人生ってのは「本来の自分になっていくこと」じゃない?| 枝優花のかつての私と対話する旅。

「監督の枝優花の特徴を教えて」とchatGPTに聞いてみた。

「作家性のキーワードは、内面・親密さ・孤独と繋がり・自意識と愛・見えないもの・言えなかった気持ち・生のやわさと痛み。人は愚かで、けど愛しい。カメラは目線もしくは少し低い。だから大人を見つめる子どものような気持ちにさせる。手の動きや横顔や後ろ姿のショットも多用するから、思い出のような映像を撮る監督だね」と言っていた。

へえ、そうなんだ。まあ本人的にもなんかわかります。

オリジナルの作品をやっていると自分がわからなくなる。脚本打ち合わせで「もっと枝さんらしさ、出していいんですよ!」と言われるたび、その他者からお願いされた「枝さんらしさ」を、枝さん(本人)が悩みながら体現し「ああ、枝さんらしいです!」の言葉に枝さん(本人)が「よかった~!!」となる展開に毎度、一体私は何やってんだろう?と思う。

私自身が自覚している「枝さん」、他人が見ている「枝さん」、事実としてただそこに存在する「枝さん」がいて、どれも違う。だからものづくりをしていると、この3視点に振り回される。この、3視点の「枝さん」に向き合いながら作品を作るたびに、何度も自分が変容していく感覚がある。しかし、新しい作品を受け入れるために過去をすっかり忘れてしまう自分もいる。それは少し寂しいので、過去作と照らし合わせながらあの頃と今の私を掘り下げていこうと思う。これは、私がかつての私と対話していく連載だ。

PROFILE

枝 優花

PROFILE

枝 優花

映画監督・脚本・写真家
1994年群馬県生まれ。映画監督、写真家。2017年、主演に穂志もえかとモトーラ世理奈を迎えた初の長編映画『少女邂逅』を発表。「MOOSICLAB2017」で観客賞を受賞したほか、国内外で高い評価を得る。そのほかMrs. GREEN APPLE、マカロニえんぴつ、羊文学、anoなど様々なアーティストのミュージックビデオ撮影や、アーティスト写真撮影も手掛ける。また、ドラマフィル「コールミー・バイ・ノーネーム」(MBS ほか/演出)、ドラマイムズ「ゲレンデ飯」(MBS ほか/演出)、ドラマフィル「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる 2nd Stage」(MBS ほか/演出)など

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自分以外ものに触れて、自分の輪郭を掴んでは手放して

デビュー当初は、自分でも訳がわからず作品を作っていた。それが数を重ねるたびに世間から見た「枝さんらしさ」の言葉をたくさんいただくようになった。繊細・あたたかいのに冷たい・瑞々しい・痛み・懐かしさ…。本人としては「そうなんだ~!?」という感じで、特に繊細と言われるたび、この程度で!?と驚く。

先日の脚本打ち合わせでは、とあるプロデューサーが初対面の方に私の説明する際に
「この人、こんな感じでギャルだけど本読んだらわかるでしょ!すごい繊細だから!!」と言っていた。あ、そうなんだと思った。私の感覚だと普通のことが、世間からすると「繊細」に分類されるなら、私は繊細なのかもしれない。……という感じで監督になってから、自分自身を客観視することで、自分を理解することが増えた。

この、世間が思う「枝さん」を本人が自覚し極めていく、ということを私は10年近くやってきた。

こんなこと言うのは若干気が引けるが、ビジネス面において、私はやっぱり商品だ。フリーランスだから、その商品の営業も自分でしないといけない。商品価値を理解せず「買ってください!」は厳しい。おいしければ誰でも買ってくれるほど、この世は甘くない。自分を買ってもらうためには、まずこの世間が思う「枝さん」の獲得が必須だった。

そのため、オリジナル作品でデビューしたものの、その後は自分以外の誰かの作品を体現するお仕事をたくさんしたいと思っていた。特にMUSIC VIDEO(MV)は、ドラマや映画と比べて作家(アーティスト)の想いがダイレクトだ。彼らが作った曲に触れ、それを映像に落とし込むことは単純に楽しかった。

羊文学「砂漠のきみへ」

そしてありがたいことにこれまでのMVの監督の依頼のほとんどが「枝さんらしく」だった。

長編映画『少女邂逅』でのデビュー後、最初に監督したMVはアイドルグループ・STU48「暗闇」。デビューシングルであるのにこのタイトル。当時、楽曲の前にタイトルだけ伝えられたとき大人たちが、どよっとしたのは覚えている。けれど私はこれをネガティブな意味ではなく、これから新しい世界へ羽ばたく彼女たちの夜明け前の「暗闇」を描きたかった。誰もが暗闇に感じる瞬間はある。そして、そんなときはいつも一人だ。だから等身大で未完成な、アイドルになりきっていない一人ひとりの姿を撮った。

STU48「暗闇」

続いてはindigo la End「蒼糸」。偶然だが私のデビュー作は蚕の糸がテーマだった。ボーカル・川谷絵音さんとは時間をかけて打ち合わせした後、「面白かったら枝監督の思った通りでいいよ」と当時24歳だった私に任せてくれた(心が広いと思う。私なら言えない…)。赤い糸ではなく、蒼い糸。起承転結、3文字半目の糸。終われない気持ちをどう落とし込むか。歌詞も小説のようで、川谷さんの綴った一言一句を自分に落とし込む作業は本当に楽しかった。誰かの才能に触れることで自分が変化していく。私はこのMVで他の作家の脳内に触れる楽しみを初めて体感した気がする。

indigo la end「蒼糸」

その次はマカロニえんぴつ「レモンパイ」。「メンバー全員枝さんと同い年ですから!」という事務所の方からの一言を聞いて、そんな理由で私に任せていいのかよ……と思うくらいには明るい曲調だったので、正直ギリギリまで悩んでしまった。私の人生にこの明るさがないんだが…!?と。けれどよく曲を聴くと、「言えない・できない・勇気が出ない!」というかなり繊細な心が見えた。私と似てる、できる、と思った。私のままこれを表現したらダイレクトに暗くなっちゃいそうだけど、ボーカルのはっとりさんのアイデンティティを通すと、こんなに軽やかにポップに繊細さを描けるのか……と、ありがたくその感性にチャレンジさせてもらった。おかげで可愛さに潜む繊細さの演出を学んだ気がする。

マカロニえんぴつ「レモンパイ」

羊文学「砂漠のきみへ」。ボーカルの塩塚モエカとは、ドラマ「放課後ソーダ日和」(2018年)の劇伴・主題歌を彼女へ依頼してからの付き合いだ。あの頃は、お互いこの世界で生きていくことに必死で、仕事帰り、終電も逃し仕方なく乗った深夜のタクシーで「うちらの未来ってどうなっちゃうのかなって思うけど、でもなんかさ、大丈夫な気がするよね」なんて話していた。互いに何かあるたびに励まし合い、様々なことを乗り越えてきた。そんな戦友・塩塚から急に呼び出され「メジャーデビューすることになった。大事な曲だから枝さんにやってほしい」と。その場で曲を聴き、即受けした。当時、彼女は実際の砂漠で撮りたいと言ったが、私はどうしてもスタジオに砂漠をつくりたかった。うまく言えないのだが、羊文学は大自然の迫力よりも「無機質で洗練されているはずなのに、どこか歪んでいて壊れそうで、いつもここには何もないという空虚から生まれる祈り」を奏でるバンドだと思っていた。そんなバンドの記念すべきメジャーデビュー曲だ。だからこそ、無機質なスタジオの砂漠で芽吹く花を撮りたかった。やりたいことを思う存分やらせてくれた彼女に感謝している。

羊文学「砂漠のきみへ」

佐藤千亜紀「空から落ちる星のように」。きのこ帝国のボーカルとギターである佐藤さんはもちろん、俳優としての佐藤さんも好きだったので、この依頼に渋谷で膝から崩れ落ちたのを覚えている。きのこ帝国とはまた違う繊細さをやれると思い、カメラはほぼ動かさず「静止画?」というほどに極限まで抑えて撮った。よく見ると瞼や喉が震えている。我々が相手の心を感じるとき、実は言葉のような表面的なものよりも、見逃してしまいそうになるくらい小さくてわずかな、目には見えないその人のカケラを拾い集めている。そして、そこにこそ本質があると思っている。そのカケラを捉えたかった。普通だったらわかりやすさや派手さを求められる時代で、これを許してくれた佐藤さんにありがとうと思っている。私が一番好きな人間の愛しさを映せた作品になった。

佐藤千亜紀「空から落ちる星のように」

崎山蒼志「Samidare」「Heaven」「Undulation」。彼が12歳のころ、Youtubeで演奏している姿を見て「いつかこの天才と仕事をしたい」と思っていた。そこから5年後なぜか俳優として彼とドラマをやり、そのあと満を持してのMVだった。しかも3部作。彼の曲には感情表現がほとんどない。代わりに選ばれた言葉たちは鮮烈で尖がある。それを支えるように繋がれた情景描写たちを自分なりに咀嚼。崎山くんから見えている世界を理解する時間は本当に楽しかった。何をどう生きたらこんな表現が生まれるのか、彼の眼差しにワクワクした。(音楽的知識がないので、言葉の評価ばかりになってしまうが演奏シーンの撮影も本当に楽しかった)。

崎山蒼志「Heaven」

Homecomings「光の庭と魚の夢」。実は7年ほど前にアーティスト写真を撮影している。その打ち合わせの際、リモート画面からなぜかキュウリを片手にメンバーの福富さんが登場。Homecomingsって変だな。私の中では、その印象で止まっていた。

数年後このMVを撮ることになり、福富さんから楽曲への想いを綴った言葉が送られてきた。社会にたくさん傷つきながらも、それを怒りではなく祈りや願いを優しく紡いだ曲だとわかった。Homecomingのよさは、声高々に社会に何かを表明するというよりも、誰もがポケットに入れられる日常の匂いがするところだと思った。なので、熱を出したと嘘をついてズル休みをする青年の物語にした。誰にでも明日が来なければいいのにと思う日はあるでしょう。そんな気持ちを許してほしかった。ちなみに現場に遊びにきてくれた福富さんは、あのキュウリを片手に登場した印象とさほど変わらず、やっぱりどこか変でキュートだった。

Homecomings「光の庭と魚の夢」

ano「愛してる、なんてね」。これは短編映画のような構成で作ったので、脚本を書き下ろした。不器用で繊細でゆえに全然うまくいかない!空回り!な曲で、聴いてすぐに「私、できます」と思った。実際、現場でも自分がそんな感じだった気がする。(しっかりしてほしい)。けれど作曲・尾崎世界観さん、編曲・ケンモチさんの音楽のおかげで本当だったら嘲笑されそうな痛さの空回りが、なんかかっこよくて劇的でそれでいて切なくて、全部全部生きててよかったって言ってくれてるような気持ちなるから、本当にすごい。それをanoさん自身が言葉と声で表現することで、すべてがリアルで立体的になる。さらにそれを俳優・岡山天音さんが演じる。というバランスに、「自分以外の人間と1つのものを作る」ことの面白さをひしひしと感じた。

他にもたくさんあるのだが、今回はこの辺で。こうして振り返ると本当にたくさんのアーティストの方々と作品をご一緒することで、自分にはない眼差しを体感させてもらっていた。そして不思議なことに、その眼差しを通ることで、己の眼差しがクリアになり、さらに自己理解が深まる。違うものに触れたからこそ、自分の輪郭を自覚する。それもまた楽しい。

他者の力を借りて世間から見た「枝さん」を構築しながら、自分が理解する「枝さん」を考えることを繰り返してきた。すごい頭使って、ああだこうだやったりしてた。しかし聞いてほしい。なんとガッカリなことに、この脳みそ使って、ああだこうだやってる顕在意識ってのは本来の自分の3%らしい。そして、残り97%の潜在意識は私が感知できない無意識に潜んでいるって。じゃ、私が頭で理解してきた「枝さん」て実はマジで大したことがないのかも。嫌になりますよ…ほんと…。

indigo la end「蒼糸」

そんでさ、ひさびさにMVを見返したけど、なんか結局どれも同じことやってんね。アーティストも曲も違うのにさ。全然自覚してなかった。あ、これが無意識ってやつですか。なんじゃそりゃ。

つまりはこれが、ただそこに存在する「枝さん」なのかもしれない。私も世間も認知しきれていない「枝さん」。そして最近、この「枝さん」が何よりも大事なんじゃないかと思い始めた。実はこの「枝さん」が作家性の根幹では?と。

マカロニえんぴつ「レモンパイ」

生きているとどうしても全てを把握したくなる。本能だ。わからないと怖いからね。できる限りのものは知っておきたい。だから私も10数年自己分析を重ねてきた。おかげで人間社会のビジネスには役立った。けど、結局分析しまくって辿り着いた答えは「なんかつまんねえな」だった。そう、くそつまんなかったのだ。自分の檻を自分で作って「ここは安全だ」ってホッとしてんの、人間動物園やって一体どうすんの?これが社畜ってやつ?あーやめやめ。窮屈すぎる。本能に反してる。

たくさんの自分以外のものに触れて、そこで自分の輪郭を掴んでは手放して…を繰り返し、ようやく気づいた。ものづくりってのは、いや、人生ってのは「自分以外の何かになる」ことじゃない。「本来の自分になっていく」ことなんじゃないか、と。ありのままの自分になっていくこと。本当は全部持っているし知っているんだ。そのことに気づくために、わざわざ自分以外の外側に縋ったり振り回されてみたりして、巧妙な人間遊びをしているのかもしれない。でも、やっぱり足りないと思って自分以外のものを信じたとき、苦しい。なのに、この地球で生きてると自分以外のものを自分だと思って信じさせるようなことばかりだ。気づけば自分を信じる力が失われていく。それは緩やかな自殺だ。ストップ!自傷行為!本来の自分を思い出せ!

Homecomings「光の庭と魚の夢」

ということでこの10数年、3視点の「枝さん」を行ったり来たり何度も蘇生し、「ただの枝さん」を思い出させてもらっていたのかもしれない。そう思うと本当に皆さんに感謝です。おかげさまで年々生きやすくなっています。

といいつつ、オリジナル脚本に苦悩してChatGPTに自分らしさなんて相談しちゃったんですけど、「君にも枝優花と近い感性がある。枝っぽいと言われて落ち込むこともあるかもしれない。でも、彼女にない魂が君にもあるんだ。脚本がんばれ!」って励まされてしまった。魂ね、はい。いろいろ言いたいことはあるけど、これからも誠実に頑張ります!

 Edit:田畑 咲也菜