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自然を撮る理由 #写真家放談 |上田優紀 自然を撮る理由 #写真家放談 |上田優紀

自然を撮る理由 #写真家放談 |上田優紀

上田優紀

僕の場合、写真の前にまず自然があった。

数多ある被写体から自然を選んだわけではなく、自然を撮りたいから写真家になった。ここも撮りたい、あそこも撮りたいと考えて年に何ヶ月もテントを背負って世界中を旅していたら、ついエベレストまで登ってしまっていた。

もちろん、今まで危ないこともたくさんあったし、死がすぐ近くまでやって来たことだって何度もある。それでも僕は今も自然を撮影し続けている。何が僕にそこまでさせるのだろう。

記憶を紐解いていくと自然に興味を持ったのは、3歳とかそれくらいだと思う。和歌山の田舎で生まれ、祖父母の畑や山、近所の川が幼少期の遊び場だった。考古学者だった親が僕にくれるものがファーブル昆虫記やシートン動物記、宇宙や動物図鑑みたいなものばっかりだったことも、自然が好きになった理由のひとつだろう。昔、世界一周した時も、欧米の都市にはほとんど訪れずに古代遺跡や国立公園へテントを背負って歩くようなことが多かった。

なぜ自然を撮っているのか。よく聞かれるけど、一番の理由はやっぱり好きだから。

一口に自然と言っても、その意味はあまりに広い。宇宙も、土手に咲く花も、僕が旅する日々の暮らしから遠く離れた僻地だって、自然だ。

いろいろある自然のなかでも僕が遠い場所ばかり選んでいる理由は、ただ好奇心によるところが大きい。僕にとって未知の風景を見てみたいという衝動は何ものにも変え難く、悠久の時を生きる自然なんて想像するだけでにやけてしまう。

自然というやつは偉大だ。特に地球のすみっこにあるような自然はとんでもなく大きい。人間がそこにいるとかいないとか、そんなの関係ない。平気で人を殺す。危ないけど、一方でそんな神のような極大な存在に心惹かれるのはそれほどおかしなことじゃないと思う。

自らの好奇心を満たすために自由気ままに旅する僕だけど、自然を撮るという行動に少しでも意義を持たせるのであれば、そこに行けない人たちに「伝える」ということと「残す」ということだろう。

多くの人にとってそうであるように、最初は僕にとっても、遠い自然は憧れでしかなかった。それらを人に伝えたいと明確に思うようになったのは世界一周の旅での出来事だった。

それは24歳から1年半かけて45カ国を巡った旅でのこと。2月、極寒のアイスランドで子供たちと話していた時だ。1年近く旅をしている話をすると、どんなところに行ったの?と聞かれた。僕はアイスランド語が話せないのでそれまで訪れた場所の写真を見せることにした。北中南米、ヨーロッパ、アフリカ、自分でも色々な場所に行ったな、なんて思っていると子供たちがこれはどこ?と聞いてきた。それはどこかの砂漠の写真だった。極北のアイスランドで生まれ育った子供たちは砂漠というものをはじめて見たらしく、目を見開き、早口で友達たちと何やら話をしていた。どんな内容を話していたのか僕には分からなかったけど、その時、未知の風景を見る彼らの目は間違いなく輝いていて、心は好奇心で満たされているのがよく分かった。

それからも同じような経験をたくさんした。電気もガスも通ってない村に暮らす人にとってのニューヨーク、砂漠に暮らす人にとっての氷河、眠ることのない巨大都市で暮らす人にとっての世界で一番美しい星空……。

見たこともない、想像すらできない風景は人の心を豊かにする。

それは旅が好きで、自然が好きな僕だけに言えることではなかった。世界中の人たちにとっても、自分達が暮らす世界とは全く異なる風景は心を満たすものだと知った。そして、そこには性別も国籍も肌の色も宗教も関係ないのだと、数々の出会いが教えてくれた。

もうひとつ印象に残っているエピソードがある。それは2年ほど前、標高8163メートルのマナスルという山を登頂し、そこで撮った写真の個展を開いた時のことだ。約1ヶ月続いた展示の最終日、老夫婦がふらっと会場にやってきた。僕のことを知っていたり、山の写真が好きというよりは本当に何気なく、時間潰しに来てくれた様子だった。

会場には彼らしかおらず、僕はベンチに座って彼らの会話を聞くともなく聞いていた。ある写真の前でそのふたりがしばらく立ち止まった。マナスルの最終キャンプ地から山頂を見上げた標高8000メートルの世界を写した写真だ。会場にしばらく無言の時間が流れ、奥様がふと「今日ここに来なかったら標高8000メートルの世界なんて見ることない人生だったね。」と旦那様に話した。なんとなく、けど確かに今まで僕がやってきた、想像もできない自然を伝えるという行為が間違いではなかったのだとその時に実感したのを覚えている。

自然撮影における意義のひとつは、地球にはこんな風景があるのか、という感動を今生きる人たちに「伝える」こと。そしてもうひとつは、少し先を生きる人たちに届けるために「残す」ということ。これらはほぼ同義だが、意味合いが少し違う。

現在もそうであるように、きっと百年後や千年後に今ある自然風景はほとんど残っていないと思う。それは仕方のないことだ。これからも地球はどんどん姿を変えていくし、そのスピードはさらに加速していくだろう。

時々想像するのは数百年前のパタゴニアやアラスカ、アフリカ、南極の風景はどんなだったのだろうということ。まだ入植も開拓もされず、あるがままの生きる原住民の営みや自然風景、緑溢れるアフリカや南極の風景に思いを馳せるとドキドキする。もし叶えば自分の目で見たかったなと思ってしまう。当時は難しかったかもしれないが、現在なら可能だ。今ある自然を記録するというのは未来にそれらを届けられる唯一の方法なのだ。

それは絵でもなく、文字でもなく、あるがままの事実を記録する写真だからこそできる。過去の自然風景の記録は学術的な意味でももちろん研究に役立つかもしれないが、それだけではなくもっと単純に未来の子どもたちに「残す」ことに大きな意味があると思う。数百年前の地球にはこんな風景が広がってたんだ!と少しでも感動してくれたなら、僕にとってそれ以上に嬉しいことはない。

未知の自然風景があのアイスランドの子供たちのように一瞬でも誰かの心を満たすことを祈って、今日も僕は世界のすみっこからメッセージを送り続ける。

■Editor

竹本萌瑛

Twitter:@moeko_takemo

PHOTOGRAPHER PROFILE

上田優紀

PHOTOGRAPHER PROFILE

上田優紀

上田優紀

1988年、和歌山県出身。京都外国語大学を卒業後、24歳の時に世界一周の旅に出発し、1年半かけて45カ国を周る。帰国後、株式会社アマナに入社。2016年よりフリーランスとなり世界中の極地、僻地を旅しながら撮影を行なっている。近年はヒマラヤにて8000m峰を中心に撮影。2018年アマ・ダブラム(6856m)、2019年マナスル(8163m)登頂、2021年エベレスト(8848m)登頂。

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