《インタビュー》写真家・松岡一哲が考える「美しさ」を見つけるということ
写真家・松岡一哲による写真展「もっと深くて鋭くて、危なくて、たまらなく美しいやつ。普通じゃないもの。」が、9月6日(土)〜10月11日(土)の期間中、タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー / フィルム(東京・六本木)で開催される。
同ギャラリーでの展示は、「やさしいだけ」(2020年)、「what i know」(2023年)に続き、今回で3度目。会場に並ぶのは、日常の中にひそむ美しさをすくいあげた写真たちだ。モチーフが途切れた写真に、かすかな輪郭だけが残る写真。断定を避けることで生まれる余白は、見る人の心にそれぞれ違う景色を映し出してくれる。
彼が追い求め続ける「美しさ」とは何なのか。そして今回の展示に込められた思いとは。話を聞いた。
PHOTOGRAPHER PROFILE

PHOTOGRAPHER PROFILE
松岡一哲
1978 年岐阜県生まれ。日本大学藝術学部写真学科卒業。写真家として活動するかたわら、2008年テルメギャラリーを立ち上げ運営。日常の身辺を写真に収めながらも、等価な眼差しで世界を捉え撮影を続ける。主な個展に「マリイ」BOOKMARC(東京、2018 年)、「マリイ」森岡書店(東京、2018 年)、「Purple Matter」ダイトカイ(東京、2014 年)、「やさしいだけ」流浪堂(東京、2014 年)、「東京 μ粒子」テルメギャラリー(東京、2011 年)など。現在は東京を拠点に活動。
@ittetsumatsuoka https://ittetsumatsuoka.com/抽象的なタイトルで守りたかったもの
ーー今回の展示タイトル「もっと深くて鋭くて、危なくて、たまらなく美しいやつ。普通じゃないもの。」には、これまでの展示と違った雰囲気を感じました。
今回のタイトルは意外と反響があって、周りからも「なんかいつもと違いますね」と言われます。でも自分の中では、これまでと同じことを言っているつもりなんです。
例えば「やさしいだけ」というタイトルは、何も言い切っていないんですよね。だから「やさしいだけでいい」と思う人もいれば、「やさしいだけじゃダメだ」と感じる人もいて、人によっていろんな解釈ができた。今回も、美しいものや普通じゃないものが何かとは言い切っていないですよね。そういう意味では一緒で、自由に解釈してもらえるタイトルになっていると思います。
ただ今回は、「やさしいだけ」や「what i know」と比べると、少し踏み込んだ表現になっていて。これは意図的というより自然とそうなったのですが、そうした部分に周りは雰囲気の違いを感じているのかもしれません。
ーー解釈の余地を残したタイトルにこだわるのはなぜですか?
そもそも僕が展示を通して伝えたいのは、「美しいと思うものを、何かに流されずに自分で見つけてほしい」ということなんです。今の世の中って、美しいものの基準がある程度決まっていたりするじゃないですか。もちろんそれが助けになることもあるけど、そこから一回外れて自分の感覚で判断してほしいなって。

でもそういうことを強く言うと、誰かを傷つけてしまうかもしれない。だから言葉を選んでいくうちに、どうしても抽象的な表現にたどり着くんですよね。それは、他人の感情が気になってしまう僕の癖でもあるし、僕自身が抽象的な芸術に影響を受けてきたのもあると思います。絵とか音とか。
例えば雨の音って、ある人には優しく聞こえるけど、別の人には悲しく聞こえたりするでしょう?抽象的なものは、その人の感情によって受け取り方が変わるからこそ、人に寄り添う力がある。それって本当に素敵だと感じるんです。
展示は日常の積み重ねから生まれる
ーー今回の展示をしようと思ったきっかけについて教えてください。
毎回きっかけは一緒で、日常的に美しいと思うものを撮っているうちに、頭の中で少しずつ考えがまとまってきて、「そろそろ展示ができそうだ」と感じるタイミングがくるんです。その周期がいつも2年ぐらいで。
今回は、鳥の写真を撮ったときに「これを中心に展示ができるかも」と思ったのが、出発点になりました。

ーー鳥の写真を撮ったときに「展示ができるかも」と思ったのはなぜですか?
展示の核になる写真って、だいたい撮ったときにわかるんですよ。「あ、いいのが撮れたな」って。現像してみたらそうじゃなかったり、撮れていないときもあるんですけど、この鳥の写真は思ったよりもよく撮れていて。
ーー「よく撮れていた」というと?
言葉で表現できる範囲でいうと、まず鳥の羽の先がフレームから切れていたところですね。僕は、具象なのにどこか抽象に見える写真が好きで。今回だと、鳥だとわかるけど羽の先をどういうふうにでも想像できる、そのバランスが美しいなと思いました。
それに、鳥ってふだんは下から見上げることが多いけど、この写真は上から覗いているようにも感じられるでしょう?そういう「当たり前ではない視点」にドキッとするんです。そんな自分が美しいと感じる条件がいくつも重なっていて、よく撮れているなと感じたんだと思います。
ーーその他の作品はどのように選んでいったのでしょう?
「世の中ではこれが美しいとされている」といった考えをなるべく頭の中から消して、フラットに自分が美しいと思う写真を選んでいきました。このプロセスもいつもと変わらないです。
自分が美しいと思うものは、もしかすると人によってはそうではないかもしれないけど、表現の世界ならそれが許されるし、むしろ今の時代だからこそ、自分の感覚で選ぶことに意味があるんじゃないかなと思っています。

ーー今回展示する作品は、すべて「オリンパスμ(ミュー)」で撮影されているそうですね。
そうなんです。別にこのカメラに強いこだわりがあるわけではないけど、何のカメラで撮ったのかを意識から外して作品を選んでいくと、結果的にそのほとんどが「オリンパスμ(ミュー)」で撮った写真になるんですよね。
たぶん抽象的な作品を選ぶと、どんどんつかみどころがなくなっていくから、無意識に同じ35mmフォーマットの写真を選んで、取っ手をつけているのかもしれません。
「見るべきものではない世界」にドキドキする
ーー松岡さんにとって「美しい」と思う瞬間は、どういうときですか?
そうですね……、例えば、世の中には与えられた「美しいもの」っていくらでもありますよね。エンタメ性が高い映画だったり、演出が派手なライブだったり。でもそれって見せるために作られたものだから、僕にとってはあまり刺激的ではないんです。
それよりも、ライブ中に客席を振り返ったときのような「見られる前提ではない世界」にドキッとするんですよね。ふだんの生活のなかにある“見られることを想定されていない瞬間”ってすごく刺激的だし、そこにしかない美しさがあるなと思います。

ーーなるほど。では、ポートレート撮影や広告など「見られる前提であるもの」を撮るときは、どのように美しさを見出しているのでしょうか。
ポートレートも広告も、「この人を撮る」「ここで撮る」といった決まりがあるだけで、基本的には日常で美しさを追い求めるのとあまり変わらないと思っています。
それでいうと、モデルさんや俳優さんを撮るときは、その人のパブリックイメージは意識せずに、自分の目でその人の美しさを探っていくようにしていますね。だから初めましての方を撮るときは、事前に調べたりはせずに、最初の印象で撮るみたいなことを大切にしていたりします。
ーーすごい、徹底していますね。
事前に情報を入れすぎて相手を大きな存在として捉えてしまうと、そのイメージに引っ張られてしまいますからね。一方から見るとそれって失礼かもしれないけど、僕にとっての誠実さは、なるべくフラットな状態で相手と向き合うことなんです。
でも写真って、相手があってこそ成り立つものだから、暴力的にならないように意識しています。例えば、本人が「こっちから撮ってほしい」と言っているのに、それを無理に逆から撮る必要はないと思うんです。相手が普段は見せない表情をポロッと出せるような、居心地のいい空気感でありたいなと。結局、それって大事な人と向き合うときと同じですよね。僕がやっているのは、ほんとそのぐらいのことなんです。
帰り道の世界が少しでも美しくなるように
ーー「やさしいだけ」の開催から5年になりますが、ご自身の心境の変化はありますか?
何も変わっていないと思います。やっていることも考えていることも。時代の流行に合わせて写真を撮ったこともないし、オリンパスμもずっと昔から使い続けているし。
変わったとすれば、言い回しぐらい。ふだんはただ、自分の中の美しさを追い求めているけど、展示をしようとすると「自分は何を考えて撮っているんだろう」と立ち止まる瞬間があって。そのときにふと「この感覚が好きだったんだ」って気づくことがあるんですよね。
そういう気づきを言葉にしていくから、言っていることだけは少しずつ変わっていっているんだと思います。でもそれ以外はほんと、ずっと変わらないです。
ーー変わらないってすごいですね。
いやいや。むしろ僕は、このやり方しかできないところがあるんですよ。カメラをずっと変えないのは、ガジェットがよくわからないからというのもあるし。
だから、一貫性を持って写真を撮り続けるのは、自分を肯定していくプロセスでもあるんです。器用にいろんなことをできる人をすごく尊敬してるけど、僕にはそれができないから、一つのことをより強くするしかない。「これしかできないな」と思いながら続けています。

ーー最後に、来場する方にこの展示を通して感じてほしいことがあれば教えてください。
自分で美しいと思えるものを見つけて、それを楽しむきっかけにしてもらえば、という気持ちが一番強いです。今って広がっているようで、実は画一的になっている部分もあるじゃないですか。だからこそ、自分で見つけた美しさってとんでもない宝物だし、世界を広げてくれると思います。
いい映画とかいい音楽を観たり聴いたりした帰り道って、少し魔法がかかったみたいに世界が美しく見えたりするでしょう。今回の展示の帰り道も、そんなふうであれば本当に嬉しいです。
【Information】
松岡一哲 写真展「もっと深くて鋭くて、危なくて、たまらなく美しいやつ。 普通じゃないもの。」
【開催期間】2025年9月6日(土)〜10月11日(土)
【時間】12:00-19:00
【定休日】日曜・月曜・祝日
【場所】タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー / フィルム
【住所】東京都港区六本木 5-17-1 AXIS ビル 2F
【入場料】無料