写真家・松岡一哲インタビュー。記憶を共有する「what i know」

ポートレートやファッションを中心とした広告写真を中心に活躍する写真家・松岡一哲さんの個展「what i know」が、東京・六本木のamana TIGPにて5月20日(土)まで開催中だ。

広告写真家としての一面をもつ一方で、日々の中で出会う風景、人物、植物などの日常を収めた作品制作を続けている松岡さん。抽象化されたイメージは色だけ、形だけの微かな輪郭を残すのみで「何か」は明確に分からないものも。その作品群にこんなにも心惹かれる理由とは——。

松岡さんに本展にかける思いや、松岡さん自身についてインタビュー。

Photo by Kenji Takahashi

松岡 一哲

1978 年岐阜県生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、スタジオフォボスに勤務し、独立。フリーランスの写真家として活動するかたわら、2008 年 6 月よりテルメギャラリーを立ち上げ、運営。主にポートレートやファッション、広告などコマーシャルフィルムを中心に活躍する一方、日常の身辺を写真に収め、等価な眼差しで世界を捉え撮影を続ける。主な個展に「やさしいだけ」タカ・イシイギャラリーフォトグラフィー/フィルム(東京、2020 年)、「マリイ」Bookmarc(東京、2018 年)、「マリイ」森岡書店(東京、2018 年)、「Purple Matter」ダイトカイ(東京、2014 年)、「やさしいだけ」流浪堂(東京、2014年)「東京 μ粒子」テルメギャラリー(東京、2011 年)など。現在は東京を拠点に活動。

Instagram:@ittetsumatsuoka
HP:https://ittetsumatsuoka.com/


写真展「 what i know 」にかける思い

写真展「 what i know 」会場の写真

——今回の「what i know」のタイトルに込められた思いは?

松岡:僕の制作スタイルはゴールが先にあるタイプではなくて、撮っていく過程で段々と決まっていくタイプなんです。今回もある一枚が決め手となって、そこから全体像が見えてきたんですが、それがどれか、というのは種明かししてしまうと楽しみが減ってしまうと思うので、秘密にしておきます(笑)。

今回の作品を制作していた期間はコロナの真っ只中で、決して世の中がポジティブとは言えない時期でした。表現者の一人として、この局面に何ができるのか?と考えたら、最終的に“記憶”というテーマにたどり着きました。自分の見たもの=知っていることとして、ただ提示していく。そんな作品群だからこそ、タイトルにはあまり意味を持たせたくないし、何かを強く断定させないようなものにしたい。

僕の記憶の一部として誰かに共有するならば、より抽象的な言葉の方が受け手側が“記憶”というテーマを前にしてより柔軟でいてもらえる気がしたんですよね。そういった経緯から、今回は「what i know」としました。

松岡一哲「yellow」
松岡一哲「yellow」、2021 年、Cプリント
© Ittetsu Matsuoka / Courtesy of amanaTIGP

——多くの写真展は入口に作者の制作意図、写真に込めた思いなどがステートメントとして掲示されていますが、この展示スペース内ではどこにも見当たりません。「あえて言葉にしない」ことにはどんな思いがあるのでしょうか。

松岡:近年、僕の写真はより抽象度が増していることもあって「もっとちゃんと説明したほうが分かりやすくなるよ」と周りからよく言われます。でも、写真展において最初に文字の情報を目にしてしまうとそこから離れていくことって難しいな、と僕は常々思うんです。

文章ひとつ書くにしてもそれに特化したプロがいらっしゃいますし、自分で文章を作ってみても最終的には「やっぱり写真だけの方がいいな」となるんですよね。言葉にした途端に何かがこぼれ落ちて、意味で捉えると抜け落ちるものがあるような気がして。

写真は感じるものであり、時に凶暴でもあるものだと思うので、タイトルやステートメントによってこちらの感覚を押し付けたくない、という思いも大きいですね。

——近年はより抽象的な写真表現になっているということですが、作品がそのように変化していった理由は?

松岡:自分でもその変化が不思議でその理由をずっと考えていたんですが、実は抽象的であるほうが他人とより感覚を共有しやすい形なのでは?という僕なりの結論に至りました。人が誰かと何かを共有、共感するときって、だいたいあいまいなことが多いと思うんです。

例えば、どこかの家を写した写真を何人かが見たとして、明確に“何かの家である”と分かってしまうと思い入れがある人とそうでない人のギャップが大きい。でも、写真がブレたりボケたりして、抽象的なイメージになると、途端に共有、共感の余地が生まれるんです。この質問に対して明確にこれ、と断定できるピースはありませんが、“共有、共鳴”が一つの表現の役割なのかな、と僕は思いますね。

——松岡さんが作品制作でよく使用するカメラは?

松岡:35ミリのコンパクト、中でも「オリンパスμ(ミュー)」で撮影したものが一番多いです。学生時代はあえて高級じゃないカメラを使って作品を作るということにこだわっていたこともありましたが、今となっては使いやすいから、という理由でμを使用しています。

もちろんデジカメやまた別のカメラでも撮影しているんですが、いざ使う写真を選んでいくと残るのはμで撮影したものばかり。今回もそうですね。慣れていないカメラだとシャッターチャンスを逃す、なんてこともあるくらい。今まで何台も使ってきたので、手元には100台くらいμがあります(笑)。壊れかけのものがちょうどいいボケ具合になることもあって、なかなか捨てられないんですよね。仕事用に“1軍”を4台ほど常にキープしています。

今回の作品は輪郭があいまいなものが多いですが、PENTAX 67で撮影した作品もたくさんあって、それはまたカリッとしたトーンで全く印象が違うので、また別の機会にその作品展もできたらな、と思っています。

写真展「 what i know 」会場の写真

自分をつくるもの、支えてくれるもの

——クライアントワークとプライベートワークの写真の違いは?

松岡:写真を撮るということは自分の生活の一部で、写真を撮ること=生きることという感じなので、そこに垣根はないのかも。仕事で訪れたロケ先で作品が生まれることもありますし、仕事の撮影のときもあまり仕事、と気負わず撮っているというか…。ありがたいことに、最近は仕事の依頼でも自分の作風に合ったご提案をいただくことが多くなりました。被写体がどんなものであっても、美しいものを追いかけるという作業は一緒ですね。

でも、何年経とうとも若かりしころのように何事にも必死で、汗だくになりながら撮っていた初心は忘れたくないですね。おかげさまで、Tシャツをたくさん着替える写真家として有名になりました(笑)。そうやって一生懸命になれるのは、被写体であるモデルさんや女優さんが一生懸命になってる姿に感動するから。

今でこそ、人の心の機微に多少は敏感になれたのかな、と思いますが、若い頃の自分を今振り返ると周りの人にいろいろ迷惑をかけていたんだな、と反省ですね。でも、そんな頃からお付き合いのある方々が今でも一緒にものづくりしよう、と言ってくださるのはとてもありがたいことですね。

——写真家としてのターニングポイントは?

松岡:一番最初のターニングポイントは僕の奥さんを撮り下ろした写真集『マリイ』、展示だと「やさしいだけ」で発表した、レインボー色の夏祭りの写真、仕事なら写真集『pegasus 01 古川琴音×松岡一哲』ですね。

それぞれ、自分の方向性みたいなものが見えてきたり、自分の写真の魅力について見直すきっかけになったり、自分の写真の核を再確認できたりしたものたちですが、琴音ちゃんを撮ったときには写真の限界や可能性というものに改めて気付かされました。

絵ならどんなふうに書くのも作り手の自由ですが、写真だと被写体との関係もあるから決して感情を無視することはできない。目の前の被写体が喜んでくれることが大事だ、って噛み締めながら撮影したのを覚えています。

——プライベートワークの源となっているものは?

松岡:映画、絵画、そして高校生のころにアメリカ留学したことが芸術への道を開いてくれたものです。特に映画に関しては実家が映画館だったこともあって、映画から得ているものは確実に大きいと思います。

実家はシネコンが一般的になる前の「◯◯座」のような街の映画館だったんですが、当時は館内喫煙OKだったので、タバコの煙が立ち込める中でポルノ映画やヤクザ映画を流していたり、すぐそばにフィリピンパブがあったり、カラオケやスナックがあったり…。そんな混沌とした環境で毎日のように映画を観て育ちました。もしも父が映画館を畳んでいなかったら継いでいたんでしょうね。

常々、穏やかにいよう、というのは心がけていることなんですが、心を入れ替えてくれるものは本当に普通で餃子うまいな、とかビールうまいな、とか普遍的なものです。ふとベランダに出て、ぼーっと景色を眺めているとピンクのランドセルを背負った小学生が歩いてるのが見えて、気付けばそれを撮っていて…。一時的に写真から離れても、結局は地続きで自ずと写真に戻ってくるという感じですね。

松岡一哲「rest」、2022 年
松岡一哲「rest」、2022 年、Cプリント
© Ittetsu Matsuoka / Courtesy of amanaTIGP

次世代の写真家たちへのメッセージ

——次世代の写真家たちに伝えたいことは?

松岡:「やりたいことをやったらいい」ということを若い世代の方に伝えたいですね。自分の思ったことを信じて突き進む。自分の思いが強ければ強いほど、最初は受け入れられないことも多いですが、自分の信念を貫き通してやるしかないと思います。他人は好きなことを言ってきますから。でも、時には信頼する人の意見にも耳を傾けながら。

すごく才能がある人でも長く続かない人をいっぱい見てきましたが、表現という分野は時間がかかることなんですよ。今日、明日の話のことでなくて5年、10年とかかることもあります。表現はいくらでも過激になっていってもいいけど、そこと生活のバランスは本当に難しいものです。

全部投げ打って表現に心血を注ぐ人もいるけど、自分の精神を保つことは何よりも重要なことですね。一瞬に囚われずに、でも根を詰めすぎずに。僕もまだまだこれから、という立場ではありますが、僕から伝えられるのはそんな思いでしょうか。


インタビューの最中にも言葉の端々に、写真の向き合い方に、彼の優しさが見え隠れする。彼が人の心の揺れ動きを感じる能力はまるで高性能のラジオのようで、その目盛りは極めて微細だ。その周波数がぴたりとあったときに、他の誰もが写し取れない一瞬が写真となるのだろう。

松岡さんは本展に続いて、会期後すぐ東京・渋谷にあるSHIBUYA SKYでの企画展「TOKYO GAMES」を控えているが「どうせ悩むなら新しいことで悩みたい」と笑う松岡さん。今後は海外での活動も視野に入れているという。彼の躍進からますます目が離せない。


松岡一哲個展「what i know」

■開催期間

2023年4月22日(土)〜5月20日(土)|12:00 – 19:00( 定休日:日・月・祝祭日)

■開催場所

amanaTIGP

東京都港区六本木5丁目17-1 AXISビル 2F
Google Map:https://goo.gl/maps/7BUFB2heHRUjiJY38
https://www.takaishiigallery.com/jp/archives/29039/

■開催期間

2023年5月25日(木)~7月30日(日)|10:00~22:30(最終入場21:20)

※最終入場は閉館の30分前まで ※最終日は18時閉場

■開催場所

SHIBUYA SKY 46階「SKY GALLERY」
特設サイト:https://www.shibuya-scramble-square.com/sky/exhibition_ittetsu_matsuoka