自分のルーツを認めることで、道をひらく|竹内裕二のROOT ROOT ROOT  #写真家放談

「なにが好きで、どんな写真が撮りたいの?」と聞かれたら、写真家としてのあなたは即答できるだろうか。

写真家の竹内裕二さんは写真を仕事にして暫くの間、どんな写真が撮りたいかわからない時期を過ごしてきた。ターニングポイントは独立後。ある出会いをきっかけに自分のルーツを認めるようになると、数々の女優やモデルの撮影だけではなく、写真集『ROOT ROOT ROOT』の出版や地元広島のref.、東京のPOTERさんとコラボした写真展の開催──と、写真家としての道がひらけていく感覚を得たという。連載企画「 #写真家放談 」、今回は自分のルーツを見つける術を竹内さんに語っていただいた。


Profile

竹内裕二

広島県出身。ホンマタカシ氏に師事、2016年に株式会社 BALL PARK設立。雑誌、広告等を中心に数々の女優、俳優、モデルを撮影。ファッション動画、YouTube、イべントのディレクションを手掛ける。

Instagram @ballpark.inc
HP:https://betterdays-stadium.com/
個展『ROOT ROOT ROOT』


なにが好きで、どんな写真を撮りたいか

写真を始めた時、一番大きな壁にぶつかるのが、「自分って誰なんだろう?」ということです。「竹内って何が好きで、どういう写真を撮りたいの?」と、先輩たちに何度も言われていた時期がありました。

​​カメラマンとして独立して2年目位の時に、ある有名なスタイリストの方からアドバイスされたことがありました。

「野球が好きなのであれば、モデルさんやタレントさんを撮るとき、ボールを持ってもらえばいいじゃない」と。「グローブでもバットでもなんでもいいから、それを持ってもらえば、自分が好きな野球選手に見えたりするのではないか」と言われました。

竹内裕二さんの「ROOT ROOT ROOT」の作品

その時は、なにを言ってるんだろうこの人は、と思いましたが、はたと気づきました。自分が好きなものを被写体であるモデルさんに見出せれば、自分らしさを表現できると。

その影響で、今ではつねに撮影現場にグローブとボールを持っていきます。もちろん「ポートレートを撮らせてほしい」と言いつつ、「少しだけグローブとボールも持ってもらっていいですか?」とお願いするんです。するとコミュニケーションが生まれます。「野球やっていましたか?」「お兄ちゃんがやっていました」「お父さんとキャッチボールしていました」というふうな話をしながら撮ることで、女優さんやモデルさんは、その当時のような自然な表情に戻ります。仕事で現場に来ているので、プロの顔をしなければいけないと思い込んでいます。その思い込みを取り払う一つのアイテムとして、グローブとボールを持ってもらうと、「懐かしい」とか「やったことない」と言いながら、少し遊び心が出てきて、見たことのない写真を撮ることができます。そのような経験もあり、好きなことは奇跡を起こせるのだなと思うようになりました。

野球愛の源、野球は「言葉」

竹内裕二さんの「ROOT ROOT ROOT」の作品

もともと小学校の頃から野球をやっていて、本当にプロ野球選手になりたいと思っていました。野球をするのも好きでしたし、当時の広島東洋カープは強かったので、地域としても熱狂してしまう環境。カープが勝ったら親父は機嫌がいいですし、学校に行っても「昨日の〇〇選手のホームランすごかったよね」という会話。自分にとって野球は、友達や大人も含めた人とコミュニケーションするための言葉のような存在でした。

少年時代の興奮と感動が蘇ってきたメジャーの球場

野球が幼い頃からの趣味なので、海外に行く度に、とにかく時間を作ってメジャーの球場に行っていました。初めて訪ねたのは、バリー・ボンズが現役で活躍していたサンフランシスコ・ジャイアンツの球場。球場に足を踏み入れた瞬間、親父に広島市民球場によく連れて行ってもらっていた時のなんとも言えない感動というか、興奮というのか、少年時代のその感覚が蘇ってきて。もう完全に野球少年です。

竹内裕二さんの「ROOT ROOT ROOT」の作品

お客さんの楽しみ方も日本とは違うことに驚きました。日本の球場はみんなで応援しましょうという雰囲気ですが、メジャーの野球場は、お客さんそれぞれの楽しみ方があって、絶対応援しなければいけないということもない。子連れの家族であれば、野球場の中にある遊園地のようなところで遊んでもいい。とにかく、いろいろな楽しみ方ができるんですよ。

お客さんと球場しか映さない理由

メジャーリーグはお客さんが主役です。お客さんをどれだけ楽しませるかというエンターテインメントが詰め込まれています。球場によっては、バッティングセンターがあったり、アトラクションがあったり、バーベキューをしたりと。球場なのに野球以外の楽しみがたくさん散りばめられています。

アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスにあるドジャースタジアムで経験したのは、試合終了後にグラウンドに入れたこと。ベースランニングといって、ホームベースから一周ランニングできるのです。「噓でしょ!」と心底驚きました。さっきまでメジャーリーグの試合が行われていた場所で、ベースランニングを体験できるのです。観戦した子どもにとっては愛着が湧くでしょう。ドジャースの選手が守っていたファーストのベースを回ったことや、ホームランを打った選手のことも必ず記憶に残るはずです。

竹内裕二さんの「ROOT ROOT ROOT」の作品

コロナ禍で考える時間ができて、日々撮り続けてきたものって何なんだろうと振り返ったとき、やはり野球だと思いました。僕が生まれ育った環境やメジャーの球場で受け取った強烈な体験こそ、自分のルーツなのだと。

そんな気づきを得て、幼少期に球場で野球観戦している少年の目線で、球場やお客さんを撮ろうと決心したのです。

その後もアメリカロケの仕事などの事あるごとに球場に通いました。写真集をつくりたかったわけではなく、野球が好きで純粋に好きな場所に行きたいという思いが勝っていましたね。野球場に通い出してからはだんだん欲が出て、球場に来ている人たちにインタビューするようになりました。「球場にどれぐらい来ているのですか?」と質問してみます。あるおじさんは、「毎日来ている」と言っていました。「何年の〇〇の出来事がすごかった」「大谷選手が来てエンジェルスがすごく変わった」とか、お客さんそれぞれのストーリーがあるんです。お客さん独自のストーリーがあり、お客さんを魅了する球場に惹かれ、そこに来るお客さんを自分に見立てて写真を撮るようになりました。

自分のルーツを知り、道をひらく

もし皆さんが僕の写真を観る機会があったら、幼い頃の自分のルーツと重ね合わせてみてもらえれば、きっとまた違った風景が見えてくると思います。『ROOT ROOT ROOT』を観てもらうことで、自分たちの少年時代や少女時代を思い起こしてくれたら、過去の見方が少し変わるのではないかと思います。

見方が変わる。それは、自分のルーツを知ることに繋がってきます。様々な環境があるので一概には言えないのですが、それはつまり自分のルーツを認める、ということ。“自分はこれで良かったんだ”と。ROOTという言葉には、道、という意味も込めています。自分のルーツを認めることで新しい道をひらけると信じているんです。自分を知るということは、写真家にとっても人生にとっても重要なこと。過去の記憶は曖昧でよく、曖昧な過去の記憶を上書きできるのが写真だと思うのです。

竹内裕二さんの「ROOT ROOT ROOT」の作品

竹内裕二さんの最新の活動
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