蜷川実花『mirror, mirror, mirror mika ninagawa 展』– 文で読む写真展

「耳で聴く美術館」を主宰するaviさんによる、フォトアートを自身の言葉で綴る連載「文で読む写真展」。今回も、aviさんが写真の奥にひそむ物語を、静かにひもといてゆく。

PROFILE

avi / 耳で聴く美術館

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美術紹介動画クリエイター。1992年大阪府生まれ。「心が震えるアートの話をしよう」をテーマに、動画プラットフォームを起点にアートの魅力を紹介。大学で美術教育を学び、教員資格も持つ。キャッチーな表現とわかりやすい解説、柔らかなCalmボイスで急激にフォロワーを伸ばし、アートの間口を広げた。現在抱えるフォロワー数は50万人を超える(2025年3月時点)。

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くらくらする。いや、むせかえるような、と言うべきか。 キラキラと光を反射させるクリスタル。作者のエネルギーが爆発したようなこの部屋に、足を一歩踏み入れるのには少し勇気がいる。この空間を、私は受け止めきれるだろうか。それは作者からの挑戦的なメッセージのようだった。近づきすぎてピントがずっと合わないような、そんな圧倒的な蜷川実花さんの展覧会『mirror, mirror, mirror mika ninagawa 展』へ足を運んだ。

会場は下北沢のギャラリー「DDD ART」。
以前から足を運んでいた場所だが、古民家を改装したような空間で、畳や縁側など風情ある佇まいが特徴的だ。

中に入るとまず目に飛び込んでくるのが、畳にぶちまけられた赤いペンキ。まるで血飛沫のようにも見える。その奥の床の間は、一種の祭壇のようになっている。「目」や「ハート」「蝶々」といった小さなキラキラしたデコパーツがレジンでギュッと固められていたり、テグスで吊るされていたりする。色校正の紙に蜷川さんが付箋を貼ったものなどもあり、作品が作り上げられる蜷川さんの脳内に、そのままダイブしたかのような展示空間だ。

今回の展覧会は、アーティストブック『mirror, mirror, mirror mika ninagawa』の刊行を記念したもので、本の世界観を三次元の展示空間として展開している。写真家として30年以上キャリアを重ね、これまで120冊以上もの写真集を発表してきた彼女だが、今回の本は過去のどの作品とも異なるという。「撮らずにはいられない」という原始的な衝動や、モノづくりに対する純粋なエネルギーが詰め込まれた一冊であり、この展示空間もまた、それと全く同じ熱量で作り上げられているのだ。

風呂敷に包まれたその本を開けると、「これは本なのか?」と概念を問い直されるような形状をしている。テーマは「破壊、再生、また破壊」。7冊の冊子を風呂敷状の布とリボンで包む構造になっており、ほどけば分解され、結び直せば再び形になる。ページの組み合わせも固定的ではなく、見開きや縦位置の写真が重なり合うことで、見るたびに新しいイメージが生まれる仕掛けだ。

実は、展示会場となった下北沢は、蜷川さんが12年ほど暮らし、子育てをした日常の思い出が詰まった場所だという。息子さんとザリガニを取りに行った場所や、近所のソフトクリーム店など、プライベートな記憶が息づいている。誰かの大切な記憶が眠る街。そう意識して見渡すと、街の景色がグンと鮮明に立ち上がってくる。

会場内には映像作品のための空間もあり、彼女自身が沖縄で撮影した水中の映像が流れていた。タプタプと水面が揺れ、光の差し込み方がなんとも優しい。青と緑、自然の色彩に全身が包み込まれるような気持ちよさだ。

蜷川さんといえば、一目見れば彼女の作品だと分かる圧倒的な色彩感覚が特徴。その色彩は何か特別な勉強をして得たものではなく、生まれ持った感性がスタート地点なのだそう。今回のアーティストブックには、彼女が小学4年生の時や美大の予備校生時代に描いた絵画の絵葉書が挟まれているが、そのモチーフや色味は現在の写真と驚くほど同じであり、当時からすでに彼女“らしさ”が確立されていたことが伺える。しかし、その天性の感覚を信じ、守り育ててきた背景には、「人と違っていい」「何を言われても自分を信じ抜く」という強い意志と、経験値に裏打ちされた補強があるのだそう。

彼女は初めて展覧会を開いた時から、「写真をただの写真として見せる」つもりはなく、自身が撮影時に感じていることを空間として共有し、体験してもらうことを意識していたらしい。会場に入った瞬間に私がクラクラしてしまったのは、まさにその彼女の狙い通り、作品世界に全身で巻き込まれたからだろう。小さな部屋で上映される映像作品では、特にその没入感が強く感じられた。

そして、畳の部屋の濃厚な空気から一転、真っ白な空間に凛と佇んでいた何年も何年も撮りためてきた桜の写真をまとめた新作写真集『VIRA』から選ばれた写真。写真を撮るという行為は、目の前に広がる世界を写しとるのと同時に、自らの内面を写し出す鏡(mirror)でもあるという。例えば、「毎年同じ桜を撮っていても、その時の自分の感情が写り込むため毎回違う写真になる。桜の写真は、セルフポートレートのようなもの」とも言っていた。いくつもの「写し鏡」の意味が重なったこの桜の写真は、今の彼女の内面を静かに、けれど雄弁に語りかけてくるようだった。

溢れんばかりの色彩と情熱。自分自身を信じ抜くという意志の力。この個展を通しても感じられたが、やはり自分にとって蜷川さんは、女性として自らの力で世界を切り拓いていく理想像のような人物だ。

美術の世界に入ってからも、彼女が関わるプロジェクトの話題はあちこちから聞こえてくる。一体どれだけ忙しく飛び回って作品を生み出しているのだろうと思っていたが、今回の展示会場に足を踏み入れた瞬間、その尋常ではないエネルギー量を受けて、その答えがわかった気がした。

彼女は常に作品を生み出し続けているのだ。止まることを知らない、火山の噴火や、流れ出るマグマのように。

蜷川実花 / 個展「〈mirror, mirror, mirror mika ninagawa〉展」

会場・会期:DDDART、東京2026年3月13日[金]-5月31日[日]

公式HP:https://mirrorninagawa.com

文:耳で聴く美術館 avi

編:並木 一史