私の育った東京郊外にはいくつもの工場が立ち並び、若者の多くがそこで職を得ていたように思います。高校を出た自分も同じように自動車製造工場や電子機器製造ライン、冷凍食品の仕分けなどの流れ作業を転々としてきました。人生の成り行きを自問し、その後は働きながらの進学 を決め、写真という選択肢を見つけました。このような生い立ちによるものなのか、愚直に自分にしかできないことを妄信するあまり、カメラそのものにも疑いを向けるようになりました。
写真機という与えられた条件を少しでも異化して、ノイズを生み出し、変形されたフレームの中で世界を見つめようとする態度は、工場での流れ作業で反動的に染み付いた、世の中への漠然とした懐疑心からくるものかも知れません。
一見して、通常の写真とは異なったパースペクティブが展開されます。撮影に使用した自作の改造カメラは、いわゆるスリットカメラと呼ばれる技法と同じく、主に速さを競う競輪や競馬といった運動競技のゴール判定に使用される技術です。本来なら、条件の整った環境でその機能を発揮します。しかし、都市の中へと無作為にレンズを向けてみると、被写体を歪ませ、引き伸ばし、消し去るといったノイズが生じ、条件にあった被写体しか写し出すことができません。一定の距離や速さ、方向といった諸条件を満たさなければ、このカメラで捉えられる世界は極めて狭いのです。
写るものの正体は定かなものではなく、それで型通りの問いや回答にたどり着けないにしても、形を変えて顕れる時間の痕跡は、世の中を多角的に知るための歪な物差しとなり得るのではないだろうか。カメラを壊す自由は、同時に、自分を縛る不自由さかも知れないが、思い通りには写らないその先に変幻する写真の中でしか見つけることのできない、私の原風景が見え隠れしているのだと思うのです。
PANORAMA / 白井 晴幸
PROFILE
PROFILE
白井 晴幸
東京生まれ | 多摩美術大学卒
特異な技法やシチュエーションを創造するなど、独自のアプローチよって写真が持つ文脈を考察し、解体・再構築することで写真の新たな風景を探究している。
主な展示に、2022年「Showcase Gallery 白井晴幸展」横浜市民ギャラリーあざみ野(神奈川)2019年「VOCA展2019」上野の森美術館(東京)、Belfast Photo Festival 2019「Portraiture In The Post Truth Era」Belfast Exposed(ベルファスト)、2017年「LUMIX MEETS BEYOND2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS #5」(東京/アムステルダム/パリ)、「第16回 写真1_wall展」ガーディアンガーデン(東京)。など。
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■白井 晴幸『PANORAMA』
テキスト:大日方 欣一(写真史家/九州産業大学 教授)
アートディレクション:神戸 太郎
デザイン:PRETEND Prints & co.
翻訳:キャサリン・リーランド
印刷:株式会社ライブアートブックス(大伸社グループ)
発行:白井晴幸事務所
製本:ペーパーバック
ページ:128ページ
判型:29.7 x 21 cm (A4判)
限定500部
¥4,950(税込)