【この広告写真、どうやってできたの?】伊右衛門・ポカリスエット広告写真のメイキング|写真家・正田真弘

商業の世界で活躍する写真家やレタッチャー。彼らが普段仕事で考えていること、写真が出来上がるまでに実践していること・意識していることを具体的な広告写真を事例に、構想段階から撮影、そして仕上げるまでの制作過程を深ぼる企画【この広告写真、どうやってできたの?】。

「関わる人みんなに、今日はいい撮影だったなあって思って帰ってもらえるように。僕の考えや、撮影に対する姿勢みたいなものは、撮影する体験と環境に全部表現されていると思います。」

広告写真の世界で活躍する正田真弘さん。前編では、広告写真撮影の技術的な裏側を中心に深掘りした。しかし正田さんの写真づくりには、技術だけではない、大切なポイントがある。その思いを聞いた。

前編はこちら↓
【この広告写真、どうやってできたの?】カロリーメイト・ハローキティ50周年広告写真のメイキング|写真家・正田真弘

PHOTOGRAPHER PROFILE

SHODA MASAHIRO

PHOTOGRAPHER PROFILE

SHODA MASAHIRO

1977年生まれ。東京造形大学デザイン科卒業後、石田東氏のアシスタントを経て渡米。2009年帰国した以降は、グラフィック広告、テレビコマーシャル、雑誌など、幅広いジャンルの作品を数多く手がける。主な企業広告に、大塚製薬、SUNTORY、日清食品、U-NEXT、KIRIN、NTT docomo、ASAHI など多数。『TAPA(Tokyo Advertising Photograpers Award)2015』受賞。日本広告写真家協会『APAアワード 2017』経済産業大臣賞受賞。2016年に作品集『DELICACY』2022年に『笑いの山脈』を上梓。

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「伊右衛門 澄みきるブレンド茶」の広告写真の舞台裏

準備編:イメージの実現法について議論を重ね、「スタジオで撮りましょう」と提案

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サントリー/ 伊右衛門 澄みきるブレンド茶

──伊右衛門の写真、正田さんが撮影を依頼されるのは全体の方向性が決まってからですか?

そうです。伊右衛門がリニューアルされることに合わせて「はじまり」とか「正々堂々」とか、そういった世界観が決められて、僕のところに来るのは最終段階です。

クリエイティブが企画して、クライアントが承認してっていうキャッチボールが何ヶ月も繰り広げられていて、僕に依頼が来るまでにものすごい時間と労力がかかってます。カンプ(デザイン案)も素晴らしいものをいただいたし、それを形にする責任の重さは常に感じています。

──リレーのアンカーみたいですね。この作品はどのように作っていったんでしょうか?

まず、デザイナーさんが作ったカンプをベースに、永野芽郁さんをどう撮るかの話し合いです。クリエイティブとしては屋外で撮ってほしいんだけど、忙しい俳優さんですから当然スケジュールは1日くらいしか取れません。そうすると、まず天候のリスクがあります。

さらに、夕暮れとか日の出の時間を狙わなきゃいけないんで、チャンスは数分しかない。その瞬間に、風の具合で衣装の形がどうなるかとか全てを考えて、ロケで一気に撮り終えるのは可能かという議論をした結果、「スタジオで撮りましょう」と提案しました。

撮影編:スタジオだから実現できる、太陽の位置を逆にしたライティング

──この写真はスタジオで撮影したものなんですか? 背景は自然の空のように見えます。

背景はあらかじめ外で撮って、印刷したものをスタジオに設置したんです。縦・横7mの背景です。早朝の空を撮ったんですけど、東と西で空の表情がぜんぜん違うんですよね。

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西の方が綺麗だってことでそっちを撮影したんですが、そうすると夜明けの太陽が東にあるんで、順光の空を撮ったことになります。でもこの状況を、スタジオで永野さんを撮るときにも再現するのは、ちょっと違うなと。

──と言いますと?

永野さんを一番きれいに撮るためには、光を正面から受ける順光よりも、逆光にした方がいいと思ったんです。衣装の陰影も逆光のほうが質感が出ます。だから、「背景と、永野さんとで、太陽の位置を逆にしましょう」と提案しました。最終的な仕上がりを考えて、光の構造を計算して、右の奥から照らすようにライトをセッティングしたんです。スタジオで撮ったのに屋外のように見えて、合成でもないっていう写真を、印刷した背景とライティングで実現するという手法です。

仕上げ編:レタッチは少なく、撮影の段階で絵として成立させる

──なるほど。素材を組み合わせながら、現実以上の美しさに仕上げるんですね。この写真はどんなふうに仕上げているんですか?

この写真はレタッチは少ないです。撮影の段階でしっかり成立させました。背景の、ブルーだったりマゼンタだったりという色のバランスも複雑ですけど、仕上げで調整するのではなく、現場でのライティングで構築しています。

ライティングは好きですね。常に発見があります。僕らはフィルム世代なので、現場の撮影で完結できるようにしたいという思いはありますね。いかにロケっぽく撮るかっていうところを、技術の積み上げで叶えることに楽しさを感じます。

ポカリスエット・キービジュアル撮影のメイキング

──ポカリスエットの写真も屋外のように見えますが……。

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大塚製薬 / ポカリスエット

これもスタジオです。冬の乾いた日差しもライティングです。やっぱり光は重要ですね。光がリアルじゃないと、写真を見る方も冷めちゃう。

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ポカリはイラストのカンプをいただいて、ある程度事前の打ち合わせはしますが、最終的には現場で決めてます。この広告は親子の雰囲気や空気感が一番大事なので、こういう表情をどうやって引き出すかってことに苦心します。

とはいっても、お二人とはもう10年やってるんで、あんまり味付けせず、二人から自然に出てくるものを撮りたい。この写真は実際に飛んでもらって、一秒あたりのコマ数が多いカメラで連射撮影しました。

この写真もほぼ現場で成立させてるので、レタッチは落ち葉の足し引きぐらいしかしていないです。シンプルな表現ですね。でも年2回、10年やってるんで、マンネリ化しないように、毎回過去を越えていきたいなと思ってます。

撮影現場は店づくり。カメラに集中してもらうための環境を整える

──撮影する時に、技術的なこと以外に心がけていることはありますか?

タレントさんや女優さんから信頼を獲得できないと、いい表情は出してもらえません。だから、そこまでの準備はやっぱり徹底してやります。ここはすごく大事にしてますね。

例えば撮影のとき、セットはもちろん、タレントさんが立ち位置に入ってくるまでのスタジオ内の導線まで綺麗にしておきます。現場の空気も含めて、環境を整えておくこと。全ては撮影が始まった瞬間に、カメラに集中してもらうためです。それによって、いい表情も信頼も生まれると思ってます。

いいお鮨屋さんとか、和食屋さんとかの、お店づくりと一緒かもしれないですね。関わる人みんなに、今日はいい撮影だったなあって思って帰ってもらえるように。僕の考えや、撮影に対する姿勢みたいなものは、そういうところに全部表現されてると思います。

──撮影現場は一種のお店づくりであると。おもしろい視点ですね。

この人が撮ってくれるなら、もっといい表情を出して頑張ろう、と思ってもらえたら嬉しいですね。タレントさんもいろいろ、コンディションとか疲れとかある中で、どうしたら信頼を得られて、いい写真が撮れるかが大切です。

撮られる方にとって苦痛な瞬間が一つでもあったら、そこで信頼を失ってしまいます。だからこっちは表情をよく見極めて撮っていく。変に粘りすぎたりしないように。ただ写真がうまいだけでは、やっていけない仕事だとは思いますね。

この1枚に関わるいろんな人とのコミュニケーションの中で、みんながベストを尽くせる環境をいかに作れるか、ということを僕は考えています。

いい写真を撮れるカメラマンは、いっぱいいるんです。その中で、なぜこの仕事がこの人に依頼されたかっていうのは、総合的なことから決まるんです。写真以外のポイントが、すごくあると思います。

──写真という手段を使ってイメージを具現化する職人でありながら、接客のプロでもあるんですね。両方の視点を持って動くのは、大変なんじゃないですか?

そこは、僕のアシスタントさんたちはレベルが高いし、まとまってくれてるんで。そうでなければ実現できないです。レベルの高いスタジオがあるからこそ、僕の思うようにやらせてもらえてるんだと感じてます。だから僕自身は、このチームの求心力となるような、いい写真を撮り続けていきたいです。

写真提供:正田真弘