「ロバート・キャパ  戦争」 – 文で読む写真展

「耳で聴く美術館」を主宰するaviさんによる、フォトアートを自身の言葉で綴る連載「文で読む写真展」。

東京都写真美術館で開催中の展覧会「ロバート・キャパ 戦争」を訪れたaviさんが、写真を通して“戦争”と出会い直す。

「戦争を知らない世代」として、私たちは何を感じるのだろうか。

PROFILE

avi / 耳で聴く美術館

PROFILE

avi / 耳で聴く美術館

美術紹介動画クリエイター。1992年大阪府生まれ。「心が震えるアートの話をしよう」をテーマに、動画プラットフォームを起点にアートの魅力を紹介。大学で美術教育を学び、教員資格も持つ。キャッチーな表現とわかりやすい解説、柔らかなCalmボイスで急激にフォロワーを伸ばし、アートの間口を広げた。現在抱えるフォロワー数は50万人を超える(2025年3月時点)。

instagramのアイコン @mimibi_art301 別のタブで開く URLリンクのアイコン https://www.mimibi.ch/ 別のタブで開く

朝から雨の降り止まない、新年度初日の寒い春の日。
新入社員らしき若いスーツの男女を横目に、私は恵比寿の東京都写真美術館へと向かった。

展覧会「ロバート・キャパ 戦争」を見るためだ。

東京都写真美術館は、世界的にも数少ない「写真・映像」の専門美術館で、年間約20本の展覧会を開催している。実は私も大好きな美術館で、写真作品が好きになったのもこの美術館の展示を見るようになってからだ。

ロバート・キャパ 戦争
ロバート・キャパ 戦争

今回の展覧会で取り上げられている写真家・ロバート・キャパ(1913-1954)はハンガリー生まれの報道写真家。デンマークで講演するレオン・トロツキーの取材を機に、報道写真家としての一歩を踏み出した。

1936年にはスペイン内戦を取材した《崩れ落ちる共和国側の兵士》が「ヴュ」「ライフ」など世界の各紙で取り上げられ、報道写真家として輝かしい存在となる。

そして、1954年。「ライフ」誌の緊急依頼により赴いたインドシナ戦争の撮影中に地雷を踏み、40年の生涯を閉じる。

ロバート・キャパ 戦争
© Ruth Orkin 1951 《ロバート・キャパ》1951年、ルース・オーキン撮影
ロバート・キャパ 戦争
ロバート・キャパ 戦争
ロバート・キャパ 戦争
《解散式に参列した国際旅団兵士たち》レス=マシエス、スペイン、1938年10月25日
ロバート・キャパ 戦争
《建設会社ラヴァレットのストライキに共鳴した地元の肉屋が差入れた籠いっぱいのソーセージ》サン=トゥアン、フランス、1936年5-6月

そういえば、私は戦争写真というものを、しっかりと見たことがなかった。

これまで私の頭の中にある「戦争」の様子とは、それを表現する映画から切り取られたシーンのことだった。それらは事実を忠実に再現したものもあるだろうが、脚色されたシーンも多々あるだろう。

本当の戦争を、初めて目撃した瞬間だった。

スペイン内戦、日中戦争、第二次世界大戦、ノルマンディー上陸、パリ解放。
数々の戦争の瞬間が、写真――あまりにも生々しく、その様相を感じ取れてしまう媒体――として、見せつけられる。

20世紀が如何に戦争の世紀だったのかを、嫌でも思い知らされた。

キャパの写真は銃を携え戦う兵士たちだけでなく、労働者や遊ぶ子供たちなど、戦時下で日々を生き抜く民衆の写真も多い。

その時代を生きた人々は、どんな生活を送っていたのだろうか?どんな表情をしているのだろうか?なにを思って、生きていたのだろうか?

そんなことが、気になって仕方がない。

ロバート・キャパ 戦争
《「Dデー作戦」でオハマ・ビーチに上陸する米軍》ノルマンディー、フランス、1944年6月6日
ロバート・キャパ 戦争
《「Dデー作戦」でオハマ・ビーチに上陸する米軍部隊》ノルマンディー、フランス、1944年6月6日

写真はそれぞれ
《「Dデー作戦」でオハマ・ビーチに上陸する米軍》
《「Dデー作戦」でオハマ・ビーチに上陸する米軍部隊》。

1944年6月6日、連合国はフランス解放のため、史上最大規模のノルマンディー上陸作戦を開始。

キャパは米軍沿岸警備部隊の輸送船上で待機し、第一陣の突撃部隊とともに上陸することを決める。

写真を見てほしい。あまりにも兵士たちと撮影者(キャパ)の距離が近いことがわかる。
当時はカメラにズーム機能なんてついていない。本当に兵士たちと並んで上陸したことが分かる。
いつ自分が撃たれるかも、殺されるかも、わからない。キャパの覚悟と気迫が伝わってくる写真だ。

ロバート・キャパ 戦争
《頭を丸坊主にされドイツ兵との間に生まれた乳飲み子とともに市街を引き回されるフランス女性》シャトル、フランス、1944年8月18日

最後にご紹介したいのが、《頭を丸坊主にされドイツ兵との間に生まれた乳飲み子とともに市街を引き回されるフランス女性》の写真。

女性はボロボロの服を着て、髪を刈られ、それを取り巻く市民たちに嘲笑われている。年配の男女、母と娘や、若い男性などが、彼女を好奇の目で笑いながら追いかけている様子が見て取れる。

恐ろしい光景だ。

魔女狩りのように、裏切り者を人ではないかのように扱う。私には理解し難いことだった。胸が締め付けられる。ただ現実にこれが起こっていたという事実を、キャパは一枚の写真から教えてくれるのだ。

私は32歳。平成生まれだ。私たちの世代は戦争を体験していない。そして、戦争を体験した人々の平均年齢は85歳と高齢化している。語る人が少なくなっていく、今、この時代。非常に危うい時代だと感じる。

『私は大喜びで失業した従軍カメラマンとなり、生涯、失業したままでいたいと願っている。』

これは展示室の壁に掲げられた、ロバート・キャパの言葉だ。

彼の写真は私たちが戦争に進んでいかないようにと、警鐘を鳴らしている。この展覧会を通して、私は、彼のメッセージをたしかに受け取った。

ロバート・キャパ 戦争

■展覧会について
「ロバート・キャパ 戦争」
場所:東京都写真美術館 地下1階展示室
会期:2025年5月11日まで
公式サイト:https://topmuseum.jp/

作品所蔵元:作品はすべて東京富士美術館所蔵

文:耳で聴く美術館 avi
編:並木 一史