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クリエイターが影響を受けた一枚 #なにかとなにかの“あいだ” クリエイターが影響を受けた一枚 #なにかとなにかの“あいだ”

クリエイターが影響を受けた一枚 #なにかとなにかの“あいだ”

編集思考とアートディレクションを武器に、企業やサービスの新たな価値を創出しているデザインコンサルティングファームDynamite Brothers Syndicate。日々、クリエイティブの世界で活躍するアートディレクターやデザイナーが影響を受けた写真家を紹介します。第六回は、デザイナー・佐々木信博が「なにかとなにかの“あいだ”」というテーマで写真と絵画の境界線についてお話します。


THEME :なにかとなにかの“あいだ”

絵本の世界かと思ってしまうような美しい風景写真、一見写真のようにみえて、絵でしか出せない不思議なリアリティのある絵…、そんな、何かと何かの“あいだ” で揺れ動いているような、曖昧さを感じる作品に私は惹かれます。考えてみれば、そもそも写真や絵はそれ自体がすでに事実と記憶、作者と被写体など、様々なものの“あいだ” にある栞のようなものと言えるかもしれません。今回はそんな“あいだ” の魅力を強く感じた作品を紹介していきます。

Maria Svarbova

©Maria Svarbova for NHP Publishing

写真と絵のあいだ

スロヴァキア人写真家マーリア・シュヴァルボヴァー(Maria Svarbova)の、作品集『Swimming Pool』より。 ビビッドでカラフル、まさに写真でありながら、絵本のような世界を表現している作品です。絵の具で絵を描くように写真を撮っているように感じます。完璧に整理された画面、シンメトリーな構図はこの世界がこんな風に美しければいいのにという、遊び心のようでいて実は完璧な美しさへの切実な憧れを感じます。生物的な生々しさや生活感は徹底的に排除し、さらにメッセージ性や意味も無くした先にみえてくる、ある種のただの絵柄(パターン)。それは、純粋な色と形だけの世界であり、現実と絵の“あいだ”にあるとも言えます。作中の人物はあくまで画面を構成する一つの要素としてしか扱っておらず、その極端に引いた視点は、まるで子供の人形遊びを見せられているかのような感覚にもなります。また、別の見方をすると、緻密な計算で作られた画面であればあるほど、逆にその中に実在する人たちの生身の人間らしさ、滑稽さが際立ってみえるようにも感じました。また、日常のなかのふとした瞬間に垣間見える、ある種コミカルに見えるシーンたち、そんなちょっとした気づきを象徴的に写真に定着させているようにも見えます。

出典元:「Swimming Pool」(青幻舎)

POOL

POOL

身体性と精神性のあいだ

一見この作品は写真のように見えますが、精巧なCGで作られた世界です。質感や距離感も緻密に表現されていますが、プラスチックのような肌の質感、顔のないところが、かろうじてこれは「作られたものである」ということを示唆しています。そのことが見る側に想像の余白を与えているように思えます。それと同時に違和感も残し、安易にこれが現実なのか、虚構なのかを明確に認識させないようにしているとも感じました。初めてこの作品を見たときに、ずっと自分の中にあった無意識の感情が急にカタチになって現れたかのような感覚になったのを覚えています。嘘であるはずのこの世界から、私はなぜかどうしようもない悲しみと、優しさを感じました。顔のない人物があらわしているのは、生まれ持った体や出自から解放されたいという人間の願いそのもののようにも感じます。

Thomas Demand

事実と情報のあいだ

ドイツの作家トーマス・デマンド。彼の作品は全て社会的事件のあった現場を、紙によって精巧に再現し撮影しています。その制作方法にも驚きですが、私はこの作品を見た時、言いようのない不穏な雰囲気に押しつぶされそうになりました。見る側は、強制的にリアルと虚構を行き来させられ、脳の認識がバグるような感覚に陥ります。彼の作品では人物は不在なのですが、そこにいたであろう誰かの痕跡がところどころにあり、逆に人の存在を強烈に感じるようになっています。極端に漂白されたようなディティールのない部屋は、世の中に溢れる加工された薄っぺらい情報を表現しているようです。自分の目で見ない限り、本当の情報には決してたどりつくことはできないということが画面の不穏さからひしひしと伝わってきます。事実が情報になる過程で無味無臭になり、重さのない不気味な存在になっていくことを表現しているようです。

https://www.estherschipper.com/artists/35-thomas-demand/works/11066/

木藤 富士夫


木藤 富士夫

公共性と人間性のあいだ

写真家 木藤富士夫さんの写真集「公園遊具」からの一枚。夜の公園遊具をライトアップして撮影した作品。不気味に浮かび上がった姿は今にも動き出しそうです。闇から突如、被写体が浮かび上がるようなライティングはカラバッジョなどの劇画的なバロック絵画を連想させます。本来、子供達が遊ぶための公共の遊具のはずなのに、このような撮影をすることで、どこか独りよがりな、強い作家性を感じさせる異様なオブジェと化しています。画一化される都市での生活の中で、抑圧されがちな個人の思いや狂気を感じます。決してスポットライトが当たることのない存在が、夜になると人知れず姿を表すような、そんな二面性が怪しくも魅力的な作品です。


ここまで上げてきた作品を通して、改めて気づいたことがあります。そもそも私は写真や絵の表現の話に限らず、何か物事をこれだと言い切ってしまうことがあまり好きではないということです。曖昧であることは、ネガティブなことではなく、何かと何かの“あいだ”に身を置くということで、常にどこにでも行くことができる身軽な状態ともいえます。正しさはいつも時代によって変わっていってしまうし、今自分が感じていることはただの時代の現象の一部かも知れません。今回紹介した作品たちはそんな“あいだ” で揺らぐということを、見えないかたちで気づかせてくれていると思いました。


<展示会情報>

渋谷Bunkamuraギャラリー 2023年3月29日〜4月9日まで(予定)
グループ展にて、木藤富士夫さんの新作が公開予定。


佐々木信博/ Nobuhiro Sasaki
Designer/ Dynamite Brothers Syndicate


株式会社ダイナマイト・ブラザーズ・シンジケート(DBS)

東京港区にあるデザインコンサルティングファーム。
ブランディング、デザインコンサルティング、ロゴマーク開発など幅広いフィールドで事業展開中。

HP : https://d-b-s.co.jp

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