バルト三国の抑圧と抗いの歴史を写す写真展『Human Baltic われら バルトに生きて』

2024年5月27日(月)から6月9日(日)まで、東京・表参道のスパイラルガーデン(スパイラル1F)で開催されている写真展「Human Baltic われら バルトに生きて」。本展では、1960年代から1990年代にかけてバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)で活躍した17人の伝説的なヒューマニスト写真家による200点以上の作品を展示。どの作品も日常の大切さ、表現の自由、芸術の社会的役割に焦点を当てている。 

本記事では展覧会の意義や見どころ、初日に行われた内覧会の模様を紹介する。

撮影:ta2o

体制への抵抗と挑戦を表す写真をセレクト

この写真展は、メインプロデューサーであるセルゲイ・グリゴリエフ氏によって2022年にスタートした。日本ではあまり目にすることのないバルト三国のヒューマニズム溢れる写真家たちの作品を通して、バルト三国の文化や歴史、そしてそれぞれの国の人々の暮らしや生き方を日本の人々に届けようという意図で企画された。

しかし、この写真展のメイン・キュレーターであるアグネ・ナルシンテ氏は、2022年に起きたロシアのウクライナ侵攻により、当初の計画から変更があったと振り返る。 

「初期のプランではバルト三国の写真家たちを祝福する機会としてこの展覧会を開催したいと思っていました。しかし、展覧会の準備を進めている段階でウクライナ侵攻が始まってしまいました。その出来事は私たちの作品のセレクションや展示の目的に少なからず影響を与えています。私たちは写真家たちを祝福するだけではなく、バルト三国の人々が抑圧され、制約されていたという歴史的・政治的な側面もしっかり伝えていかなければならないと考えました。今回展示されている作品たちは、人々が常に脅威を感じ、抑圧される中で体制に抗いながら撮られた作品であるということを提示しています。」

撮影:ta2o
アルギマンタス・クンチュス氏が1960年代から撮り続けているシリーズ『海辺にて』。作品内に何度も登場しているパランガ桟橋は自由と逃亡の象徴でもあった。アルギマンタス・クンチュス / リトアニア

“ヒューマニスト写真”とは一般的に人々の人生模様やそこにあるストーリー、ドラマ性を扱うジャンルとされている。しかし、本展の写真はそのような人生模様に加えて、ありとあらゆる制約にどのように写真家たちが抗い、挑戦していったかを表すような写真がセレクトされている。

撮影:ta2o

人々がどう生きていたのかを残す写真たち

ソ連支配下において、取り扱うことが禁止されていた主題は、宗教、性、貧困、国民のアイデンティティなど多岐にわたる。当時、もちろんそのような作品を扱った写真展は国や権力者によって中止されたり撤廃されたりすることも多かったため、作品の発表は公には宣伝せず、会場のドアを閉めて秘密裏にひっそりと行われていたという。

今回の展示ではそのような歴史的背景を踏まえ、当時恥ずべきこととして禁止されていたヌードを主題としたグナーズ・ビンデ氏(ラトビア)とビオレタ・ブベリーテ氏(リトアニア)の作品は、ブースの内側に向けて展示され、外側からは見られないといった趣向が凝らされている。

ビオレタ・ブベリーテ氏は、1983年に自身の裸体を被写体とした撮影を始めた。裸体を被写体としたのは、何かを身につけることによって社会的な意味合いが付随されることを恐れたためだ。当然ながら、彼女のこの行為は社会からの批判の対象となった。ビオレタ・ブベリーテ / リトアニア
撮影:ta2o
グナーズ・ビンデ氏は、写真を通して人生のより大きな枠組みとしての意味を模索していた。右の2枚の写真は、1人の女性がどのように年を取っていくかというプロセスを題材とした作品。グナーズ・ビンテ / ラトビア

また当時は、題材自体はタブーではなかったとしても、政府の意図に沿わないイメージの作品は展示を禁じられていたそうだ。エストニアの写真家ピーター・ランゴヴィッツ氏が撮影したシリーズ『新しい近所の朝』は、ピーター氏自身も暮らしていたその時代に新たに作られた居住区域を写した作品群だが、政府が提示していた“素晴らしい生活を送ることができる理想の場所”というイメージに反した、霧のかかったおぞましい雰囲気をフィーチャーした作品だったため、展示を禁じられていたという。

ピーター・ランゴヴィッツ / エストニア

その他にも、ソ連が提示していたプロパガンダを日常生活と隣り合わせて写真に収めることで皮肉的、風刺的な表現をおこなったラトビアのグヴィドー・カヨンス氏の作品や、市場で売られていた動物と人間を隣り合わせに写すことで、人間の綺麗な部分だけではなく、悪い部分や汚れた部分を扱ったアレクサンドラス・マシアウスカス氏の作品など、単なる人間讃歌にとどまらない、人間のありのままの姿を収めた作品が多数展示されている。

アレクサンドラス・マシアウスカス氏は、1967年から1973年まで報道カメラマンとして活躍した。彼は、人間にはいつも悪魔のような側面が必ず兼ね備わっていて、その部分をちゃんと写真で扱いたいという思いを持っていたという。アレクサンドラス・マシアウスカス / リトアニア
ラトビアの女性写真家ゼンタ・ジヴィジンスカ氏が題材として取り扱ったのは“日常生活”。川辺で家事をする女性たちや家庭的な要素を写真に収めていた。 ゼンタ・ジヴィジンスカ / ラトビア

写真展は脱植民地化の試みの一つ

バルト三国の写真家の作品が写真史でフォーカスされることが少ないことについて、アグネ・ナルシンテ氏はこのように語る。 

撮影:ta2o

「写真史を扱った展示会や教科書にバルト三国の写真が掲載されていないということは、いかに写真集がヨーロッパ中心的であるかを示しているかと思います。また、今回扱っている写真が撮影された時代、バルト三国は独立国家として存在せず、ソビエトという1つの傘下に入っており移動も制限されていたので、国のアーティストとして海外で展示する機会がありませんでした。そういったことも写真史に含まれない要因の一つと考えています。今回の展示会はある意味、脱植民地化の試みでもあると思っていただければと思います。」

最後に、セルゲイ氏は日本の来場者に向けてこのような言葉で締めくくった。

「私の主催している団体は10年以上日本との繋がりがあり、リトアニアに来た日本人の方とお話する機会が多くあるのですが、皆さんリトアニアのカルチャーや食文化に驚かれるんですね。私たちにとっては日本の文化の方がすごく異国情緒溢れる刺激的なものなので驚いたのですが、それは逆もしかりなのかなと思いました。今回の展示が日本の皆さんに新しい要素を持ち込めるような機会になるといいなと思っています。」

写真展の入場は無料、6月4日(火)には作品購入で支援につなげる「ウクライナ難民支援チャリティーオークション」の開催を予定している。ぜひこの機会に足を運び、バルト三国の作品、そして歴史に触れてみてはいかがだろうか。

撮影:ta2o
▼information

【会期】2024年5月27日(月)— 6月9日(日)
【会場】スパイラルガーデン(スパイラル1F)(東京都港区南青山5-6-23)>MAP
【開場時間】11:00 ~ 20:00 ※5月27日(月)のみ開場16:00~
【チケット】無料
【主催】KOI NIPPON、ISSP Latvia、Juhan Kuus Documentary Photo Center
【助成】Baltic Culture Foundation、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
【提供】SIGMA、Artglass
【芸術文化魅力創出助成】東芝国際交流財団、Lithuanian Council for Culture
【メディアパートナー】ENCOUNTER MAGAZINE
【公式ウェブサイト】https://humanbaltic.com/ja/
【公式SNS】X @humanbaltic, Instagram @humanbaltic, Facebook「Human Baltic」

Text:浅井智子