服部恭平「ねぇ」 – 文で読む写真展
「耳で聴く美術館」を主宰するaviさんによる、フォトアートを自身の言葉で綴る連載「文で読む写真展」。今回も、aviさんが写真の奥にひそむ物語を、静かにひもといてゆく。
PROFILE

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avi / 耳で聴く美術館
美術紹介動画クリエイター。1992年大阪府生まれ。「心が震えるアートの話をしよう」をテーマに、動画プラットフォームを起点にアートの魅力を紹介。大学で美術教育を学び、教員資格も持つ。キャッチーな表現とわかりやすい解説、柔らかなCalmボイスで急激にフォロワーを伸ばし、アートの間口を広げた。現在抱えるフォロワー数は50万人を超える(2025年3月時点)。
@mimibi_art301 https://www.mimibi.ch/

9月の取材候補として、ENCOUNTER MAGAZINEの小松崎さんからいくつか提案をいただいた。眺めていると、「この光景、どこかで見たことがある」という不思議な既視感に襲われる写真が一枚あった。
それが、今回取材した写真家・服部恭平さんの個展「ねぇ」との出会いだった。


特に目を引いたのは、デニーズを写した一枚。10年以上前に眺めたことのある景色をみて「ああ、懐かしい」と思わず感慨に耽ってしまった。当時の情景や気持ちが、ありありと蘇るような感覚をおぼえる。
そんな、思わず「ねぇ」と声をかけたくなるような親密さを感じる写真たちは、6×7の中判カメラを用いて撮影されている。



プロフィールを拝見すると、服部さんは1991年大阪府茨木市生まれ。1992年に隣の市で生まれた私とは出身地も年代も近いことに気がついた。同じ年代・同じエリアで生まれた人が三十数年間、どんな人生を歩んできたんだろうと気になってしまう。同じ川で生まれて、大海を旅し、また同じ川に登って戻ってきた鮭に「どんな海を旅してきましたか?」と質問するような感じ。(伝わるかな?)


服部さんは2012年にファッションモデルとして上京。モデルとして写真を撮られる機会が多い中で「自分でも撮ってみたい」という思いが募り、2018年から独学で本格的にカメラを始めたそうだ。
私はふだん動画クリエイターとして美術展の紹介動画を作る事が多いのだが、絵画や彫刻を作る作家たちに
「なぜこの色を選んだの?」
「なぜこの画材を選んだの?」
「なぜこの支持体じゃないといけないの?」
と(ちょっとしつこいくらい)言語化して教えてもらうことが多い。
今回も服部さんに「なぜオレンジ色の光の作品が多いのですか?」と聞いてみると、「世の中はオレンジ色の光が多いので、カメラがその瞬間を押さえたんですよ」という答えが返ってきて、少し拍子抜けしてしまった。
まるでカメラという別人格がいて、その人と共同で作品を作っているような印象を受けたのだ。
服部さんによれば、人間は気分の浮き沈みやその時の心の持ちようを通して世界を見るのだけれど、カメラはそこに気持ちを介入させず、フラットに記録してくれるのだという。
だから、服部さんが今シャッターを切りたいなと思った瞬間に見るものが、後から現像して”写真”としてみると全然違った景色になっていることもあるらしい。


たとえばこの中央にある河川敷の写真。
誰もいないと思って撮影したものの、現像してよーくみてみると人が小さく写っていて面白かったらしい。自分が見えていなかったものが写真にしたら見えてくるという不思議さだ。
意図通りには撮れない。表現の一部をカメラに委ねる。そんな表現の仕方は、絵画や彫刻の作家たちとは少し異なる点なのではないかと感じた。それは、撮影者と作品との間に生まれる、心地よい距離感のようにも思える。服部さん自身は、これを「独学で写真を始めたことによる特徴かもしれない」と話していた。

会場をぐるっと見回してみると、写真の展示方法もユニークだ。大きな写真の周りに小さな写真があったり、額装されているものとそのまま壁に貼られている写真が混在していたり、作品と作品の間隔が等間隔ではなかったりする。
これは、写真家ヴォルフガング・ティルマンスに倣い、展示空間全体をインスタレーション作品として捉える試みだという。
小さなサイズの写真は鑑賞者の視線の動きをなめらかに導き、ピッタリ密着している二枚の写真からは「何か関係性があるのだろうか?」と想像をさせられる。そこには明らかに作者の意図が介在していて、ありのままを映し出す写真とのギャップが面白い。
様々なサイズに引き伸ばして展示できるのは、インクジェットプリントならではの特徴だそうだ。


写真展の取材は今回で3回目となるが、作家によって作品への向き合い方が全く違うことに改めて面白さを感じる。どこまで機材に委ねるか。どこまで自分らしさを出すか。そこの線引きが人によって異なるのである。

カメラを持ち歩きたいと思いつつ、なかなか始められない私は、最後におすすめのカメラを聞いてみた。
「iPhoneは良いですよ。デジタルカメラだとGRとかもおすすめです。」とのこと。これからカメラの購入を検討している方は、ぜひ候補に入れてみてほしい。


会場の「ふげん社」さんは目黒駅からほど近い場所にある。担当の方によると「目黒は東京都写真美術館をはじめ、写真ギャラリーが多いエリアなんですよ」とのこと。
一階にはBook Cafeが入っており珈琲のいい香りが漂う。定期的に写真展も開催されているそうなので、ぜひ足を運んでみてほしい。

※本展の会期は終了しています。
文:耳で聴く美術館 avi
編:並木 一史
カメラ:ともまつりか