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2021.11.24

【対談】加藤純平×長山一樹 「大衆」によって生み出されるバズと、「個人」の記憶に残る耐久性は両立できるか? #写真家放談

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2021.11.24

【対談】加藤純平×長山一樹 「大衆」によって生み出されるバズと、「個人」の記憶に残る耐久性は両立できるか? #写真家放談

かつて、話題になった広告写真は人々の記憶や写真史に残り、大切にアーカイブされてきました。一方バズ至上主義となった現代では、プロのフォトグラファーによって撮影された写真も、時代の波とともに消費されてしまう側面を持つように変化しています。

今回対談していただいたのは、写真史の大きな変遷を経験してきたフォトグラファー、長山一樹さんと加藤純平さんです。スピーディに結果を求められる現代において、「記憶に残る写真」と「バズる写真」にはどのような違いがあるのか。難しいテーマに向き合っていただきました。 

撮影にアサインされることが、フォトグラファーにとっての「クリエイティブ」である

——広告写真の撮影が、その他のジャンルの撮影と違う点について教えてください。

長山:広告の撮影は、基本的にクリエイティブディレクター、あるいはアートディレクターが主導権を握って進行することが多く、僕たちフォトグラファーがアイディアを出すケースはそんなにはないんです。ファッション誌の撮影とかだと、「その場でアイディアを出せる人」が現場をリードするケースが比較的多いので、フォトグラファーやスタイリストがポージングや背景を決めるんですが、その点広告撮影は役割分担がかっちり決まっています。

加藤:特に商品とタレントさんを撮影するような場合は、背景からポージング、商品の持ち方ひとつまでかなり綿密に検証された状態で、撮影部分のみフォトグラファーに託されるという感じが多いです。僕たちが現場でするのは、微妙なカメラアングルを調整したり多少のライティングのニュアンスを変えたりといった事をしております。こう言うと、広告撮影の現場でフォトグラファーはクリエイティブではないように聞こえるかもしれませんが、その案件にアサインされること自体が「クリエイティブ」であると僕は考えています。日々の仕事や作品作りなど、撮影に関する行動すべてが仕事に直結している、という意味です。

——よくわかりました。本題に入りますが、加藤さんの撮影された宝島社の広告はセンセーショナルでしたね。樹木希林さんがオフィーリアに扮した姿が非常に印象的で、まさに「記憶に残る写真」ではないかと感じます。


加藤:そもそも宝島社の広告自体、毎年話題になるんです。実はあの案件以前、僕はあまり大きな広告撮影に携わったことがなくて、初めて大きく自分のクレジットが世に出たのがあの仕事だったんですよ。

長山:新聞であの広告を見たとき、インパクトがあまりに強くて「絶対に大御所のカメラマンが撮ってるな」と思ったんです。そうしたら撮ったのが加藤さんだと聞いて、これはすげえ人が出てきたなと。

加藤:いやいや。裏話をすると、聞いた話ですが、実は、大御所フォトグラファーがアサインされる予定だったみたいなんですが、ただ、予算の都合もあり、樹木さんが「若手にチャンスをあげてみたら」と提案されたそうで。そこで、過去に一度ポートフォリオを見てくれたアートディレクターが僕を推してくださって。普段の仕事とは別に、作品として樹海の写真を撮っているんですけど、「オフィーリアのイメージには加藤さんの撮った森のトーンが合うかもしれない」と思われたみたいです。


——仕事以外に撮っている作品が、大きな案件に直結したと。まさにクリエイティブなアサインだったんですね。

加藤:樹木さんのひとことがあったからこそ、「樹木希林をうまく撮れるフォトグラファー」ではなく「想定されたクリエイティブに近いものが撮れるフォトグラファー」がアサインされることになった、という感じでしょうか。チャンスをくれた樹木さんには本当に感謝しています。

——貴重なお話です。一方長山さんは、バズコンテンツ「THE FIRST TAKE」の映像と画像の監督兼撮影を担っています。特に北村匠海さんを撮影した作品はあちこちで拡散されましたし、カメラ雑誌の表紙も飾りました。

長山:まず最初に「誰も見たことのない手法を通して視聴者に音楽を届けたい」というコンセプトがあったんですね。余計な演出を徹底的に削ぎ落とした白い背景、一発録りに懸けるアーティストの緊張感、普段見慣れている正面顔ではなく横顔を見せる、みたいな。従来の音楽番組やライブとは全く違う距離感でディテールを見せたいという、非常にニッチなクリエイティブディレクターの意図があった。

——たしかに、これまでにありそうでなかった見せ方だと感じます。

長山:そうしたコンセプトがまずあって、僕がアサインされました。加藤さんと同様、普段から撮っているポートレイトの雰囲気をそのまま生かして撮影してほしい、とリクエストがありましたね。滅多に映像の仕事はしないんですけど、面白そうだからやってみようと。基本的なトーンは守りつつ、アーティストの雰囲気や曲調に合わせてライティングや距離感を微妙に変えながら撮影するので面白いですよ。
   

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加藤:「THE FIRST TAKE」の映像は、僕も好きでよく見ます。今の世の中には「作り込まれた虚構の世界」が溢れ返っている時代だと思いますけど、その中で「THE FIRST TAKE」では「本当の世界」を見せてもらえるように感じます。一発録りが生み出す独特の緊張感も、「アーティストの真剣勝負が見たい」という視聴者のニーズを満たしてくれる。そういうところで、多くの人が惹きつけられているんじゃないですかね。

長山:そうですね。コロナ禍でアーティストの活動が極度に制限され、ファンがアーティストをかつてないほどに渇望する状況だからこそ、このコンセプトがより多くの人にハマった側面もあると思います。

記憶は個人によって、話題は大衆によって生み出されるもの

——お二人の作品を対比するわけではないのですが、世の中に「記憶に残る写真」と「バズる写真」があるとするなら、それぞれにどんな要素があると思われますか。

長山:「記憶に残るもの=普遍的」、「バズるもの=スピーディ」というイメージが最初に浮かんだんですけど、一概にそうは言えないかもしれません。加藤さんの撮影した樹木さんのオフィーリアのように、記憶に残る写真のなかには、ドカンと話題になる作品もありますから。


加藤:難しいですよね。「バズる」というのは、“大衆に”持ち上げられるという意味で、「記憶に残る」というのは多くの場合“個人の”捉え方に拠るものだと思うんです。そこが大きな違いかなと。 

——リーチする対象が「大衆か個人か」という違い。たしかにその側面はありますね。ちなみに最近、お二人の記憶に残った作品はありますか?

加藤:そうですね、パッと見て「いいな」と感じることはよくあるんですけど、それが誰のどの作品だったかと聞かれると、なかなか思い出せないんですよね。

長山:僕もです。改めて考えてみたんですが、いまは撮る側も見る側も、特に記憶に残すことを望んでいないんじゃないかという結論に至りました。僕自身仕事に関しては、少なくとも人の記憶に残るようなものを撮ろうとは考えていない。ひと昔前までは、写真を撮る行為自体もっと重い意味があったと思うんですよ。そんなに簡単に撮れるものでもなかったので、「おのずと残ってしまう」側面がもしかするとあったんじゃないかと。でも現代では、どんどん記憶を更新していくのが写真の役割で、僕はむしろその方が健康的な気がしています。

——健康的、ですか。写真が残るものから更新されていくものに変わっていく、同時に写真が従来持っていた重みがなくなっていくのだとしたら、それはそれでちょっと寂しい気もしますが。

長山:でもそれは写真業界に限った話でもない。いまはどんなビジネスでも、できるだけマインドを軽くしていかないと、他より出遅れてしまいます。「いい物を作ろうと思い詰めている時間があったら、できるだけ早く納品してください」という時代。だけど、そのスピード感に対応できるというのも優れた表現力のひとつです。写真って、たくさん撮ったうちの最初の一枚が選ばれるみたいなケースが結構あるんですよ。 

加藤:たしかに。
 


長山:極めてありがちな話ですよね。それって、人の中にある“無意識”がいいものを作り出しているという状態だと思うんです。プロというのは、その無意識さえもうまくコントロールする能力を持った人なんじゃないか。あるいは、自分の仕事に対するジャッジメントをどこにポンと置くか、そのタイミングを見極める力がある人ではないかと。それらは、現代のフォトグラファーに求められる素養だと思います。

加藤:とにかく切り替えて、どんどん次に行かなくちゃいけないというのはたしかにありますね。ただ、写真の存在が軽くなっているかどうかというと、どうだろう。一枚一枚丁寧に撮る人もいるでしょうし、少なくとも「撮る側」の意識は、昔もいまもそれほど変わらないような気がします。どちらかというと、写真の扱われ方といいますか、取り巻く環境が変わったんではないですかね。

写真の形がこの先どう変わっても、いいと思うものを信じ続けていく

——お二人はフィルムカメラからデジタルカメラへ、紙からデジタルデータへと写真が変遷するのを体感した世代ですよね。その劇的な環境の変化についてはどう感じていますか。

長山:加藤さんが言ったように、写真の扱われ方は変わったけど、写真を撮影するという行為自体にもたらされた変化というのは、割と表面的なものだけなのかなと思います。作り手はいつの時代も考えるべきことを考え、やるべきことをやるという点では今も昔も変わらない。


加藤:個人的には、写真の時代による変化をポジティブに捉えたいと考えています。より選択肢が広がり、好きな方法を選択して好きなように表現できるようになった、ということですよね。いまだって好んでフィルムで撮影したり、撮ったものをプリントして額装して楽しんだりする人もいるわけですし。失われたものを挙げるとするなら、デジタル化によって「偶然撮れた奇跡の写真」が生まれにくくなったことかな。

フィルムの場合、その場で仕上がりが確認できないし、うっかり感光させてしまうと画像が写らなくなってしまうんですけど、それが予期せぬ効果をもたらしてくれることもあるんですよね。メリットはその逆で、単純に失敗写真がなくなったこと。そういえば先日仕事でフィルムカメラを使って撮影をしていたら、クライアントに「どうしてモニターで確認できないんですか?」と聞かれました。その人にとっては写真=デジタルで、フィルムを知らないんですよね。ものすごい世代間ギャップを感じて驚きました。

——世代ですね……。最近お仕事の多くが、雑誌などの紙媒体からウェブサイトに移行されたかと思います。紙にはそれこそ「残る」側面がありますが、ウェブサイトはときに「削除」されてしまう。その点においてはいかがでしょうか。

長山:たしかにその違いは大きいですね。僕はウェブに掲載されたものに関しては、そもそも仕上がりをほとんど確認しません。もはやどこに掲載されているのか把握しきれない。写真が雑誌に掲載されるのが当たり前だった時代は、見本誌をめくって「他のフォトグラファーよりいい感じに撮れてるな」なんてよくやってましたけど、最近は自分の写真だけじゃなく、他者の撮ったものもあまり見なくなりました。

すごくドライですけど、最近写真の役割の多くが「消費者の購買に繋げるためのデジタルデータ」に過ぎないように感じることがあります。雑誌みたいに、写真そのものに対する愛着が湧きにくい。一方で、その風潮に反発するような形で、若い人たちが紙のマガジンを立ち上げる動きが出てきています。「モノを売る」という役割にとらわれていない分、自由でオシャレ。すごくいいんですよ。

加藤:デジタルデータは、そもそも物質ですらないので、破損してしまえば、撮影した画像そのものがこの世から消えてなくなってしまう。そういう面では儚いですよね。ただ、写真の形がどう変わったとしても、僕たちは世の中にあるものを受け入れて、消化して、対応していかないと生き残れないですから。でも、自分がいいと信じるものは、変わらずに持ち続けていきたいとはすごく思います。

——あえてお聞きしますが、お二人はこれから先、「記憶に残る写真」あるいは「バズる写真」を撮りたいと思われますか?

長山:さっき加藤さんが言ったように、「記憶に残る」というのはあくまで個人的な話になってくると思うので、知らない人の記憶に自分の写真が残るかどうかは、正直あまり興味がないですね。「バズ」についてですけど、仕事に関してはやっぱり、誰の目にも止まらないようなものばかり作っていてもしょうがない。ある程度大衆の話題を呼ぶようなものを作らなければ評価も上がらないでしょう。ただ、普段そこまで狙ってはいないですね。自分がいいと思うものを撮って、結果的に話題になればベストというか。なんだかどんどんドライな方向にいっちゃいますね(苦笑)。

加藤:たしかに仕事で広告を撮るなら、できるだけ多くの人に認められなければ誰に喜んでもらえない。お金をいただいて仕事を受ける以上、話題を作れるように努めることが重要だとは思います。もちろんフォトグラファーだけではなく、クリエイティブチーム全体で考えるべきことではありますが。一方で、自分の作品についてはまったく捉え方が違ってくる。別に大衆の間でバズらなくてもいいけど、「誰かの個人的な記憶に残ってくれたらいいな」と思いながら撮っている。僕のすごく身近な人だけが記憶に残してくれさえすれば、それでまったく構わないですね。

編集後記

お二人と同世代でもあり、同じように写真を学び仕事にしたこともある筆者ですが、写真の歴史が遂げてきた大きな変遷には比較的エモーショナルな感情を抱いていました。

しかし第一線で活躍される長山さんと加藤さんのお話を聞きながら、撮影方法や掲載媒体はあくまでも「手段」であり、それらがどのように変化したとしても、写真への向き合い方や目的地がブレることはないのだということに、改めて気づかされました。

プロフェッショナルである以上、バズる(という表現はあまりお二人にそぐわないように感じますが)コンテンツを作ることは目指すべき目標であり、それは「作家」ではなく、クリエイティブチームの一員として仕事をする「フォトグラファー」である以上、なくしてはならないプライドであるように思えます。

一方で、「身近な人の記憶に残る作品を作り続けたい」というパーソナルな望みを捨てないこともまた、フォトグラファーにとっての魅力に繋がるのではないか。そんなことを感じさせられた取材となりました。

■Photographer

長山一樹
守本勝英氏に師事。ファッションや広告、ミュージシャン等の写真で、第一線で活躍。2018年には自身初の写真展「ON THE CORNER NYC」を渋谷ヒカリエにて開催。同年ハッセルブラッド・ジャパン ローカルアンバサダーに就任。2019年発足のYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」ではVISUALDIRECTORとして映像と写真を担当。

Instagram:@kazuki_nagayama

加藤純平
1980年 神奈川県横浜市生まれ
2003年 写真新世紀優秀賞受賞
2004年 東京綜合写真専門学校卒業
2005年 広告制作会社勤務後、2009年独立
2016年 ADC賞受賞

■Interviewer / Writer

とみこ
ライフスタイルメディア『cocorone』の編集長。うつわブランド『きほんのうつわ』の商品開発などに も携わる。フリーランスでライター、編集者、プロジェクトマネージャーとして活動。 うつわ、リノベ、 子育てなど、暮らしの記録を発信。

Instagram:@tomiko_tokyo
Twitter:@tomiko_tokyo

■Editor

波多野友子フリーランスの編集者・ライター。4歳の男児を育てています。興味:パートナーシップ、子育て、 家族の形、ボディメイク。

Twitter:@ogwtmk3

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