっぱり「1ヶ月前に会った時は楽しく遊んでたのに、今日はなんでこんな感じなんだろう?」って思いましたし、冷たい態度をとられたり、心の距離を感じた時はすごく苦しい気持ちになりました。

ただ、気持ちが動いた時に撮っているので、「苦しいな」って思うと同時にシャッターを押してしまうところもあって、私は私でひどいことしてるんじゃないか、彼の人生においてすごく貴重な一番大事な時期を奪ってるんじゃないかとも思っていました。そこが撮影中に一番苦しかったところですね。

相澤:苦しいということはよく言っていましたよね。

三森:そうですね。苦しくなってしまって、この作品が終わったみたいなところも正直あります。撮影期間は事前に決めてなかったので、高校生くらいまで続く超大作つくりたい!と最初は思っていたんですけど、彼が思春期に突入して、心の距離が離れていったりうまく関われなくなっていった時期に「次会ったら、終わりかも」とふと思った瞬間がありました。

この桜の写真を撮った日が最後に会った日で、それ以降は撮っていないです。なので、初めて出会った日から関係が終わるまでみたいな写真集になってます。

相澤:このストーリーは、皆さんにもお話されてるんですか?

三森:聞かれたら答えていますね。ただ、あまり説明しすぎたくないなっていうのはあって、 そのまま読んで欲しいという想いがあるので、写真集に今お話したような内容は書いていないです。

“ありのままを見せる”ということ

相澤:この表情いいですよね。 ほんとに思春期。もうなんなんすか?みたいな感じで。

三森: この時は1ヶ月くらいぶりに会った時の写真ですね。この時はすごい不機嫌です(笑)

彼は俳優とかモデルもしていなければ、写真にも全然興味がない普通の男の子です。だから撮影中、彼はなんの演技もせずにずっとそのままなんですよね。楽しい時に笑って、不機嫌な時に不機嫌な顔して、いつどんな時でもそのままで。でもそれってすごく純度が高くて美しいなって思ったんです。

相澤:それってすごいことですよね。とはいえ、三森さんはよくこの不機嫌な表情の写真を発表したなと思いましたね。普通はためらうんですよ。被写体に嫌われてるんじゃないかとお客さんに思われてしまうんじゃないかとか考えたりして。

三森:そうですね。正直このような写真を出すことを最初は迷っていました。やっぱり撮り始めた時は彼と自分との親密な関係性を望んでいて、そういう写真にしたかったんだと思います。簡単に言うと最初から最後まですごく仲良しみたいな写真を撮りたかった。

ただ、実際はだんだんうまくいかなくなってしまって。それでも最初はその中から、自分との親密な距離を感じる写真だけをピックアップして写真集にしようと思っていました。でもちゃんと向き合った時にやっぱり違う気がして。綺麗事なんですけど、心が近づいたり離れたり、またちょっと近づいたりする過程も含めて美しかったなって終わってから思ったんですよね。なので、最終的には当初は入れるつもりがなかったすごく距離の遠い写真とかも全部入れて、出会ってから終わるまでをありのまま見せることにしました。

撮る側の気持ちがそのまま写っている“素直な写真”が好き

三森:結局やっぱり私は素直な写真が好きというか、撮る側の気持ちとかがそのまま写ってる写真が好きなんです。だから、相澤さんの写真もすごく好きで、どうやったらそういう写真が撮れるのかなって思ったんですけど、相澤さんって取り繕ったり見栄を張ったりとかを誰といる時にもしないというか、撮影者がありのままの状態でいるから、素直な写真になるんだって感じたんですよね。だから私もこの作品を撮っている時は素のままの自分でいることを大事にしました。

相澤さん写真集

相澤:ありがとうございます。ちょっと恥ずかしいですね(笑)

少し自分の話をさせてもらうと、色々な方を撮る時に、僕はできるだけ自分のカラーや思想が写らないようにしているんです。 誰が撮ったかなんかどうでもいいっていう状態になるのが理想。

なぜかというと、僕は商業写真も撮っているんですが、その技術を駆使して例えば甥っ子を撮ったとするじゃないですか。甥っ子は綺麗に写っている。でも、写真のことなんてわからない僕の母、つまり甥っ子のおばあちゃんが撮った写真の方が、僕の写真よりはるかに良かったりすることがあるんです。その時に自分の持っている「綺麗に写そう」という欲や思想が邪魔なんじゃないかっていう風に思うんですよね。

三森:よくわかります。私も友達がちらっと見せてくれた、インスタにもどこにも載せることもないような恋人の写真とかをすごく良いと感じることがあります。

相澤:本当にこれは難しくて、ジレンマなんですよね。世の中に出すことを目標にするとうまくいかなかったりするし、SNSに載せようと思って撮るとSNSありきの写真になっちゃう。でもなんか目の前にある、感情の爆発とか生命の躍動みたいなものをちゃんと写すのが本当は大前提なはずであって。そのことに今回の撮影で気づいたと三森さんも言ってましたよね。

三森:そうですね。本当にそれに改めて気づいて、個人的な感情が入ってる写真に敵う写真ってないんじゃないかなって思いました。

出会う時期が少しでも違ったら全く違う作品になっていたかも

——三森さんは同年代の女性とか少し年上の男性も撮っていると思うんですけど、そのモデルさんたちと今回の男の子の撮り方の違いってありますか?

三森:同じといえば同じかもしれないです。撮影中は彼を子どもだと思って撮っていないというか、子ども扱いをしないようにしていて、同年代の方を撮っているのと同じ感覚で撮っていました。だから、親が自分の子どもを撮っているような写真にはなっていないんじゃないかなと思っています。

相澤:大人になると、その同じ感覚で撮るっていうのが難しいんですよ。僕の年代だと子どもの感覚がわかる訳がないという前提があるので本当に難しい。まだその気持ちが少しわかる世代だったからこそできた。稀有な写真集ですよね。

三森:そうですね。これを撮っていたのが23歳ぐらいの時だったんですけど、例えば私が今30歳とか40歳とかだったら、また違った写真になっていたかもしれません。

相澤:だんだん難しくなっていきますよね。

三森:逆に彼も思春期よりちょっと前のまだ一緒にわちゃわちゃできる時に出会ったからここまでいけたというか、思春期に入ってから出会っていたら、全く違うものになっていたと思います。そう考えるとあの時期に出会って撮ることができてよかったな、この時期を残せてよかったなと心から思います。

相澤:またこういった撮影はしたいですか?

三森:そうですね、また誰かひとりを撮り続けたりしてみたいので、もしそう思える人に出会えたらうれしいなと思います。

相澤:どんな感じの人を撮りたいとか思い描くものはあるんですか?

三森:うーん、でもこの年代の子は苦しいからあまりやりたくないです(笑)。次はもうちょっと年齢が近い人を撮ってみたいなと思ったりしています。

▼INFORMATION

写真集『この星の中』

著者:三森いこ
編集:池谷修一
ブックデザイン:伊野耕一
プリンティングディレクション:鈴木利行
オールカラー160 ページ、私家版
販売ページ:https://ikomimori.stores.jp/items/66aa1a09b3910e0273746876