牛丸維人「OUR CO-BLIND Photography Exhibition by Masato Ushimaru」– 文で読む写真展

「耳で聴く美術館」を主宰するaviさんによる、フォトアートを自身の言葉で綴る連載「文で読む写真展」。今回も、aviさんが写真の奥にひそむ物語を、静かにひもといてゆく。

PROFILE

avi / 耳で聴く美術館

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avi / 耳で聴く美術館

美術紹介動画クリエイター。1992年大阪府生まれ。「心が震えるアートの話をしよう」をテーマに、動画プラットフォームを起点にアートの魅力を紹介。大学で美術教育を学び、教員資格も持つ。キャッチーな表現とわかりやすい解説、柔らかなCalmボイスで急激にフォロワーを伸ばし、アートの間口を広げた。現在抱えるフォロワー数は50万人を超える(2025年3月時点)。

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東京に大寒波が来ると予報されていた一月の暮れ、JR東中野駅を降りてすぐ、雑居ビルの4階にあるplatform3さんを訪れた。そこは書店・オルタナティブスペースになっており、LGBTQ+やアジアのカルチャーに焦点を当てた本と人が集まる場所として注目されている。オレンジ色の光がぼんやりと室内を照らし、「本に溢れた」という言葉通りの空間は、外の寒さで強張っていた体を少しずつ解きほぐしてくれるようだった。

この日、私は写真家、デザイン実践者の牛丸維人(うしまる まさと)さんと待ち合わせをしていた。platform3では牛丸さんの写真展であり、“映像人類学的リサーチプロジェクト”の発表の場でもある「OUR CO-BLIND Photography Exhibition by Masato Ushimaru」が開催されている。

“映像人類学”――。この写真展の土台となっているというその学問の名は聞き馴染みがなく、お会いする前から「牛丸さんは一体どんな世界を見ているのだろう」と、私の胸は期待で膨らんでいた。

牛丸さんと写真の関わりは、幼少期にまで遡る。かつて実家が小さなフィルム屋を営んでおり、写真を撮るというのは必然の流れだったのかもしれない。

2021年からの2年間、デンマークのオーフス大学で映像人類学修士プログラムに在籍した。その中で半年間、フィリピン・ベンゲット州を拠点とする視覚障害当事者のコミュニティ「Blessed Community of Persons with Disability」とともにフィールドワークを行っている。ベンゲットは、首都マニラから北に車で6時間の山岳地域。かつて語学留学でこの街を訪れた際に目の見えない人々によるコミュニティと出会い、彼は障害を持つ当事者たちが実践する「ケア」のあり方を研究することになったのだ。

「映像人類学」という学問は人類学の中の一領域である。人類学者は特定の文化や社会にフィールドを見出し、長期間のフィールドワークを通してその中に入り込むことで、そこにいる人々と「ともに」研究を行う。見聞きしたことや気づきを記すフィールドノートを作ることもその特徴のひとつだ。映像人類学ではいわゆる論文を書くと共に、フィールドワークの段階から積極的に映像的手法を用いて、写真や映画のような作品も発表する点が人類学との違いである。

壁に展示された写真の中でまず目を引いたのは、牛丸さん自身が英語で綴ったフィールドノートの写真だった。電子機器が溢れる世界で、手書きのノートというのは人の温もりを感じられていいなと思った。

展示を見ていると、「映像や写真は、研究においてどのような立ち位置にあるのか」という疑問が湧いた。牛丸さんによればそれらは単なる資料ではなく、フィールドのいろんな人たちとの関係構築の手法でもあるらしい。単純に事実の記録としてだけの写真ではないのだ。面白い。

また、フィールドでシャッターを切る際、牛丸さんは構図や「この瞬間をおさめよう」ということにはこだわらないという。見聞きしてフィールドノートにメモする感覚と近く、「ここはもしかしたら重要なことが起きているかもしれない」という時にシャッターを切る。作品を撮りに行っている意識は低い。

だからなのか、牛丸さんの写真は“説明しすぎない”。もちろんこの写真を使って論文を書いているので彼自身は全て説明できるが、展示の際はしないという。なぜかというと、人類学は主観的な学問であり、牛丸さんとは違う解釈も「正解」であるからだ。牛丸さんは、見る人によって違う解釈をしてもらうのが面白いのではないかと語っていた。

そういえば、作品にキャプションがないことも関係あるのだろうか?

「タイトルをつけるって強烈じゃないですか!?」これまで展示の際には一度もつけたことがないらしい。終わりがないフィールドワークでは、後から理解や解釈が更新され続ける。だからこそ、言葉で固定することを避けるのだ。

今回の展示で面白かったのが、現地の人々が撮った写真も展示されているという点。半盲の人々がスマートフォンで撮影した日常の写真を借りた。牛丸さんがフィールド=コミュニティに溶け込んだ先の、現地の人々が見ている景色をそのまま展示している。映像人類学者だからこその視点だと思った。

下の写真は、「触れる」ことについて焦点を当てた写真群だ。

全盲の男性が窓に向かって手を差し出している。光を感じているというよりは風を感じているのかもしれない。「空気に触れる」手の動きをとらえた一枚だ。彼の息遣いが聞こえてきそうな、静かな一枚だ。

今回の展示の写真にはさまざまなカメラが使われているが、現在は中判のフィルムカメラを使っているらしい。

「フィルムの良さはめんどくさいところ。ジャーナリスト的に撮るなら絶対フィルムじゃないほうがいいんだけれど。」

牛丸さんのフィールドワークのスタイルは、写真はあえて少なめに撮り、その分じっくりと眺めて分析することに面白みを感じるというもの。一枚一枚手作業で工程に時間をかけることで、フィールドの体験を振り返る時間をつくるのがいいそうだ。

今回牛丸さんと話していて、「作家性」がとても薄い方なのだと感じた。「あるがままに、それを受け入れる」といった姿勢が伺える。私は普段、美術展の取材をすることが多く、そこで出会う作家たちの中には良くも悪くも“アーティスト”という看板を大きく掲げている人がいる気がしていた。

作家たちは、最初は一人で荒野に出てきて、賞賛や酷評に生身で晒される。そんな経験から「舐められたくない」という思いが強い人も多く、“アーティスト”という鎧がどんどん固くなってトゲトゲになって、人を寄せ付けない雰囲気をも感じることがある。牛丸さんは本当にそれが薄い方だと感じた。皮膚が透けて見えるような柔らかさと薄さだ。だから、私は今回とても心地よくお話ができた気がするし、知らない世界を見せてくれた牛丸さんにとても感謝している。

最後に、この連載ではお馴染みの「初心者におすすめのカメラ」を聞いてみた。

いつも取材の写真を撮ってくれるカメラマンのTさんも、牛丸さんが何をおすすめしてくれるか楽しそうに見つめている。

「ん〜そうですね〜・・・。ローライ35かな。」

「色々いいところがあって。まずちっさいので持ち運びに便利。そして、レンズの質が高い。あとは機械式なので絞り・露出を自分でやらなければいけないんですよ。デジタルカメラは便利ですが、カメラの原理的なところやいかに写真がめんどくさいものかを理解するところから始めたほうが面白いと思っているんです。」

とカメラの話をする牛丸さんはニコニコしてとても楽しそうだった。
本当に写真を愛しているんだなと思った。
 
ぜひみなさんも初めてのカメラにローライ35はいかがだろうか?

ほっぺたが赤くなるまでインタビューに集中していた。platform3さんを後にしたのは21時。
外は一段と冷えて、ついさっき聞いたお話を反芻しながら帰宅した。

※展覧会は終了しています。

「OUR CO-BLIND
Photography Exhibition by Masato Ushimaru」
会場:platform3
会期:2026年1月17日(土)〜31日(土)

文:耳で聴く美術館 avi
編:並木 一史
カメラ:ともまつりか