嶋崎征弘「2014 SE Taylor St,」 – 文で読む写真展
「耳で聴く美術館」を主宰するaviさんによる、フォトアートを自身の言葉で綴る連載「文で読む写真展」。
かつて暮らした街をもう一度歩くとしたら、何が心に浮かぶだろうか?
BOOK AND SONSで開催された写真家・嶋崎征弘さんの展示「2014 SE Taylor St,」は、ポートランドの人びとと、その街の空気を丁寧に写しとった作品展。今回もaviさんが、写真の奥にひそむ物語を、静かにひもといてゆく。
PROFILE

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avi / 耳で聴く美術館
美術紹介動画クリエイター。1992年大阪府生まれ。「心が震えるアートの話をしよう」をテーマに、動画プラットフォームを起点にアートの魅力を紹介。大学で美術教育を学び、教員資格も持つ。キャッチーな表現とわかりやすい解説、柔らかなCalmボイスで急激にフォロワーを伸ばし、アートの間口を広げた。現在抱えるフォロワー数は50万人を超える(2025年3月時点)。
@mimibi_art301 https://www.mimibi.ch/昔住んでいた街の駅を降りると、当時の感情や記憶が波のように押し寄せてくることがある。
私なら、上京してから一人で住み始めた家の近くの明大前駅。
今でもその駅で降りると、東京という街で仕事を得るんだ!と息巻いていた期待感と焦燥感を思い出して、ソワソワとしてしまう。
今回の写真展は、そんな感情を思い出させてくれるような、ノスタルジックな展示だ。


2014年、フォトグラファーの嶋崎征弘(しまざき まさひろ)さんは、アメリカオレゴン州のポートランドに赴いた。最初は数ヶ月滞在する予定だったが、気がつけば2年半の月日が経過していた。
ポートランドはアメリカの西海岸に位置し、緯度は日本の札幌と同じくらい。冬は雨も多く、冷え込む日も多いが、その分夏は、天候も良く湿度もなく過ごしやすい。アメリカの中では賃料が安かったり、消費税がかからなかったりと、若い人がスモールビジネスを始めやすい。ポートランドはクリエイティブな活動をする人も多く、嶋崎さんもその住みやすさに惹かれたという。


それから毎年、嶋崎さんはポートランドを訪れている。2019年の秋に、今回の写真展「2014 SE Taylor St,」の作品を撮影。Taylor St,というのは嶋崎さんが当時住んでいた通りの名前である。撮影は当時住んでいたところから例外もあるが基本的には徒歩圏内で撮影された。2週間のうちに100名ほど撮影したというから驚きだ。

写真展の会場はゆったりとした時間が流れていて、柔らかな光とともに写る作品たちには、嶋崎さんの知人や、その場で声をかけた人など、様々な人が写っている。彼らの写真をみてまわるのは、心が落ち着く、とても豊かな時間であった。

会場では、嶋崎さんご本人にお会いすることができた。柔らかい印象を受ける方で、撮影者の雰囲気って写真にあらわれるんだな、と思う。
嶋崎さんいわく、撮影された写真はどれも、声をかけてからあまり時間が立たないうちに、その場所から極力動かずに撮影されたものばかりなのだそう。
被写体を全て真正面から撮るということ以外は決めず、できるだけ街の人の自然体の姿を写していったらしい。
いつものコミッションワーク(顧客からの受注制作)のように、ポーズなどを指示することもせず、被写体と撮影者が対等な立場で行われた撮影。
そうして撮られた作品には、撮影者の意図を極力廃した、ありのままの生活者としての「人」が写っている。
嶋崎さんはポートランドという土地を表現するために「人」を選んだのだ。


また嶋崎さんは、シャッターを切った時には気がつかなかったことが、後から様々な要素として見つかることを面白いと語っていた。
Tシャツに書かれたテキストや、窓から外に向けられたプレートには、彼らの主張が垣間見えたりする。窓に貼られていたVansのステッカーを見てそれを撮影して、現像してみたらVeganだったり、街にはユニークな仕掛が多くある。

ポートランドでは、古着を好んで着る人も多いという。
写真から伝わってくる素朴さは、そういった要素から感じるのかもしれない。行ったことがない街だけれど、写真を見終わった後は、街を歩いたような気分になれた。
嶋崎さんは「写真を撮ることを面白いと思ってほしい。」とも語っていた。私も、昔住んでいた街へカメラを持って出かけてみてもいいかもしれない。
写真展はすでに会期を終了してしまっているが、展示の開催と同じくして写真集「2014 SE Taylor St,」が刊行されている。ぜひ手に取ってみてほしい。



■展覧会について
嶋崎征弘「2014 SE Taylor St,」
オレゴン州ポートランド
嶋崎征弘「2014 SE Taylor St,」
2025年4月29日(火)ー5月20日(火)
12:00-19:00 水曜定休 /入場無料
東京都目黒区鷹番2-13-3 キャトル鷹番 BOOK AND SONS
文:耳で聴く美術館 avi
編:並木 一史