前へ
次へ
Topへ

TOP

撮った日が記念日 #写真家放談 |鈴木心 撮った日が記念日 #写真家放談 |鈴木心

撮った日が記念日 #写真家放談 |鈴木心

鈴木心

僕は雑誌や広告で写真も撮っているが、東京・世田谷で「鈴木心写真館」としての活動もしている写真家だ。2011年に東日本大震災をきっかけに僕の写真館プロジェクトははじまった。フリーマーケットの出し物として。しかしそこにできた長蛇の列を見て、ぼくはきっと近い未来、僕の仕事は広告代理店ではなく、一般の方をクライアントにするのだろう、と予見した。そんなあの日から、40,000名を越えるお客様を撮影してきた。そうあの予見が現実のものとなった。そんな写真館はことあるたびに、呪文を唱えている。「撮った日が、記念日。」今日はその記念写真の呪文にまつわるエピソードを記してみようと思う。

あらゆる生物はいつも変化していく。それは環境に順応する進化とも言える。つまり私たちが変化を拒む時、それはどんなに小さくとも退化であり、絶滅の始まりである。

200年前に写真を発明した人たちが、いまの写真やカメラを取り巻く状況を観ることができたなら、なんて口にするだろう。たった一枚の写真を撮影するのにも、暗いレンズで、鈍い感度のカメラしかなかったから時間がかかる。当時はポートレートでさえも、数秒以上その場に静止させないといけなかった。撮影が終わったら、今度は現像。一枚一枚、感光材料を調合するところから始まり、手漉き和紙に薬剤を塗布して…と、大変な手間がかかっていた。でも今は、みんなが手軽に写真を撮る時代が到来している。そう、これは大きな変化であり、大きな進化ともいえよう。

一方で、進化を拒む絶滅危惧種も存在する。運転免許証の写真や、学校のアルバムやイベントの記録写真、チェーン系写真館のファンシーな世界観。みんなどこかおかしいって思ってるし、よくないって思ってる。でもその原因が何か分からないから、みんなこんなもんだって諦めてしまってる。ちょっと待ってくれ、何やってるんだ、今の写真家は!

そんな中、僕の地元の古本屋で明治初期に撮影された数々の古写真と出会った。あるお屋敷から出てきたというその写真は、まさに手作りそのものだった。写真によっては、数百人規模の集合写真が一発撮りされていて、構図も、配置も、瞬間も見事に収められている。けれども誰一人として笑っていない。でもそりゃしょうがない、笑ったらブレちゃうからね。このころは笑えない時代だった。笑っちゃいけない記念写真の時代だったんだ。

でもきっと、その異常な集中力は撮影者だけじゃないはずだ。写される側にもほとばしる、異常な緊張感…。理由はシンプルだ。記念写真を撮るということそのものが、一大イベントだったに違いない。こうやって全員一丸となって、物理的にも、精神的にも、頂点を極めた状態で撮影した記念写真を生で手にできたことは、とても大きなことだった。

写真家たるもの、僕はこの150年生き残ってきた古写真を意識しすぎてしまった。しかし、しかし、待てよ。すべての生物は変化を進化をしてきた。なぞらえているだけでは、ダメだ。マネするのではなく、派生しなければ。これこそが僕にとっての、本当の意味で記念写真に対峙した機会だった。

時に2013年、ひょんなことから金沢に大きなスタジオを構え暗室を併設した。プラチナプリントと呼ばれる白金を使用した手作りのプリント。額装もオリジナル。しかし、時間もコストもかかりすぎた。せっかくのデジタル時代。デジタルは物質ではないことが個性なのに、全く逆のことをしてる不甲斐なさ。物としての精度を求めても意味がない明治時代にはできないことを、今しかできないことをやらなければ。そう、それはあの日の古写真が教えてくれたこと。写真は物ではない。体験するものなのだと。そして僕は変化に臨むことにした。

楽しい写真体験。僕は楽しいとは、驚きがあることだと捉えている。あっという間に、撮影からプリントまでが終わり、写真を持ち帰り家庭に飾る。そこからが本当の写真体験だ。日常の会話、視界が写真によって変わる。写真家が撮った写真はいつも他人事だ。ところが自分たちが写った写真となると、それは自分事になる。だからこそ、撮影者の技量にも自分の表情にも関心を持つ。新しい写真体験、それはデジタルだからこそ実現できるのだ。

さて、「記念日」とは、だれの都合によるものだろうか?お宮参り、七五三、結婚、出産記念。歴史的に残ってきたのは、感謝をする節目のタイミング。それだけしか僕たちには記念日はないのだろうか。でも、不思議なことに写真を撮り続けていると、なんでもない写真が時間を経て特別なものに見えることがある。

自撮りをしている人たちをみて、どうしてもこころがざわつく。もちろんこの時代、自分を撮るのに人の手を煩わせることがない、という気遣いでもある。でも、写真を撮る、というのはその瞬間を残しておきたい「記念」としての意味がある。でも、カメラはあなたの自然な表情は引き出せない。むしろ、あなたが鏡をみている、だれも見たことのないあなたを映し出し、それが世界中に投稿される。なんだろう、このざわつきは。写真は人の役になっているのだろうか、それとも。

本当に良い記念写真は、鮮明に撮影したときのことを思い出させてくれる。その物語を思い返すことが、写真を撮る意味だ。写真の質は、その記憶の質に比例する。だから写真撮影の現場は楽しくていい。みんなで一緒にその楽しさを永遠に思い返すことができるから。それは遊園地のアトラクションじゃあ難しい。だってアトラクションに乗車中は、まず撮影禁止だもん。そして、写真に残すということは、時間が経てば経つほど、骨董価値が生まれているのではないだろうか。写真を撮ることは、記念日をつくり出すことと同義と言っても過言ではない。

「撮った日が、記念日。」ここまでくれば、この呪文の意味が分かってもらえるはずだ。僕は、ステレオタイプだった写真館の常識を覆して、撮ってたのしい、見てたのしい、見せてたのしい、写真におけるあらゆる楽しさを網羅した写真体験を提供していると自負している。本当の楽しさは、驚くことだろう。テーマパークのアトラクションで真っ逆さまに落ちた後、ついつい笑顔になってしまう。そんな驚きが写真でも体験できることを形にした。

最高の瞬間を永遠にする写真のアトラクション。え?どんなって?それは、皆さんが実際に体験するまでのお楽しみ。続きはぜひ「鈴木心写真館」にて(笑)。

PHOTOGRAPHER PROFILE

鈴木心

PHOTOGRAPHER PROFILE

鈴木心

鈴木心

1980年、福島県郡山市出身。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業。在学中に数々の受賞。アマナに勤務後フリーランスとして活動し、「JR SKI SKI」や「大河ドラマ 平清盛」、「サントリー角ハイボール」といった広告・テレビ・雑誌などの撮影を広く手がける。
2011年より、東日本大震災のチャリティー活動をきっかけにプロジェクト「鈴木心写真館」を始動。これまでに40,000名を撮影。2019年、株式会社one設立。企業ブランディングや広告写真、映像作品制作に携わる傍ら、自身の作品制作発表、写真のワークショップ、YouTubeから書籍まで「共育」をテーマに、写真でできること全てを実行している。

このページをシェアする

OTHER ARTICLES

5,200枚から選び抜いた、芸人のオフショット5選 |かが屋 加賀翔の「オフショット話」vol.2 #写真家放談

5,200枚から選び抜いた、芸人のオフショット5選 |かが屋 加賀翔の「オフショット話」vol.2 #写真家放談

非言語の声のちから #写真家放談 |齋藤陽道

非言語の声のちから #写真家放談 |齋藤陽道

極寒の地球 #写真家放談|高砂淳二

極寒の地球 #写真家放談|高砂淳二