NHK連続テレビ小説『あんぱん』のメインビジュアルができるまで。アートディレクター×写真家インタビュー
『アンパンマン』を生み出したやなせたかしと、その妻・暢をモデルに、あらゆる荒波を乗り越える二人の人生を描いた連続テレビ小説『あんぱん』。困難に直面しても夢を持つことを忘れない姿は、私たちに生きる喜びや愛と勇気の大切さをあらためて教えてくれます。
同作品のメインビジュアルを手がけたのは、NHKでドラマ美術を担当する伊達美貴子さんとフォトグラファーの須田卓馬さんです。その制作過程では、どのような想いや道のりがあったのでしょうか?二人に詳しく話を聞きました。
DESIGNER PROFILE
DESIGNER PROFILE
伊達美貴子
フリーの美術経験を得て、2010年NHK入局。デザインセンター映像デザイン部所属。これまでに大河ドラマ「平清盛」「青天を衝け」、放送90年 大河ファンタジー「精霊の守り人」、連続テレビ小説「まんぷく」「らんまん」のほか、第47回創作テレビドラマ大賞「ケの日のケケケ」などのドラマ美術を多数担当。現在は「あんぱん」の美術チーフデザイナーを務める。
PHOTOGRAPHER PROFILE
PHOTOGRAPHER PROFILE
須田卓馬
フォトグラファー。東京都出身。ジャーナリスト後藤健二、フォトグラファーカッシオ・マッキャンベラに師事。舞台、映画のビジュアル、雑誌や広告などでポートレートを中心に撮影。ライフワークとしてイランに住むアフガン難民の女性ファラシュテの成長を20年間にわたり撮影。
@takuma_suda_photography @takuphoto https://www.takuphoto.net/表現したかったのは、やなせたかしの“逆転しない正義”
ーーまず初めに、伊達さんが担当されている「ドラマ美術」というお仕事について教えてください。
伊達美貴子(以下、伊達):ドラマ美術は、街並みや家の中など、劇中に登場する世界を作る仕事です。『あんぱん』では美術チーフデザイナーを務めているので、脚本を読み込み、設定に基づいてロケにするかセットにするかを決めるところから担当しています。セットの場合は、スタジオプランを立ててセットを収めるまでが私の仕事です。

ーードラマ美術の伊達さんが『あんぱん』のメインビジュアルを手がけることになったきっかけについて教えてください。
伊達:最初は、番組の担当者から「ロゴを作ってほしい」と依頼されて、ロゴだけを制作する予定だったんです。ただ、私はドラマ美術という職業柄、ものを作るときはどうしてもシーン全体をイメージしてしまうクセがあって。今回のロゴ制作でも、ロゴが載るメインビジュアルのイメージから考えていきました。
そのイメージを参考として担当者にお見せしたところ、「いいですね!」という反応をいただいて。結果的にメインビジュアルも担当することになりました。
ーードラマ美術の方がロゴを制作することもあるんですね。
伊達:そうですね。NHKでは、局のデザイナーがロゴのディレクションやデザインを担当する場合もあります。私も過去に、いくつかの番組や朝ドラだと『らんまん』のロゴを手がけました。
実はロゴの制作って、ドラマ美術の仕事と大きく離れてないんですよ。というのも、劇中に登場するブランドロゴや雑誌のビジュアルなども、ドラマ美術の担当範囲に含まれることがあって。ロゴ専門のデザイナーというわけではありませんが、思いを込めて作る番組のロゴも、考え方としては美術の延長線上にある仕事だと感じています。

ーー『あんぱん』のロゴはどのようにして決まったのでしょう?
伊達:数回の検討会を経て、「番組オリジナルのロゴか、『アンパンマン』の雰囲気に寄せたロゴか、どちらかの雰囲気でいこう」という話があったので、その2つのテイストに絞って考えていきました。ドキンちゃん風にアレンジしたものとか、半濁点に遊びを入れたものとか、いろんなバリエーションを作って、制作陣と一緒に検討しましたね。

伊達:最終的に、やなせ夫妻が題材のお話ということもあって、『アンパンマン』の雰囲気を持つロゴが候補に残り、そこから微調整を重ねて今の形になりました。斜めのロゴって過去にあまりないと思うんですけど、あえて斜めにすることで、のぶちゃんの勢いを表現しています。

ーーロゴを決める段階で、メインビジュアルはどれぐらいイメージされていましたか?
伊達:“あんぱんを「あげる」「受け取る」”というテーマで、2パターンのビジュアルを考えていました。ただ、『おむすび』のメインビジュアルが解禁されたとき、正面を向いてあんぱんを持っているビジュアル(画像左)とすごく似ているなと思って(笑)。
のぶちゃんがあんぱんを届けるために走っているビジュアルと、嵩(たかし)があんぱんを食べる横でのぶちゃんが微笑んでいるビジュアル(画像右)で進めることにしました。

ーーなぜ、“あんぱんを「あげる」「受け取る」”をテーマにしたのでしょう?
伊達:ドラマのテーマでもある、やなせたかしさんの“逆転しない正義”が「献身と愛。自分を犠牲にしても目の前の飢えた人に一片のパンを与えること」だったので、それをビジュアルで表現したいと思ったんです。
最初は2案だったのですが、話し合いを重ねるなかで「のぶちゃんが走るなら、そこにストーリー性を持たせたいよね」という意見が出てきて。そこで、“のぶちゃんを追いかける嵩”という、二人の関係性を象徴するビジュアルを加えて、最終的に3案で進めることになりました。緑とオレンジの背景は、陰から陽へ向かう物語そのものを表現しています。

「初めまして」の二人が信頼関係を結べた理由
ーー須田さんにメインビジュアルの撮影を依頼した背景について教えてください。
伊達:私自身、メインビジュアルのアートディレクションは今回が初めてだったので、フォトグラファーさんとのつながりを持っていなかったんです。
そしたら広報担当の方が「伊達さんはコミュニケーションを取りながらワイワイ作るのが好きだから」と、須田さんを推薦してくれて。それをきっかけに番組の制作部を通して依頼させていただくことになりました。
ーーきっかけは推薦だったんですね。須田さんは当時からNHKでお仕事をされていたんですか?
須田卓馬(以下、須田):そうですね。10数年前に『NHKウイークリーステラ(※)』という雑誌に作品を持ち込んだことをきっかけに、NHKさんとはさまざまなお仕事をさせていただいています。実は、そのときの担当の方が伊達さんに僕を紹介してくださったんです。ふだんから編集者とのコミュニケーションを大切にしているので、そういった仕事の進め方を理解して、推薦してくださったんだと思います。
※2022年4月8日号を最終発行号として休刊

ーー今回が初めてのタッグとなったお二人ですが、信頼関係を結ぶうえでどのようなことを大切にしていましたか?
須田:伊達さんのことを知りたかったので、最初の打ち合わせが終わった後に、広報担当の方に伊達さんが手がけたセットを案内していただきました。嵩の部屋とか朝田パンの調理場とか、伊達さんが作り出す世界を目の当たりにして、「この人を全面的に信頼して、ついていこう」と心から思いましたね。そこからは、伊達さんと話し合いをするたびに、伊達さんが表現したい世界観は何なのかを常に考えるようにしていました。

伊達:嬉しい!ありがとうございます。
私は、フォトグラファーさんとガッツリお仕事するのが初めてで、分からないことだらけだったんですが(笑)。ただ、「何でも言い合える関係でいよう」とは思っていましたね。なるべく相談するとか、情報は早めに共有するとか、相談しやすい雰囲気を作るとか、そういうことを意識していました。
これは須田さんだけでなく、演出や照明など制作に関わるみなさんに対しても心がけていることで。そういった私の姿勢を、須田さんは全面的に受け止めてくださったので、とてもありがたかったです。
ドラマ美術の知見を活かして、あえてすべてアナログに
ーー須田さんは、撮影当日までにどのような準備をしましたか?
須田:台本を読んで、作品の世界観を理解することはもちろん、嵩とのぶの魅力がストレートに伝わるよう、陰を作らずに立体感を出すライティングをプランニングしました。あとは、背景の色を綺麗に出すにはどうしたらいいか考えましたね。背景の色味は伊達さんのこだわりでもあったので、特に意識しました。
伊達:そうなんです。というのも以前、背景紙の色がフラッシュで、想像していたよりも薄くなっちゃったことがあって。だから今回は、須田さんに「背景紙の色が飛ばないようにしたい」と事前に相談していました。撮影当日だけでなく、背景紙を選ぶ段階から一緒に考えてくださって、とても安心できましたね。
ーー背景は合成もできたと思いますが、あえてアナログにこだわったのはなぜですか?
伊達:私自身、ドラマ美術を担当していることもあり、アナログな表現への思い入れがすごく強いんです。それに、やなせたかしさんは『アンパンマン』制作以前にミュージカルを手がけるなど、舞台的な仕掛けにも理解があった方なので、そういったバックグラウンドも大切にしたいなと。
そのため背景紙だけでなく、星を造形で作って糸で吊るしたり、ゴールドのラメをバズーカで飛ばしたりと、メインビジュアルで表現するすべてのものをアナログで作っていきました。


ーー撮影当日、お二人が心がけたことについて教えてください。
伊達:ソロカットの撮影では、今田さんも北村さんもこちらが撮影したいイメージに沿って、とても誠実に対応してくれたので、ひたすら「いいね!」って言っていました(笑)。今田さんは、スタッフの誰もできなかった左足ジャンプを一発で成功させていて、びっくりしましたね(笑)。

須田:北村さんも「仕事で走る役が多いので」といろんな走り方を試してくれましたよね。
二人が一緒に映るビジュアルの撮影では、主役ののぶを引き立たせるために、今田さんに前に出てもらいました。写真だとそこまで前に出ているように見えないですが、実際には北村さんとの間にかなり前後差があります。あとはポスターを見たときに二人の距離がより近く感じられるように、カメラとのぶ・嵩の距離を近づけ、やや広角のレンズで撮影したりもしました。
そういえば、伊達さんは現場で声を張ってましたよね(笑)。
伊達:張ってました(笑)。撮影当時は、ドラマの撮影が始まったばかりで、チーム全体にまだ探り合うような緊張感があったんです。
そのなかで、北村さんにはいろんな表情をしてもらいたくて、「あぁ、合格してよかった」とか「ありがとう、のぶちゃん」とか、劇中の嵩の気持ちを叫んでいました(笑)。いろいろ撮ったなかで最終的に選んだのが、控えめに笑う今の写真です。

よかったことは、振り返りたくなる現場づくりができたこと
ーー言葉の節々からお二人の“プロフェッショナルさ”を感じましたが、ふだんの制作において大切にしていることは何でしょう?
須田:僕は、作り手が表現したいことを届けたい人に橋渡しするのがフォトグラファーの役目だと思っているので、撮った写真が最終的に誰に届くのかを常に意識するようにしています。雑誌であればアーティストや俳優さんのファンの方々、今回でいえばお茶の間のみなさんですね。
若いころは「自分の作品を撮りたい」という気持ちもありましたが、“誰にどんな写真を届けるか”を意識して撮った写真の方が、振り返ったときに「いい写真だな」と思えるものが多く残っているように感じています。

伊達:ドラマ美術やデザイナーはアーティストというよりも、受注してパワーを発揮できる仕事だと思っています。だからこそ表現するべき対象である「台本をどう伝えるか」ということを常に意識していますね。
例えばセットでは、“パッと見てどこの場所か分かること”を目指しています。ドラマだと限られた部分しか映らないことも多いですが、その少ない要素のなかで「嵩の家だな」「のぶちゃんが働く小学校だな」とすぐに分かるようにしたいなと。

伊達:あとは、常にベストを尽くしつつ自分自身も楽しむことを心がけています。最近、遊び心を発揮したものでいえば、嵩が東京高等芸術学校で描いた絵の服を、メインビジュアルののぶちゃんの衣装と同じものにしてもらいました。
台本で嵩が絵を描くシーンを読んだとき、「メインビジュアルののぶちゃんは、嵩の頭の中のイメージなんだ」と直感して。衣装のスケッチを本編に取り入れてもらったんです。
しかもこの衣装は銀座の街でも飾られていて、嵩がこっそりそれを見て、「これをのぶちゃんが着て走ってたら可愛いんだろうな」と思いながら描いたという裏設定になっています。

ーードラマ美術の伊達さんだからこそ実現できた仕掛けですね!最後に今回のメインビジュアル制作の感想を教えてください。
伊達:今でも関わってくれたスタッフや出演者の方と、制作過程を振り返って「あのときこんなことがあったよね」と話すことがあります。そうして多くの人の心にいい思い出として残っているのを見ると、「やってよかったな」と感じます。須田さんのご協力もあって、パッと撮影して終わりではなく、みんなで振り返りたくなる現場を作れて本当によかったです。

須田:念願だった朝ドラの仕事ということもあって、本当に楽しかったです!
メインビジュアルを見た友人や知人からは「とても可愛い」「明るい気持ちになる」といった感想をたくさんいただきましたし、僕自身も毎朝『あんぱん』を観ながら、この作品のメインビジュアルに携われて本当によかったと、日々感じています。
これからはドラマの中で、伊達さんが仕掛けた“遊び心”を探すのも楽しみです!
伊達:ぜひ探してみてください!

▼Information
連続テレビ小説『あんぱん』
【放送期間】2025年3月31日〜2025年9月27日(予定)
【放送時間】NHK総合 月曜〜土曜 / 8:00-8:15 ※土曜は1週間の振り返り