映画『遠い山なみの光』スチールカメラマン・松井綾音インタビュー「嘘をつかない写真を撮り続けたい」
2025年9月5日(金)に、映画『遠い山なみの光』が全国公開されます。
本作は、作家・カズオ・イシグロと監督・石川慶がタッグを組み、主演の広瀬すずほか、二階堂ふみ、吉田羊、松下洸平、三浦友和ら豪華キャストが集結。終戦80周年となる2025年の夏、女たちがついた“嘘”にまつわる物語がスクリーンに描き出されます。

あらすじ
日本人の母とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ。彼女は、戦後長崎から渡英してきた母悦子の半生を作品にしたいと考える。娘に乞われ、口を閉ざしてきた過去の記憶を語り始める悦子。それは、戦後復興期の活気溢れる長崎で出会った、佐知子という女性とその幼い娘と過ごしたひと夏の思い出だった。初めて聞く母の話に心揺さぶられるニキ。だが、何かがおかしい。彼女は悦子の語る物語に秘められた<嘘>に気付き始め、やがて思いがけない真実にたどり着く──。
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本作のスチールカメラマンは、ポートレート撮影から映画のスチール撮影まで、幅広く撮影を手がける写真家の松井綾音さん。スタジオから独立し、写真家・柴崎まどかさんのアシスタントとしてスチールカメラマンのキャリアを積んできた彼女に、今回の現場はどのように映ったのでしょう。
今回のスチール撮影にまつわるエピソードから、カメラマンとして作品に込める想いについて伺いました。
PHOTOGRAPHER PROFILE

PHOTOGRAPHER PROFILE
松井綾音
フォトグラファー。兵庫県出身。都内スタジオ、アシスタントを経て2020年独立。ポートレートを中心に、雑誌、写真集、映画やドラマのスチール撮影など幅広く活動を行う。近年の主なスチール参加作品に、映画『あんのこと』(入江悠監督)映画『君の忘れ方』(作道雄監督)など。「生きてた記録を残しませんか、」写る人が、数年後、数十年後にみてあの時撮っててよかったな、と思える写真を撮り続けています。
@matsui_photo https://www.matsuiayane.com/脚本を読み、記憶と希望の作品だと捉えた
ーー今回、映画『遠い山なみの光』でスチール撮影をご担当された範囲を教えてください。
“スチールカメラマン”が担当する、ティザーポスターやメインポスター、それからパンフレットに使われている写真を担当しました。あとは、劇中に登場する写真の一部も、私が撮影したものが使われています。ただ、私が撮影を担当したのは「長崎編」のシーンに関わる写真だけで、イギリスでの撮影は別のカメラマンの方が担当しています。

ーースチールを担当することになったきっかけについて教えてください。
3、4年前に、単発ドラマでご一緒したTHEFOOLのプロデューサー・新野さんからスケジュールのご相談をいただいたのがきっかけです。石川監督の作品は以前から観ていたので、ワクワクしましたね。すぐに、映画の原作となった小説を購入して読みました。
ーー脚本を初めて読んだとき、どのような印象を受けましたか。
とても不思議な印象を受けました。でも、主人公が語り手として過去の記憶を辿っていく……みたいなお話なので、記憶の話なんだなと。タイトルには「光」が入るので、できるだけ作品の中で希望を見つけながら、嘘にならない写真を撮ろうと思いました。
ーー撮影に向けて、どんな準備をされましたか。
1950年代の日本の背景を調べましたね。それから、この作品はVFX(※)が使われるとのことだったので、同じくVFXを使用していて、50年代以降のお話である『ALWAYS 三丁目の夕日』などのパンフレットなどを参考に読み、自分ができることを考えました。また、いろいろな見解がある作品だと感じたので、小説のレビューを見て、自分の主観だけにならないようにイメージを広げました。
※VFX:映像作品において、グリーンバックなどを用いて現実には存在しない視覚効果を映像に与える技術
あと、脚本ではどうしても撮影場所のイメージがつかないこともあるので、事前にロケハンの写真を確認していました。普段はこちらからお願いして、ロケ地の写真を送ってもらうことが多いのですが、今回は最初からオープンに共有されていて。おかげで撮影の準備や心構えがしやすくて、とてもありがたかったです。

スチール撮影で、大切にしているのはコミュニケーション
ーー撮影はどのようなカメラで行ったのでしょうか?
本番中、俳優さんが一番いい顔をされる瞬間を切り取りたいので、ソニーのシャッター音が消せるデジタルカメラを2台使用しました。レンズ交換の時間がもったいないので、2台のカメラのレンズをそれぞれ違うものにして、いつでも撮影できるようにしています。
本編の映像がフィルム調だったので、その当時の記録により近いものになればと思い、フィルムカメラ用のオールドレンズなども使用しました。

ーー特に思い入れのあるお写真はありますか。
撮影のときに印象的だったのは、三浦さんと渡辺(大知)さんが話し合うシーンですね。感情が溢れるこのシーンは長回しでの撮影だったので、とても緊張感がありました。

ーー撮影において苦労した点はありますか。
VFXのシーンがたくさんあるので、思った画角で撮影するのが難しかったです。というのも長崎編の撮影は、場所や時代も考慮して、窓の外や街並みの一部は合成だったりして。グリーンバックが映らないように気をつけなければいけないので、画角が制限されてしまうんです。
また、写真と映像がまったく別物のトーンになると、それは別の作品になってしまうんですよね。今回は、撮影監督のピオトルさんの希望もあり、映像の色彩を現場で調整するDITの山口さんから、毎日各シーンのスクリーンショットをいただいて、写真トーンをなるべく映像に近づけるようにしていました。
撮影中って、当然まだ完成した映画は見られないので、撮影終わりに「ちょっとお願いできますか?」って声をかけて。スチール写真は映像ありきなので、その映像に近づけるようにしました。

ーー撮影中の立ち回りで心がけたことはありますか。
どの現場でもそうなんですが、できるだけ自分の存在感を消して、他のスタッフに自然に馴染むことを心がけています。急にスチールカメラマンが入ると、俳優さんに「宣伝写真を撮られてる」と思わせてしまうかもしれないので、常にカメラや録音部のすぐそばにいて、撮っていないときもカメラを構えたりしていました。
一枚の写真が、映画を観るきっかけを与える
ーーそういった立ち回りは、どうやって身につけたのでしょうか。
アシスタント時代、柴崎さんのスチール応援で現場に入らせてもらったり、先輩である三宅英文さんや迫村慎さんの現場も手伝いに行く過程で、身につけていったものだと思います。
最初は、本当にどこにいればいいかもわからなかったし、右も左もわからなかったんですよ。だから、とにかく現場の人の言うことを聞きましたね。プロデューサーにどんな写真が必要なのかを聞いたり。
やっぱり、スチールの現場ってカメラマンは基本的に1人だから、お手本になる人を見ることもないんです。だから先輩がどんな立ち回りをしているのかを聞いて、それぞれのいいところを取り入れていきました。
ーースチール撮影を始められたころと現在とで、意識の変化はありますか。
自分が撮影をしたスチール写真がきっかけで、映画を見てみようと思う方がいるかもしれない。1人でも多くの人に映画が届くように、手助けができるようになりたいと思うようになりました。
今までも映画を見てエンドロールにたくさんの名前があり、たくさんの方が作っているということは理解していたのですが、実際に映画の現場に行ってエンドロールにある名前の方々と話すことで、一本の映画のために多くの人が時間と労力を使っていることを実感するようになりました。
だからこそ自分が撮ったスチール写真に責任を持って、その映画を正しく、より多くの方に届けたいという想いが強くなったんです。

ーー松井さんはポートレート撮影もされていますが、スチール撮影とポートレート撮影で、それぞれ大切にされていることを教えてください。
どちらも自分の主観を削り、嘘を撮らないことを心がけています。
スチール撮影のときは映画の本編のイメージと差異がないように、ポートレート撮影のときは、極力嘘は撮らないように。カメラマンは被写体の「よさを引き出す」っていうけれど、悪いときもその人自身だからマイナスに捉えたくないなと思うんです。例えば、寡黙な人がいたとしたら、無理に笑かせたりせずにそのままを撮りたいなと思います。嘘をつかなくていいような空気を作りたいですね。
ーー本撮影を通じて、スチールカメラマンとして新たな学びや気付きはありましたか。
さっきも少し話に出ましたけど、いろいろな部署とのコミュニケーションをとることは大切だと改めて感じました。
やっぱり、「写真を撮りたいから」って独りよがりにガツガツやっちゃうとみんな幸せにならないので。みんな一緒のチームだと思うことが大事だと思います。だから私は現場では全部署の方と話したり、スタッフ写真を撮影してお渡ししたりしていました。
私がパソコンで作業をしていたら「現場スタッフのTシャツ作れる?」と言われて。「じゃあ、私作ります!」という流れで、照明技師の方と共にスタッフのTシャツのデザインをしたりもしました。撮影以外でもコミュニケーションをとることが、いい現場づくりのためにも大切だと思います。

ーー撮影を終えて、作品を通して感じたことを教えてください。
写真を撮る者として、戦後の日本に想いを馳せ、そこに生きた悦子の記憶を静かに記録しました。レンズを通して感じ取ったものが、観てくださる方の心にもそっと響けば幸いです。
▼information
映画『遠い山なみの光』
【公開日】2025年9月5日(金)TOHOシネマズ日比谷他 全国ロードショー
【監督・脚本・編集】石川慶
【原作】カズオ・イシグロ/小野寺健訳「遠い山なみの光」(ハヤカワ文庫)
【出演】広瀬すず、二階堂ふみ、吉田羊、カミラ・アイコ、柴田理恵、渡辺大知、鈴木碧桜、松下洸平/三浦友和
【配給】ギャガ
©︎ 2025 A Pale View of Hills Film Partners
Text&Edit:田畑 咲也菜