わからないね。なら、予感のする方へ走ろう| 枝優花のかつての私と対話する旅。

過去作と照らし合わせながらあのころと今の私を掘り下げていくこの連載。作品を遡りながら、私がかつての私と対話していくという、おかしな企画だ。でも、おかげで脳内整理できている気がする。おんなじところをぐるぐるしているように思っていたけど、曲がりなりに信念を守って進んできたこともわかった。

そんな連載もついに最終回。今回は、原点となる作品を撮るまでの私と対話しようと思う。

PROFILE

枝 優花

PROFILE

枝 優花

映画監督・脚本・写真家
1994年群馬県生まれ。映画監督、写真家。2017年、主演に穂志もえかとモトーラ世理奈を迎えた初の長編映画『少女邂逅』を発表。「MOOSICLAB2017」で観客賞を受賞したほか、国内外で高い評価を得る。そのほかMrs. GREEN APPLE、マカロニえんぴつ、羊文学、anoなど様々なアーティストのミュージックビデオ撮影や、アーティスト写真撮影も手掛ける。また、ドラマフィル「コールミー・バイ・ノーネーム」(MBS ほか/演出)、ドラマイムズ「ゲレンデ飯」(MBS ほか/演出)、ドラマフィル「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる 2nd Stage」(MBS ほか/演出)など

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「私が監督やるので、家に帰らせてください」

23歳のとき、初めて長編作品を撮った。作品名は『少女邂逅』。私の14歳のときの実体験をベースにした作品だ。

©2017「少女邂逅」フィルムパートナーズ

あらすじ

いじめをきっかけに声が出なくなった孤独な女子高生・小原ミユリ(保紫萌香)。そんなミユリの唯一の友達は山で拾った蚕。ミユリは蚕に「紬(ツムギ)」と名付け、心の拠り所にするが、いじめっ子にその蚕を捨てられ絶望する。その後、富田紬(モトーラ世理奈)という名の不思議な転校生が現れ、彼女を通じてミユリは変化していく。

この映画は綺麗で儚い少女たちの話と言われることが多いが、作った本人としては「変わっていくことは痛みを伴う」というものを描きたかったんだと思う。カフカの小説「変身」を物語内で引用しているが、自分の姿形が自分を形容しているようで本当は違う。ならば我々は何をもって自分とみなしているのだろうか。そしてそれは変容していく。自分も周りも。その変化には痛みが伴う。失うものもある。

私は子どものころ、ミユリのように友達が極端に少なかった。だからずっとビデオで録画した映画やテレビを擦り切れるまで見ていた。そして田舎で暮らす何も知らない私はスクリーンの向こう側に行きたいと思った。

高校の同級生が「無難に公務員かな」と進路について話すのを聞いてたまげた。東京か地元の大学か、決めなければいけないときに担任から「地元なら役所も銀行も就職できて安泰よ!映画なんてほんの一握りじゃない」と説得された。でも、私は「え?先生は映画業界入ったことあるの?ないよね?じゃあわからないじゃん」と生意気なこと言ったりして。ほんとね、今思えば申し訳ないよ。振り返るほど無茶苦茶だ。

なんとなくずっと予感がしていたのだ。私は普通の人ができることを楽しめないと。だから自分が楽しいと思えることを見つけないと、死んでしまうかもなって。それがスクリーンの向こう側にある気がした。

小説家・村上龍が言っていたのだが、この世の始まりはすべて「勘違い」から、らしい。大抵の人間はすごい人を見ると「自分にできるはずがない」と諦めてしまう。しかし、ごく稀に勘違いまっしぐらのやつが「え!チョロいじゃん」と自分はできると思い込むらしい。でも実際やってみるとできない。そこで「おかしいな……できないはずないのに」と思い込みと現実の帳尻合わせをしているうちにできるようになっているらしい。私はまさにこのタイプだ。謙虚さがない。この世を舐め腐っている。そして舐めている自分が正しいと証明したい、からできないことはできるまでやる、という人間だった。ひどい。

そんな私は、高校の先生の反対を押し切って念願の東京へ上京し、引っ越し作業は両親に任せ私は早稲田の映画サークルの新歓へ飛び込んだ。本当にすべてが目新しく寝るのも食べるのも忘れ、毎日映画のことを考えていた。3ヶ月で体重5キロ落ちたからね!(食べてくださいね、本当。)

とはいえ、ここまでは監督になるなんて毛頭考えていなかった。けれど、新入生が映画を撮るという企画で、監督志望の子が脚本を持ったまま消えた。ロケ地も撮影日も決まっているのに、監督と脚本がない。班の皆であわてて話し合いをした。しかし、0から1の作業を大人数でやるのは無理がある。3時間経っても何も決まらない状況に嫌気がさし、というか家に帰りたくて、気づけば「私が監督やるので家に帰らせてください」と言っていた。脚本なんて書いたことがないのに。そんな流れで監督をやることになった。今思えば、あのとき逃げてくれた監督志望の方、ありがとうである。

右も左もわからない私を先輩たちが手取り足取り教えてくれて、無事映画は完成。皆で上映鑑賞までがセットだが、本当に吐き気がするくらい逃げたかった。というのも、初めて映画を撮ってわかったのだ。映画ってマジで意味がわからない。正解がわからない。結構映画を観てきた自負があったが、実際に撮ると「自分は今まで何を観ていたんだ?」と思うほどに何もわからないのだ。演出って?カット割?え?みたいなね。まあ今もそんなわかってないんですが…。

©2017「少女邂逅」フィルムパートナーズ

とにかく自分の最悪な部分をこれから皆様にお見せするのか…と思うと辛かったし逃げたかった。否定されたら嫌だ、とかさ。でも、結果は予想外のもので、私が拙いと思っているとこなんて目もくれず、それどころか気にもとめていなかった部分を褒めてくれたり「どうしてこう撮ったの?」と聞いてくれたり。不思議なのだが、映画の説明をしているうちに、自分の話を、そしてそこから相手の話になり、いつの間にか互いについての会話をしているのだ。そこで初めて気づいた。映画っていうのは、自分や他者を解るためのツールなんだ、と。

友達が少なかった私はこれが全然できなくて、いつも画面やスクリーンばかり見つめていた。その私でも映画があれば、みんなとお話ができるんだ!と感動したのを覚えている。そこからもっと勉強したい、と思い独学で映画を学んだ。当時大学生だった俳優・池松壮亮さんがインタビューで「年間400本は映画を観ています」と言うのを目にして、こんな忙しそうな人でもそんなに観るのか…と少ないお金を叩きTSUTAYA旧作には随分とお世話になった。

インターンでは、現場助監督もした。そこで出会った先輩の助監督に「お前は監督になるの?」と聞かれ、「多分」と言ったら「じゃあ20代のバカなうちに映画を撮らないとダメだ。そうじゃないと俺みたいに一生助監督で人生終わるぞ。新しいことってのはバカなうちにやらないとなんだ」と言われ、素直に「わかりました!」と答えた。そこから現場が終わるまでの数ヶ月毎朝「映画を撮るんだよな?」「撮りますよ!」というやりとりをした。今思えばあれは完全にマインドコントロールだったと思う。感謝。

それで描いたのが、『少女邂逅』だ。この話は、14歳のころの私の話だ。おそらく私の中には14歳の自分が今もまだ生きていて、確実に私の思考やアイデンティティに大きく影響をもたらしている。18歳、初めて本気で自分と向き合って描こうと思った。となれば必然的に14歳の自分が出てくる。

脚本が完成し、今すぐにでもこの物語を撮りたかった私は映画サークルの先輩に脚本を見せた。が、先輩は「これはさ、うちらで作っちゃだめだよ。枝ちゃんがもっとこれから先に出会う人たちと撮るべき」と言われた。私は馬鹿正直に「そうなんだ!」と思い、撮るのをやめた。

©2017「少女邂逅」フィルムパートナーズ

人は想像できることしか叶えられないらしい

そのまま5年の月日が流れ、私は大学を卒業してフリーランスになっていた。そう、就活をしなかったのだ。正確に言えば、就活の道を自分で塞いだ。自分の性格上、真っ当に生きようと決めればどこまでもやるので、おそらくこのままいけば就活をして一般職の内定をもらって、映画とは無関係の人生を送るだろう。そして結婚して子どもに「映画監督とかああいう仕事ってのは、ほんの一握りの人間しかなれないんだよ」と言う。ああ、めちゃくちゃ嫌。そんなの無理。と思った。まあうちの親なんですけどね。

私は「あなたは普通の子」と育てられてきた。自分もそう信じていたし、こんな私がその「ほんの一握りしかなれない映画監督」をすることは想像できなかった。けど同時に、デスクで作業をする自分はもっと想像できなかった。人ってのは、想像できることしか叶えられないらしい。逆に言えば、想像できたらなんでも叶う。まあ、映画監督はおじさんの仕事って思い込んでいた私が言うのも変ですが。というわけで、私は就活のシーズンにドラマ助監督のインターンをぶちこんだりしていた。もうこれで逃げられないぞ!と。でも正直フリーランスとかよくわからなかったし、無計画だった。親には「30歳になっても成功できなかったら地元に戻ってきなさい」と言われた。私は「はいはい~」と二つ返事。今思えばどういう精神状態だったんだ…。

そんな感じで生きていたら、突然知人のプロデューサーから「映画撮らない?」と軽い誘いをもらった。えー!撮りたい!とまた私も軽いノリ。そこで5年ぶりに『少女邂逅』を思い出した。古いパソコンを引っ張り出し、脚本をプロデューサーに送った。そしたら長編映画を撮れることになった。

コラボしたいアーティストを尋ねられ、18歳のときによく聴いていたシンガーソングライター・水本夏絵さんがふと思い浮かんだ。しかし彼女は、活動休止をしてしまっていたから無理かなあ…と検索したら2日前に活動再開していた。ラッキー!試しにプロデューサーに提案すると「あ、知り合いだ」と。え?そんなことあるの?と、とんとん拍子に進み、気づけば1週間後には本人と打ち合わせをしていた。ええ~映画ってこんな感じ?と戸惑いながらもプロジェクトが進んでいった。

そして迎えた主演オーディションの日。よく「入ってきたときからこの子だって思いました」とかいうアレ、まあ主演2人はマジでそんな感じだった。あのときの自分の勘は合っていたと、今でも思う。私が人生で初めて「この人たちのためなら死んでもいい」と腹をくくらせてくれた2人だ。人生を賭ける潔さっていうのはものづくりにおいて結構気持ちがいい。それ以降、私はどの作品でも必ずその気概で俳優と向き合っている。

©2017「少女邂逅」フィルムパートナーズ

撮影は私の地元で行いたいと思っていた。なぜなら『少女邂逅』は私の学生時代の話だから。群馬県の高崎市のフィルムコミッションへ手伝ってもらえないかお願いしにいった。しかし結果は門前払い。覚悟が足りなかったんだと思う。悔しくて1人でもう一度訪ねて「私1人で全部やるし全部責任負うので、手伝ってください」と頭を下げた。そしたら、あれだけ鬼の形相だったコミッションの人たちが笑顔で迎えてくれた。今では地元のもう1つの家族みたいな関係だ。

現場でスタッフの仕事をしながら脚本を同時にブラッシュアップしていたが、どうにも納得がいかず、たまたまいた俳優・斎藤工さんに相談した 。しかし、自分でも一体何が不安で納得がいっていないのか、言語化ができなかった。すると「虫には痛覚がないって知ってる?」と齋藤さんが話し始めた。その話を聞いたとき、ピンと来た。もともと蚕の生態が面白いと思って書き始めた脚本だった。ならば虫の生態を掘っていこう!それによって何か答えが見つかるかもしれない、と。こうしてこの虫の生態は結果的に映画の核となった。映画『昼顔』で生物の先生役をしたから、生き物にやたら詳しくなったらしい。本当に昼顔、ありがとうと思った。そんなこんなで脚本もいよいよ形になって、撮影が始まった。

大前提としてお金がない自主映画だ。スタッフたちは、ほぼボランティア同然で手伝ってくれて1人1食500円も払えない現場で、220円でお弁当や炊き出しを地元の人たちが作ってくれた。おかげで毎日温かいご飯を食べられた。そして当然ながらホテル代は出せない。だから地元にある空き一軒家を借りて皆でそこに泊まった。合宿状態だ。寝室は雑魚寝でかなり地獄絵図だったと思う。それなりに揉めたし泣いたし大変だった気がするが、何者でもなかった私を全力で支えてくれた皆との時間はかけがえがなかった。

©2017「少女邂逅」フィルムパートナーズ

あまりに辛かった日の夜、駐車場でスタッフと話していたら「枝さん、きっとこの映画はすごいことになるよ。俺は思うんだ、多分ね1人の若い子がこの映画を観て、うっかり救われる夜がある、と思う」なんて言ってくれて、マジかよお~って笑っていた。けどその1年後、なんとスペインの少女から「あなたの映画をたまたまみて、不登校だったけど明日学校へ行ってみようと思うの」とメッセージが届いた。マジだった。すごい。

…と、エピソードを上げたらキリがない。

とはいえ、まあそううまくはいかない。完成にあたってさまざまなものを手放さなければいけなかったし、学生時代に貯めたお金はほぼ使い切った。通帳が1桁になったのも初めてみた。ちょっと漫画みたいで面白かった。今だから笑えます。

お金がなさすぎて助監督の仕事をしながら編集をしていたし、いざ初上映の日は現場があっていけなかった。それに大学時代のあの初めての上映の日と同じくらい逃げたかった。大事な作品が否定されたら生きていけない、と思ってスマホの電源を切っていた。夜中に恐る恐るスマホを見ると、想像を超えたたくさんの感想が舞い込んできて、私はまたもや救われてしまった。

それから奇跡が重なってあの映画は全国の映画館で公開され、海外映画祭もたくさん回って、私は自分の映画を通してたくさんの人たちとお話をすることができた。映画があれば文化も歴史も違う存在と分かり合えるのか、と何度も震えた。

18歳のあのとき、先輩が言った「枝ちゃんがもっとこれから先に出会う人たちと撮るべき」という言葉はやっぱり正しかった。この映画を撮ると決めてから集まった仲間たちは、不思議な縁で引き寄せられるように出会った。私に映画を撮れと言い続けてくれた先輩が助監督で、夜中の駐車場で私を励ましてくれたスタッフは絶望した夜にたまたま立ち寄ったTSUTAYAで3年ぶりの再会したことがきっかけだったし、主演の2人はあの時期じゃなければならなかった。他にもあげたらキリがないけど、とにかくすべてが早すぎても遅すぎてもダメだった。あのころ最悪だ!と思った出来事1つでも欠けていたら、『少女邂逅』は完成しなかった。この映画で出会った仲間たちは今もかけがえのない仲間だ。あの時間は生涯絶対に忘れないと思う。

©2017「少女邂逅」フィルムパートナーズ

こう振り返ってみると、なんだかずっと滅茶苦茶だ。ビビリなくせに、大事なときは大体直感で動いているし、何かと人に言われたことをそのまま素直に受け取って、後先考えずに行動していて。しかし確実にそれが今の私を作っている。第1回の連載から読み返すと、まあこの10年で随分と慎重になったり小難しいことで悩んだりするようになったものだ。でも、本来の私はこんな感じだったな、と書きながら思い出した。

結局、あれから10年経っても人生はよくわからない。不安だからって占いを見たり、過去から先を予測したり、未来の計画を立ててみたり。でもさ、それ大して意味ないよね。だって本当に何が起こるか誰もわからないんだもん。それに、わからないことをいくら考えてもつまらないじゃない。だったらワクワクする方へ、予感がする方へ、全力で突っ走る。それしかない気がする。生きるって、結局今をどれだけ本気で楽しめるか、なのかも。小さいころの私からしたら、将来こんなふうに大好きな人たちと大好きなことを本気でやれている自分がいるなんて全く知らなかったわけだし。ってことはこれから先、もっとみたことがない最高がある可能性は大きいよね。なら、そこへ向かって全力で生きる。何のために生きてるの?そうだね、それはきっとずっとわからないね。でもそれでいい。それがいい。

▼information
「少女邂逅」
U-NEXT、Huluなどの動画配信サービスで見放題配信中
【出演】穂志もえか、モトーラ世理奈、松浦祐也、松澤匠
【監督・脚本】枝優花
【主題歌・劇中歌】水本夏絵
【撮影】平見優子
【製作】2017「少女邂逅」フィルムパートナーズ
ドラマ公式X:@kaiko_girl

 Edit:田畑 咲也菜