森栄喜 「Moonbow Flags」– 文で読む写真展

「耳で聴く美術館」を主宰するaviさんによる、フォトアートを自身の言葉で綴る連載「文で読む写真展」。今回も、aviさんが写真の奥にひそむ物語を、静かにひもといてゆく。

PROFILE

avi / 耳で聴く美術館

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美術紹介動画クリエイター。1992年大阪府生まれ。「心が震えるアートの話をしよう」をテーマに、動画プラットフォームを起点にアートの魅力を紹介。大学で美術教育を学び、教員資格も持つ。キャッチーな表現とわかりやすい解説、柔らかなCalmボイスで急激にフォロワーを伸ばし、アートの間口を広げた。現在抱えるフォロワー数は50万人を超える(2025年3月時点)。

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11月の下旬、新宿三丁目の駅で降りると落ち葉が強い風に煽られ舞っていた。

冬の予感がするけれど、まだ寒くない。犬も気持ちよさそうに散歩をしている。足取りが軽い。

今回、取材に訪れたのは「KEN NAKAHASHI」さんというギャラリー。ビルの5階にあるので、同行してくれたカメラマンのTさんと上がる。

「すごい階段ですね」

「レトロですね〜」と

ところどころ足幅の狭い、急勾配の階段に盛り上がる。

会場では、写真家の森 栄喜(もりえいき)さんが待っていてくれた。

ここでは森さんの個展「Moonbow Flags」が開催中だ。

明るくて開放的な空間。自然光がギャラリーに降り注ぎ、窓からは先程舞い上がっていた落ち葉の大きな木が黄色に色づいている。

フィルムで撮られた写真に重ねられた、白い幾何学模様の模様。

国家や権力の象徴としての「旗」と、日常の中で見られるキッチンのタイルや壁紙の幾何学模様が組み込まれている。

アクリル板に描かれた模様のレイヤーを暗室で重ね、1枚の写真プリントとして焼き付ける“フォトグラム技法”が採用され、制作されたという。

友人たちの部屋で撮られた親密性の高い人物写真に、シンボリックな旗の図形を重ねることで、お互いが溶け合い侵食し、ゆらぎを発生させる。それは、権力や抑圧、固定観念といった揺るぎなきものを積み木遊びのように組み合わせたり、ほぐすというアプローチ方法で、新しい視点を私たちに提案してくれる。

幾何学な図形とポートレートを重ねるという表現方法は、1968年5月にフランスで起きた「五月革命」のスローガンである「敷石の下はビーチ!」から発想されている。

「古い体制や既成概念(敷石)」を打ち破り、「自由や喜び(ビーチ)」をもう一度取り戻そう、という意味のこの言葉。「ビーチ」が持つ楽園・自由・解放のようなイメージと、遠い存在のように思える「国家や権力」が実は地続きでつながっていることがあらわれた表現でもある。そこには、抑圧⇔自由、国家⇔個人が交差する空間が浮かび上がる。

この作品では、この表現をもとに、敷石を幾何学図形、ビーチをポートレートになぞらえて発想されたわけだ。

また、個展タイトルのMoonbow(ムーンボウ)とは、月の光によって発生する虹のことを指すらしい。日中の雨上がり、「あ!虹だ!」と指差して周りの皆と幸せを共有したくなる明るさというよりは、夜、一人ベッドサイドからぼぅっと浮かび上がる虹を見つめるという静寂さが似合うだろう。ちなみに目を凝らさないと見えないらしく、森さんも見たことはないらしい。

森さんが写真をはじめたのは高校生の頃。山岳写真を撮られていたお父さんからカメラを譲り受けた。その当時から、森さんは友人や家族を撮影しつづけた。


森さんは自分のことをポートレート写真家だという。人物を撮り続ける背景には「被写体との関係性を記録したい」という強い思いがある。だから、一見風景写真に見える作品でも、実はそこには森さんと人物との思い出が入り込んでいる。――あの人と一緒にみた景色――。写真に人物は写っていないかも知れないけれど、森さんにとっては大切な人と見つめた重要なワンシーンなのだ。そこに写真の“強度”が出ると考える。だから、森さんの風景写真を見つけたら、これは誰との思い出なんだろうと、思いを巡らせてみて欲しい。その答えは意外と近くの写真にあったり、なかったり。

この作品、今回のメインビジュアルにも使われている鮮やかな色彩の写真だ。

被写体の彼は、この写真を撮った前日に勤めていた会社を退職した。翌朝、餞別で貰った色鮮やかな花が部屋に揺れている。彼にとっては昨日は「建国記念日」だったのかもしれない。門出の朝に、森さんはシャッターを切った。

森さんに聞いてみた。

「写真という表現方法、その魅力は何だと思いますか?」と。

写真作品はまずカメラというメカ(箱)があって、暗室で処理をする。現像を職人の方にお願いすることもある。このように工程が多いと良い意味で「事故が起こる」という。思い通りには行かない。コントロールができないじれったさ。それは人間関係と一緒かもね。と。

全身で委ねて、全身で受け止めるダイナミックさが好きだという。

また「初心者におすすめのカメラは何ですか?」と聞いてみた。

森さんはお父さんからカメラを貰った時、山々を撮る広角レンズと、高山植物を撮る接写レンズしか知らなかったらしい。中くらいのちょうどいいレンズを知らずに写真を撮っていた。それが面白かった。俯瞰の距離と、恋人しか近づかないような距離で撮る楽しさがあったという。

その経験を受けて、森さんはぜひ、視聴者にも誰かから譲り受けたカメラや、偶然手に入れたカメラで自分の写真を見つけてみてほしいという。ふだんショート動画を作っている私も60秒という枠に縛られているが、制作には少し制限がある方が、作品っていい味がでたりするよなとも思った。

ウチにも兄から貰ったNikonの初心者向けのカメラがあるので引っ張り出そうかなとふと帰り道に思う。

森さんも、ギャラリーの「KEN NAKAHASHI」さんも素敵な方で、またあの扉を開けたくなった。

森栄喜 「Moonbow Flags」
会期:2025年10月10日(金)〜2026年1月24日(土)
時間:13:00 〜 20:00
休館日 :日曜日、月曜日
12月21日〜1月5日は休廊
会場:KEN NAKAHASHI
東京都新宿区新宿3-1-32 新宿ビル2号館5F
展覧会詳細:https://kennakahashi.net/ja/exhibitions/moonbow-flags

文:耳で聴く美術館 avi
編:並木 一史
カメラ:ともまつりか