【景色になるインテリア】「木と、人と、時間に向き合う」広島発、使い継がれる家具を目指す|さしものかぐたかはし・前編

日本各地で家具をつくる作り手のまなざしを通して、ものづくりの現在地を見つめる連載「景色になるインテリア」。日々の暮らしに寄り添い、使うほどに深みを増す家具には、素材と向き合い、手を動かし続ける人々の静かな熱が宿っています。

今回お話を伺ったのは、広島県熊野町を拠点とする「さしものかぐたかはし」の創業者、高橋雄二さんです。

PROFILE

さしものかぐたかはし・高橋 雄二

PROFILE

さしものかぐたかはし・高橋 雄二

1978年大分県生まれ。2010年、広島県熊野町にてさしものかぐたかはしを設立。
木と木を組み合わせて作る技術「指物(さしもの)」木工技術と広島にある木材を使いオリジナルデザインの家具や小物を制作。近年は、お箸から空間までより幅広く、暮らしにまつわるものづくりをしている。それに加え、Lexus 広島西店、滔々(岡山県)熊野町東部防災センター(広島県)、護松園(福井県)、TOKYO CRAFT ROOM(HAMACHO HOTEL TOKYO)、くらしの参考室(visonくるみの木 三重県)、広島大学「MIRAI CREA」湖のスコーレ(滋賀県)など店舗や宿泊施設の特注家具を担当。国内外のデザイナーとコラボレーションも積極的に行っている。

URLリンクのアイコン https://www.sasimonokagu-takahashi.com/ 別のタブで開く

日本の伝統技術である「指物(さしもの)」の精神性をこめる、高橋さんのものづくり。

指物とは、木と木を組み合わせてつくる工藝品で、またその技術をさします。

飛騨高山で学んだ家具づくりの基礎と、北欧家具に触れた学生時代。
宮崎や京都での修業を通して、実践の中で身につけた日本の木工と家具づくり。
そして独立後に、あらためて向き合うことになったイギリスやデンマークの家具づくり。

さしものかぐたかはしの家具には、そうした人との出会いや現場での経験が、静かに積み重なっています。物との付き合い方とは?本当に豊かな暮らしとは?

さしものかぐたかはしの家具は、そんなことを問いかけてくれています。

「指物」は、長く使うための配慮である

──「さしものかぐたかはし」というお名前に、すごくこだわりを感じます。この「指物」の制作をはじめたきっかけは何でしょうか? 

僕は岐阜の飛騨高山にある家具の専門学校で、デザインと制作の両方を学びました。

デザインについては、プロダクトデザイナーの井上斌策先生から、人とモノとの心の距離について教わりました。技術面では、家具モデラーの浜田由一先生から大きな影響を受けています。

浜田先生は、ハンス・ウェグナーに代表される北欧家具の1/5スケールモデルを多く制作されていて、その精密なものづくりに、強い衝撃を受けました。いつか自分らしい家具を作りたいと考える中で、ジョージ・ナカシマやイサム・ノグチといった作家たちの家具にも、強く惹かれるようになります。

どちらも、単なる形や機能ではなく、「どこから来たのか」「何を受け継いでいるのか」という問いを、家具という形で表現している人たちだと感じていました。

専門学校を卒業したあと、矢澤金太郎先生のもとで日本の伝統工芸の世界に入り、そこで「指物」という言葉に出会います。日本の木工には、茶道具などを作る指物の仕事があり、神社仏閣といった建物を手がける宮大工の仕事があります。

自分が興味を持っていた家具は、その中でも指物の考え方に近いものでした。

そのため、この技術をより深く学びたいと思い、京都で佃眞吾さんのもと、京指物の仕事に携わることになりました。

──技術だけでなく、精神的な部分も学ばれたのですね。 ‎‎ 

京都で学んだことで、指物は単なる技術ではなく、木に対してどう向き合い、どう美しさを見出すかという考え方そのものだと感じるようになりました。そうした姿勢に、日本人らしさがあると思ったんです。

──木に対する考え方とは、具体的にどんなものだったんですか? ‎‎ 

京都で指物の仕事に触れる中で、物を作るときに「正面はどこか」を考える、という考え方があることを知りました。例えば、上から見ても正面からみても正方形に見える茶箱のようなものでも、どこを正面として捉えるのかによって、見え方や美しさは変わってきます。

木目がどちらに流れているか、どの方向から見たときに、この木がいちばん美しく見えるのか。それを最初に決めたうえで、その美しさを表現するように物を作っていく。

それは自分にとって、目から鱗が落ちるような体験でした。最初に飛騨高山で家具づくりを学んでいた頃は、とにかく作ることで精一杯で、木目の向きに意味を見出すという発想は、まったくなかったです。

もともとは茶道具の世界にある考え方ですが、僕はこの姿勢を家具づくりに応用し、「さしものかぐ」という言葉で表現しています。今は、どんなものを作るときも、どこを正面と考えるか、どういう木目がそのものにふさわしいか。そんなことを意識しながら作っています。

240年使える、家具の哲学

──京都での経験が、今の高橋さんの家具作りにすごく影響しているのですね。 ‎‎ 

京都で指物の仕事をしていると、家族で代々大切に使われてきた桐箪笥を、修理する機会が多くありました。修理の前に行う「洗い」という工程では、忘れ物がないかを確認してから、本体を水洗いします。

昔のたんすには、引き出しの下に新聞紙が敷かれていることがよくありました。ある日、その新聞紙の日付が「大正13年」だと気づいたことがあったんです。その時点で、すでに80年近く前のものでした。

親方にその話をすると、「日本の桐だんすは指物で釘も使わず、しっかりできているから、3回は修理できるように作ってある。今回は1回目の修理。大事に使ってもらえば修理2回できるから、あと160年使うことができる」と言われました。

その言葉を聞いたとき、家具をどれくらいの時間で考えるのか、自分の中の感覚が大きく変わった気がしました。80年使われて、ようやく最初の修理。そこから先の時間まで見据えて作られている。

指物の仕事に触れる中で、家具は“完成した瞬間”ではなく、もっと長い時間の中で捉えるものなのだと思うようになりました。

──なるほど。それを知ったとき、「指物家具」という言葉を使おうと思われたんですね。

そうですね。日々の京指物の仕事やこの箪笥の修理を通じて、木の家具が日常の中で使われていく時間軸。それを、工藝品のように作り込みながらも、さり気なくまとめている職人の姿勢が、とてもかっこ良いと思いました。僕なりの言葉で、その立ち位置を表す言葉が必要だと感じました。

──木工の現場では「指物」という言葉自体は、昔から使われてきたものですよね。

はい。現場では普通に使われている言葉ですが、それを屋号として掲げている人は、当時あまり見当たらなかったんです。だったら自分がやってみようと思って、名乗り始めました。

──指物というものが、日本の昔からの職人さんたちの考え方から、長く使うという実用性に紐づいているものなんだ、というのが伝わってきました。 ‎‎ 

そうなんです。実際、僕は家具を作るので、金具を使うこともあります。

ただ、修理できるという前提は、常に意識しています。世代を超えて使ってもらうことを考えると、100年という時間は、家具の世界では決して長くないんですよね。この桐箪笥の修理を体験してからは、200年、300年という時間の長さを、自然と考えるようになりました。

でもそれは使命みたいなものではなくもし僕が作ったものが300年後もあったとしたらと考えるととても夢があってワクワクします。そんな感覚なんです。

──学生時代からお話を伺っていると、日本古来の家具の魅力を深く突き詰められたこれまでの道のりが、高橋さんらしさを作っているのかなと感じました。、なぜそこに強く惹かれたと思われますか? ‎‎ 

学生時代を振り返ると、僕のまわりでは、ミッドセンチュリーの家具がよく語られていました。イームズの椅子をはじめ、海外のデザイナーの名前に自然と触れる環境だったと思います。

飛騨高山で家具を学び始めた頃には、北欧家具を紹介する工房やメーカーも多く、完成に至るまでの背景や考え方に、興味を持つようになっていきました。

一方で、高山や京都で出会った先生方や先輩たちの中には、日本の木工の世界で、長く仕事を続けてきた人たちがいました。その仕事に触れる中で、技術だけでなく、ものづくりに向き合う姿勢そのものを間近で見る機会があったんです。

そうした環境の中で、日本にも、黒田辰秋さんをはじめ、技術者としても、職人としても、そして表現者としても、とても豊かな仕事をしてきた人たちがいるのだと知りました。

海外の家具に惹かれながら、すぐそばにあった日本の家具や木工の世界を、それまで深く見てこなかったことに、あらためて気づいたんです。そのことが、日本の家具や木工に向き合ってみたいと思う、ひとつのきっかけになりました。

──そこから、どんどん日本の家具にのめり込んでいったんですね。 ‎‎ 

そうですね。家具のデザインというと、どうしても北欧のデザイナーの名前が多く語られることが多いですが、調べていくうちに、それと見比べても遜色のない世界が、日本にもあるんだということが、少しずつ見えてきました。

さらに京都で仕事をする中で、日本の木工の世界には、人間国宝という制度があることも知りました。当時は、木工の世界のひとつの到達点として、そういう道もあるのだなと考えたこともあります。

でも、実際に現場に入ってみると、それが簡単な世界ではないことも、すぐに分かってきて。自分の年齢や立ち位置を考えたときに、肩書きや評価を目指すよりも、自分が本当に好きだと思える家具を、作り続ける道を選びたいと思うようになりました。

「ロロスツール」と300年愛される「スティックバックチェア」

──「さしものかぐたかはし」として工房をオープンするうえで、大切にした価値観などはありますか? ‎‎ 

家具の形そのものは、長い時間の中で、ある程度定まってきています。椅子であれば、座面があって脚がある、という基本的な構成は変わりません。

だからこそ、誰も見たことのない形を目指すというより、今の時代に合わせて、どういう考え方で向き合うか、どこに自分なりの軸を置くかが大事だと感じていました。

例えば、Kekkaiと名付けた京指物の考え方をもとにしながら、現代の素材や技術を取り入れて作った照明器具があります。古典的なプロポーションを守りつつ、LEDのような、今だからこそ使える小さな光源を組み込む。もし100年前の指物師が生きていたら、きっと面白がって、同じようなことを考えたのではないか。そんな想像をしながら、ものづくりをしています。

──そういった中で、高橋さんのアイデンティティを投影された最初のプロダクトはどのようなものだったのでしょうか?

一番最初は、「ロロスツール」という椅子でした。

独立した当初は、指物という言葉を軸に、注文を受けて家具を作る、いわば町の家具屋のような形を思い描いていました。ただ、実際にやってみると、そのやり方は自分には合っていないと、すぐに感じるようになりました。

時間もかかりますし、ひとつひとつに気持ちが入りすぎて、なかなか納得のいく形にたどり着けなかったんです。そこで、自分の考え方をきちんと形にしたオリジナルの家具を作り、それを軸にしていこうと思うようになりました。

椅子を作るなら、まずはスツールから始めよう。

そう考えて材料を探していく中で、ミナペルホネンのテキスタイルに出会いました。ロロスツールは、クッションと脚の部分を金具で固定せず、差し込むだけの構造にしています。

使いながら、手を入れたり、直したりできる余白を、最初から残しておきたかったからです。

──金具を使わなかったんですね。 

はい。ミナペルホネンのテキスタイルを使わせてもらえることになったのは、自分のものづくりの中でも、とても大きな出来事でした。

その生地の魅力を、僕なりに、できるだけ素直に、美しく引き出したいと思ったときに、クッションの形や、木部との関係性を、改めて考える必要があると感じたんです。

結果として、クッションはテキスタイルの表情が豊かになるよう少し山なりの形になり、木部とクッションを、指物のように金具を使わずに組み合わせる構造になりました。

誰かの表現を借りる以上、そこに甘えてしまうのではなく、自分なりに、できる限りの仕事をしたい。その気持ちが、ロロスツールの構造に、そのまま表れています。

──最初のスツールから、高橋さんらしさがすごく投影されたものになったんですね。その後はどのようなプロダクトを作ったのでしょうか。 ‎‎ 

次に取り組んだのが、「スティックバックチェア」というウィンザーチェアでした。

ロロスツールをお披露目した際、思いがけず多くの反響をいただいたことがとても嬉しかったのですが、同時に自分の中に、ひとつ引っかかりが生まれました。

それは、「自分が本当に作りたい椅子は何なのか」という問いでした。

テキスタイルの力に支えられたロロスツールを経て、木の家具とは?木工とは?なんだろうと自問自答を繰り返し次は、改めて木だけで椅子を作ってみたい。そう思うようになり、ウィンザーチェアの源流を辿るため、イギリスのハイ・ウィッカムを訪れました。

その街で目にしたのは、何百年も前に作られ、今も当たり前のように残っている椅子たちでした。

誰が作ったのかも分からない、ただ人の手で作られ、長い時間を生きてきた椅子。

その風景を見たとき、京都で触れた桐箪笥の時間軸と重なるように感じ、椅子もまたとても長い時間の中で考えるものなのだと、改めて感じました。

その体験から、自分なりのウィンザーチェアを作ってみたいと思い、日本の風土にあったスティックバックチェアをテーマに取り組むことになりました。

古いウィンザーチェアの多くは、座面が一枚板で作られています。

当時は板を継ぐ技術がまだ一般的ではなかった、という背景もあると思いますが、僕には、一枚板の座面そのものが、とても美しく見えました。

その板の表情が、椅子に静かな佇まいを与え、結果として、長い時間を生きてきたのではないか。そんなふうに感じています。

僕も同じように、広島の栗の木から取れる、一枚板として最大限の幅を使って、座面を作っています。

日本人の体型に合わせて寸法を調整し、あぐらをかけるよう、少し余白を持たせる。見た目は静かですが、体の収まりを考えながら、座面は立体的に削っています。

──座面が木のものは、布のもの以上に長く使えますよね。

そうですね。傷やへこみが出ることはありますが、張り替える必要はなく、手を入れながら使い続けることができます。

この椅子もまた、使われる時間の中で、少しずつ表情を変えながら育っていく。そんなふうに、受け取ってもらえたら嬉しいです。

──後編に、続きます。