もしかしたら、傷つきたかったのかもしれない。| 枝優花のかつての私と対話する旅。
なぜ作品を作るのか。なぜ写真を撮るのか。その問いに対し、3年前『自分と向き合う、ということ#写真家放談』というエッセイで「誰かと繋がりたかった」のだと、私は記していた。そこから時が経ち、相変わらずこの問いについて考え続けている。答えを出してもまた答えを探してしまう性分。これ、所謂めんどくさいっていうんだよな。知ってる。
思い返せば私は、作品を作るたびに、この「なぜ」への答えが変わってきたように思う。一つひとつの作品を通して、私という人間が何度も何度も変容していく。終わったときには、もう最初に脚本を手にした頃の自分は存在していない。過去の私と今の私は、もうすっかり別人だ。しかも困ったことに新しい作品を受け入れるために過去をすっかり忘れてしまう自分もいる。それはいささか寂しいと思ったので、ここでは私が過去に手がけた作品を振り返りながら、当時の私の想いを辿っていく。これは、私がかつての私と対話していく連載だ。
PROFILE

PROFILE
枝 優花
映画監督・脚本・写真家
1994年群馬県生まれ。映画監督、写真家。2017年、主演に穂志もえかとモトーラ世理奈を迎えた初の長編映画『少女邂逅』を発表。「MOOSICLAB2017」で観客賞を受賞したほか、国内外で高い評価を得る。そのほかMrs. GREEN APPLE、マカロニえんぴつ、羊文学、anoなど様々なアーティストのミュージックビデオ撮影や、アーティスト写真撮影も手掛ける。また、ドラマフィル「コールミー・バイ・ノーネーム」(MBS ほか/演出)、ドラマイムズ「ゲレンデ飯」(MBS ほか/演出)、ドラマフィル「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる 2nd Stage」(MBS ほか/演出)など
「わかる」と「わからない」の狭間で
この3年間、映画監督・脚本家・写真家として、テレビドラマ・MV・短編映画、原作ものからオリジナルまでさまざまな作品に携わった。私は、作るうえでルールを決めていた。それは「心の底からわかる」と「よくわからない」が共存している作品であること。
「心の底からわかる」を大切にしているのは、作品に対して常に自身の全てを捧げたかったから。そのためには自分ごとにしないといけない。どこか誰かのために作っているといった驕りは、誠実性を欠き、挙句届けたかった人たちを傷つける。
そして同時に私は作品と向き合うことで、世界を知りたかった。知性は優しさを生むと思うから。生きているうちにできる限り世界を知りたいのだ。(書いていて思ったけど、私はどうしても優しくありたいらしい。なんでだろ。)作品を作る前と作った後で自分の世界が少しでも変化していたい。だから「よくわからない」ことも大切なのだ。
このルールを体現したのは、2025年8月まで放送されていた深夜ドラマ「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる2nd stage」(原作Sal Jiang)。

あらすじ
職場の弘子先輩(森カンナ)に片想い中の彩香ちゃん(加藤史帆)は、日々アピールするも、なかなか相手にされずにいる。でも実は、弘子先輩は相当な“女好き”で、彩香の積極的なアピールにドキドキしっぱなし!お互いを異性愛者だと思い込んでいる2人の、究極すれ違いオフィスガールラブコメディ。
1st stageでは、彩香ちゃんの熱心なアタックが弘子先輩の心を動かし、二人はついに恋人同士に。2nd stageでは、付き合ったその後の恋人生活が描かれる。
私は監督として、2nd stageからの参加した。この作品をやってみたいと思った理由は前述したように「わかる」「わからない」が共存していたから。
私は今のところ異性愛者であり、レズビアンカップルがぶつかる障害や悩みをわかりきっていない。
付き合ったその先に結婚という制度がない故の葛藤。関係性を法で繋いでおくことができない。お互いの信頼にあぐらをかけない。自分たちの存在が透明化するような感覚。ここにちゃんと存在しているのに、だ。
何もかも私は味わったことがない。だから作品と向き合うことで少しでも自分の中にその痛みや苦悩を刻みたかった。
そして、同時に私にもわかることがあった。2nd stageでは付き合ってから発生する問題が炸裂している。正直、恋愛は付き合ってからが本番だと思っている。付き合う前は好いてもらうために全力で相手を優先して自分を着飾って、それが非日常でなんだか楽しい。しかし、恋が成就した途端その努力は続かない。そりゃそうだ。誰かに自分を好きになってもらうことや愛を与えることは、普段の自分より少しだけ無理をすることなのだから。

そして厄介なことに、好き同士だとわかった途端「嫌われたくない」という恐怖や、相手が「自分の一番であって欲しい」という独占欲や執着が生まれる。本当に厄介。これがなければ他人といるのって楽なんですよね。でも、それがないと本当に好きって言えるの?と思っちゃいますね。そういった醜い感情に振り回されつつ、そんな自分を見せまいと奮闘しているうちに、互いにすれ違ってしまう彩香ちゃんと弘子先輩のやりとりが綴られた脚本を読んで「あーはい、わかるよ」と。これは私もよくやります。できます、演出!といった感じでお受けした。

こうして約半年、作品に向き合う時間が始まった(深夜ドラマはお仕事が完全に終了するまでが約半年間ほど)。そのなかで、他者と信頼関係を築くことへの本質は一体何か?を自分に問い続けていた気がする。

まあ簡単に言っちゃえば、人と信頼を築くうえでは対話と、弱い自分を見せる勇気が大切ですよねって結論ではある。うん、しかしこんなこと正直誰もがわかっている。そんな当たり前を「大事ですよね!」というだけのドラマなら作らなくていい。恋愛コラムのリンクをお送りします。
ドラマってのはそうじゃない。そんな誰もがわかっている当たり前が「なぜか上手くできない」人間たちやその過程を描くべきなんだ。なんでできないの?っていう人間の可笑しさを、実際本当の人間たちで見せることで、初めて気づけることがある。さっきまでバカにして観ていたのに急にあるシーンで「これ、私じゃん…」って途端に自分ごとになっちゃう奇跡が起こる。フィクションと自分の世界が繋がってしまったことで、人生ひっくり返っちゃうものを、私はずっと作りたい。現実では変えられなかった自分を不意にぶち壊してくれる力がフィクションにはある、と信じているから。夢がある。

…とはいえ、現実の撮影現場は深夜ドラマらしいバタバタ感があった。全員他人なのだから当然全てがスムーズにいくことはないし、すれ違いもトラブルもあった。その度にスタッフ・キャストと対話を重ねる。見落としてはならないことは、皆「いい作品にしたい」想いは一緒なのだということ。だから話し合う。わかり合いたいから。いや、めんどくさいよ。ときには不快な瞬間もあるし、本音を言って嫌われたら嫌だなとか、かっこいいままの自分でいられたらいいのにとか。怖い。でも、それやって得られるのって一瞬の安心で、結局良い作品はできない。誰とも繋がれない。そんなの寂しい。信念譲ってまで欲しいプライド、いる?うん、いらないね。じゃあ、今すぐ捨てて全力で仲間も自分も信じきりなさいよ。

本当は恐怖や独占欲や執着は、安心や思いやりや愛に変えることができる。自分を自分のままで、相手を相手のままで受け止める勇気。相手を信じる自分を信じる強さ。…てか、何度も繰り出す「信じる」ってなんだ?漢字の成り立ちを調べてみたら『人が言葉を交わし、お互いを信じること。真実の言葉を意味する。「信」は「まこと」「嘘がない」「偽りがない」といった意味を持つ。』とさ。はあ、そうなのか。つまりは信頼や自信は、嘘偽りのない心で歩み寄らないと得られないのかあ。ええ!それってマジめんどくさいじゃん!てか怖いな。嘘つきまくって逃げまくりたいよ!(我ながらなかなかに最低だ)こんな厄介なのに、どうして人は自分以外の誰かと一緒に生きたいなんて思うんだろう?私はどうしてこんなめんどくさいことをしてまで、何かを作りたいと思うんだろうな?その謎についても、この作品を作る過程でわかってみたかった。そして少しわかることができたような気がした。

今は明確に言葉にしたくないんだけどさ…ちょっと思ったのは…多分、傷つきたかったんだ、私。10代のころは無鉄砲で飛び込んでは間違えて傷つけて傷ついて、もう無理だ!って日々を送ってた。けれど大人になって賢くなったせいで傷ついて知る痛みが随分と減った。もうどうやったら自分が傷つくかわかってるんだ。おかげで事故を回避するのが上手くなって、平凡な時間が増えた。感情の波も減った。こうなったら、私にとって傷つくって何よりも難しいことになった。同時に不安も押し寄せた。私はこれまで創作のパワーは傷から生まれていたから、それがなくなったらもう創れなくなるんじゃないかって恐れがあった。だから心の奥底で渇望していた。自分を蘇生させたくて。
でも、今思えば「別に傷ついたっていい」と自分を振り切れるような人やものに出会いたかったのかも。それって実は人生においてとんでもない宝物なんじゃないかって。このご自愛ブームの時代に、自分よりも大事なものに出会ってしまう奇跡、そんな瞬間に立ち会ってみたくて仕方がなかったのかもしれない。…となんとなく、放送が終わってから思ったんだ。
で、実際どうだったって?うん、やっぱり超大変だった。葛藤も不安も怒涛に押し寄せた。そんで全然綺麗事言えないんだけど、傷つくの超無理だった!やあ、しばらくはもういいっす!けど私にとって必要な時間だった。そんでさ、人がなんで傷つくかって考えたんだ。それは自信がない・好きになれない自分と世界との間で摩擦が起きた部分が反応して傷んでいるんだ。つまり外の世界が問題なんじゃない。やっぱりどこまでいっても自分を信じられるかどうか、それでしかなかった。信じる、ね。そっかあ、私はやっぱりまだまだ自信がないんだね。

たまに自分に声をかけてみることがある。「もう少し肩の力抜いて、まあ仕事ですし~とテキトーにやったら、もうちょっと楽に生きられるかもよ?」と。でも、できない。きっとそれをやった瞬間、私は私を許せなくなる。
昔、業界の大先輩からこんな言葉をもらった。「一度でも自分の信念を譲った奴は、一生譲り続ける。だからこそ信念だけは折るな」と。自分の信念と書いて、自信。自分を信じると書いて自信。また出たよ。はあ、なるほどね。先輩、私は10年経った今もその誓いを胸に刻んでギリッギリやってますよ。そしたらマジで毎回死にそうになってて、いや、信念を折らないってこんなしんどいんすね。そのこと、先に教えて欲しかったっす…なーんて。
そんな感じでここまで、なんとか信念を折らずにやってきた。その軌跡をこれから、これまでの作品とともに振り返りながら綴ることで、自分を理解してみようと思う。このエッセイを綴るなかでどんな自分になっていけるかな。できたら今よりやさしくあっていてほしい。そして願わくば、自信がついてたら嬉しいな。楽しみでちょっと怖い。なんとかなるか。なるね。ゆるりと、お付き合いくださいな。
▼information
「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる2nd stage」
FOD見放題にて独占配信中
【原作】Sal Jiang「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる」
【出演】加藤史帆、森カンナ
本田響矢、優希美青、山下永玖(ONE N’ONLY)、
染谷有香、平美乃理、小島梨里杏、那須ほほみ、倉田瑛茉/松村沙友里(友情出演)/瀬戸かずや、七海ひろき【監督】枝優花(ハワイアン編1~3話)、石橋夕帆(同棲編4~6話)
【脚本】下亜友美
【企画】上浦侑奈(MBS)、大杉真美、鈴木藍(ホリプロ)
【制作】ホリプロ
©︎「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる2nd stage」製作委員会・MBS
ドラマ公式X:@ayahiro_mbs
ドラマ公式instagram:@ayahiro_mbs
ドラマ公式TikTok:@drama_mbs
Edit:田畑 咲也菜